『復活の日』 日本が世界をみていたころ

コロナ禍になってから、ウィルス災害を描いた作品が注目され始めた。小松左京さん原作の映画『復活の日』も、真っ先に話題になった。猛毒のウィルス兵器が世界中に蔓延し、ほとんどの人類が滅んだ後の世界。生き残った人類が、いかにサバイブしていくかという話。人類を絶滅から救おうという話ではないところがユニーク。人類はもう絶滅している。文化はそこにない。
本来SF作品は、特撮やCGを駆使することではなかったはず。オーバーテクノロジーに対する警鐘や、社会風刺のフィクションの役目があった。好戦的な人類が自ら滅びの道を選んでいくのは、当然の流れ。どこにも救いのないペシミスティックの極み。人類が滅んでしまったら、もうどうでもいいじゃないかとヤケクソになる。
絶望的な世界観の小説を映像化しているこの映画。CGのない時代に、SF作品でほとんど特撮を使っていないところが凄い。生き残った人類が暮らす南極も、実際に現地ロケを敢行している。潜水艦も本物。海外の場面も現地で撮影。国会議事堂前に自衛隊が集う場面も本物。莫大な制作費がかかっている。物量と勢いで観せてしまう。多少物語の焦点が合っていなくても気にならない。災害ものは、多角的に描かれていると、群像劇として観客の想像力が深まる。映像にパワーがあるので、大作映画を観ている満足感がある。
日本映画にもかかわらず、本編で交わされている言語は英語を始め、ドイツ語とかロシア語とかマルチリンガル。観ている方はとっくに邦画だということを忘れてる。日本映画だけど純粋な日本映画ではない。明らかにハリウッド映画に対抗しようとしている。スケールのでかい無国籍映画を、世界に向けて発信しようとしている。無謀な映画製作。製作陣の挑戦的な心意気がいい。
映画『復活の日』が公開されたのは1980年。当時の日本映画の状況がどんなものだったのだろうか。製作は角川春樹事務所とTBS。日本国内で角川映画の人気が不動になっていた頃、そろそろ世界標準で映画を作ってみたいと狙っていたのではないだろうか。
1980年は、黒澤明監督の『影武者』が発表されたのと同じ年。晩年の黒澤監督は「日本は映画に金を出さない。作りたい映画の企画はいくらでもあるのに」と、ずっとぼやいていた。後期の黒澤映画は、日本語で撮影されているが、出資はフランスやアメリカだったりする。
そのケチくさい日本映画界の中で、これだけビッグバジェット映画を国内出資で作り上げたことが驚きだ。結果的に商業的には失敗に終わる『復活の日』だが、このチャレンジ精神には敬服してしまう。失敗に懲りず投資することを惜しまなければ、もしかしたら世界的な傑作や大ヒット作も生まれていたかもしれない。実際この興行的失敗もあってか、それ以降も日本映画製作には、ケチくさい雰囲気が40年経った今でも続いている。残念なのは、それが日本映画業界だけでなく、あらゆる産業が、投資を恐れて挑戦しなくなってしまったこと。リスクの高い中小企業の方が、大手企業よりもアグレッシブな皮肉。それでは業界だけでなく、国そのものに活気がなくなる。
映画は金をかけなければ面白いものができないと、ひと昔前まで言われていた。でも、ビッグバジェットの超大作でなくとも面白い映画はいくらでもある。それは今の観客は誰もが知っている。過去にその日本映画のケチくさい現状を打破しようと喘いでいた製作陣がいたことに、一条の希望を感じる。まだあの頃は日本も世界を意識していた。
『復活の日』で描かれている絶望的な人類の顛末。この作品で扱われているウイルスは、第二次大戦や核兵器のメタファー。コロナ禍で世界中がパンデミックになったになった現実の現代では、『復活の日』は予言の書となってしまった。
群像劇とはいえ、語り部となる主人公は草刈正雄さんが演じている。今では頑固なお父さんやおじいちゃんの役が多いので、だいぶ印象が違う。当時から少女漫画に出てきそうなイケメンなのは変わらないが、繊細で不器用な男としてこの映画には登場している。オリビア・ハッセーが相手役。そうかこの映画で二人は実際に結婚したのかと勘違い。当時の配偶者は歌手の布施明さん。草刈正雄さんも布施明さんも、日本人離れしたバタくさい顔をしているので、幼い頃の自分には区別がつかなかった。
この映画でのウィルスは殺人兵器だった。だからこれは、人類が自分で自分の首を締めた人災。コロナ禍は自然災害。地球の意思が、傲慢な人類に対して文句をつけているように感じられる。実際、わかりやすいくらい人類が作った資本主義の穴を、このコロナ禍が突いてきている。平時ではわかりづらかった世の不正も可視化さた。まるでコロナが審判を下しているようだ。
コロナワクチンも徐々に世界に浸透し始めてきた。コロナ禍による物理的な人類滅亡はどうやら免れそうだが、経済的危機の影響はこれからやってくる。生き残った人類のサバイバル能力がこれから試される。
映画で描かれた人類絶滅とは異なる形にはなるが、人類の危機はもう始まっている。仮に経済が崩壊したのち、現実の人類に復活の日は訪れるのだろうか。事実は小説よりも奇なり。フィクションはあらゆる最悪の状況をシミュレーションしているにもかかわらず、現実はそれを上回るひどいことが起こりうる。まずは今日、生き残る道を探していこう。
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