『aftersun アフターサン』 世界の見え方、己の在り方
この夏、イギリス映画『アフターサン』がメディアで話題となっていた。リピーター鑑賞客が多いとのこと。なんでも結末を知った上で再度映画を観直すと、号泣必至らしい。自分は「泣ける映画」という謳い文句の映画は苦手。作品を観て泣くかどうかは、観客それぞれの感性に委ねてほしい。分単位で泣けるようにプログラムされているような、情緒とは無縁の機械仕掛けの無機質な映画に思えてしまう。ただ、この『アフターサン』は、ソフィア・コッポラ監督の作品のガーリーな影響を受けた、ゆるくかわいい作品に感じた。そこにある切ない雰囲気も、俗に言う「泣ける映画」とは一線を画している。
今日もラジオで『アフターサン』のことを話している。このラジオパーソナリティさんも、この映画がかなり好きらしい。映画を熱く語っている。そのラジオパーソナリティさんがおじさんだったせいもあってか、ロジカルにこの映画を分析し解説している。果たして自分がこの映画を観たとき、そこまで読み込めることができるだろうか。『アフターサン』がとても難解な映画に思えて、敷居が高くなってきた。けれどもなんだか観ておかなければいけない映画にも思えてくる。ラジオパーソナリティさんも言っていた。「この夏控えている大作映画に押されて、上映館が少なくなって探すのが大変かもしれませんが、ぜひ劇場で観て欲しい作品です」 自分も若いときならば、上映館を必死で探して、絶対劇場で観てやるところだが、そんなパワーは生憎もう持ち合わせていない。
ひと昔前ならば、『アフターサン』のような作品は、ミニシアター系映画館で常に一日中フル上映していた。コロナ禍を経てミニシアター系映画館もパッとしなくなり、いままでアート系と言われていた単館系向け映画も大手シネコンで上映を扱うようになってきた。ただ、作品の回転率重視のシネコンでは、あまり客の集まらないアート系作品はどうしても敬遠されてしまう。集客率の高い派手な作品が上映のメインで、アート系作品は朝8時からとか夜9時からの上映とか、ずいぶんとはじに追いやられしまう。観ずらい時間帯に、日一回だけの上映。ただ上映しているだけで、客のことはあまり配慮されていない。奇特なマニアックな客だけ、無理して観にきてくれれば良いといった感じ。ここまであからさまに金儲け第一主義なのも、シネコンらしい虚しさがある。もう少し映画館も映画ファンに優しくして欲しい。『アフターサン』は、もう配信を待つしかない。
映画『アフターサン』の監督は、スコットランド出身のシャーロット・ウェルズ。1987年生まれの女性監督。長編デビュー作になる本作は、自身の幼少期と重ねた自伝的要素となっている。イギリスの若い父親と娘が、トルコのリゾート地で過ごす休暇を淡々と綴る映画。娘のソフィは11歳。父のカラムはもうすぐ31歳の誕生日を迎える若き父。とにかく行間の多い映画。観客の想像力を必要とする。どうやらこの父と娘は、離婚を通して別居しているらしい。現在の30歳になったソフィが、当時のビデオテープを観ながら、その時の父の気持ちに思いを寄せていく。リゾート地が舞台なので、いっけん時代を感じさせないが、作中で聞こえてくる音楽がちょうど20年前の懐かしいものばかり。ブラーの『tender』は、自分もその頃よく聴いていた。『マカレナ』なんて流行った流行った。自分は「エモい」という言葉がよく理解できずにいたが、この映画がまさに「エモい」ものに当てはまるのではないだろうか。
兄妹に間違われそうなルックスの親子のバケーション。観ているうちになんだか不安になってくる。聴こえてくる音楽のセレクトも、なんとなく暗い。娘のソフィが父の気を惹こうとR.E.M.の暗い曲をカラオケで歌う。きっと父親が好きな曲なのだろう。父親のカラムは、娘と一緒にカラオケを楽しめない。娘が明るく接すれば接するほど、父親は沈んでいく。映画が進むにつれ、父親が鬱を患っていることが、だんだんわかってくる。
この映画を号泣した人たちは、この鬱の父親の心情に共感しているのかもしれない。映画もその暗い心情に導こうとしている。現代の大人になったソフィは監督の分身。シャーロット・ウェルズ監督も、鬱っぽい心情に惹かされている。現代のソフィは、同性のパートナーと暮らしていて、奥では赤ん坊の泣声も聴こえている。その人生は、幸せそうでもあり、苦労が多そうにも感じられる。人が重度の鬱状態に陥ると、病を患う前と人格が変わってしまう。判断力もおかしくなり、最悪の場合は死に引っ張られてしまう。そんなカラムや現在のソフィの心情に重ねると、死の匂いばかりが漂ってくる。クライマックスでかかる『under pressure』も、葬送曲に聴こえてくる。歌ってるデヴィッド・ボウイもフレディ・マーキュリーも亡くなってるし。
ただ、自分はこの映画の父親カラムは、今も生きていると解釈して観ていた。鬱病も克服して、なんとか地道にやっているのではないかと。そうすると、性格の明暗がはっきり分かれた親子の姿が俄然楽しくなってくる。子どもは無条件でポジティブ。森羅万象の何もかもが楽しくて仕方がない。自分も子どもの頃は、どうして大人はいつも辛そうにしているのだろうと疑問に思っていた。自分も大人になって、この社会の生きづらさにすっかり疲弊してしまっていて、やっぱりつまらない大人になっていると気付かされる。
映画の『アフターサン』は、むしろ鬱っぽく世界を見ることを良しとしている。子どもの無邪気さが、配慮のない態度のように思えてきて、「お父さん、ごめんなさい」とでも言いたげな雰囲気。世界は人の心のあり方によって、見え方が変わってくる。事実が同じなら、明るく世界を見ていた方がずっとオトク。普通に明るい娘のソフィと、暗く落ち込んだ父カラムのコントラストが、可笑しみとなってくる。「私はこんなに楽しいのに、どうしてそうなるかな?」
はしゃいでいるソフィの横で、メソメソ泣いているカラム。ときには人生ダメダメなときもあっていい。そんなダメなカラムのことも、ソフィは大事に思っている。ただ、ダークサイドに落ち込んでしまった人は、自分自身で気づかなければならない。自分でその闇から這い出そうとしなければ、いつまでたっても暗い闇の中のまま。鬱病に医療の手助けはできても、本質的な治癒は難しい。とくにメンタルの病は、時間と自分の信念が必要。
この映画の面白いところは、印象に残りそうな作為的な画面作りをしていないところ。わざと表情を外してみたり、画面から登場人物がはけてしまったりしている。人の記憶の曖昧さを、具体的な映像表現で表している。人と会話をするときは、相手の目を見て話すものだ。そうは言うが、本当に親しい人との間では、意識をして相手の目を見て話すこともない。相手の目を見て話すのは、ビジネスマナーでしかない。目を見て話さないからこそのリラックス感が、映像を通して伝わってくる。嗚呼、若き父カラムよ、どうか立ち直っておくれ。
自分はこの映画は、ひとつのコメディとして受け取った。少なくとも「泣ける映画」ではなかった。リゾート地に集まる客たちは、ソフィにしては大人すぎて、アウェイな気持ちをずっと引きずっている。父も自分のことで精一杯。どんなにソフィが、楽しく盛り上げようとしても、どんどん悲しい顔になってしまう。不謹慎ながら、そんなカラムが笑えてくる。文字通り暗い海に自ら飛び込んでしまった人を、他者が呼びもどすことはできない。
現実がそれほど意味をなさないものならば、能天気に生きていたい。ものごとに正解不正解はないにせよ、この親子に関しては、娘のソフィの明るい感性の方が圧倒的に正しい。鬱病が一般に認知された現代社会。ひと昔前の作品では、鬱病がまるでかっこいいもののような描かれ方をされていた。現代では鬱はかっこいいものではないことを誰もが知っている。鬱になりにくい思考パターンを、自ら模索していく努力の必要性。鬱病なんかなっても、自分の大事な人を悲しませるだけ。ソフィの手が届かないカラムの存在。泣けるとしたらソフィの無力感かもしれない。でもそれはソフィが悪いわけではない。心の病の苦しみは当事者しかわからない。誰もがかかる可能性のある鬱病。まずは鬱状況から逃げ出す努力。カラム父さん、是非とも頑張って欲しいです。
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