『ひらやすみ』 とがって、たたかれ、まるくなり。

2025年の冬、自分のSNSのタイムラインでは『ひらやすみ』というNHKのドラマが盛り上がっていた。自分は映画の情報を得るためにSNSをやっている。そんなアカウントに、一本の特定のドラマでTLがいっぱいになるのは珍しい。公式アカウントも誰かが拡散している。チラ見でみえてくる予告編は、まるで映画のようなキレイな映像。フィルムライクの凝った画面づくりにまず惹き込まれる。でもこのドラマの魅力はそこではないらしい。1話15分しかないというので、まずは1話だけでも観てみよう。
1話15分でウィークデーに毎日放送する。『夜ドラ』というジャンルらしい。NHKのドラマの看板番組といえば『大河ドラマ』と『朝ドラ』ことNHKの『朝の連続テレビ小説』。『夜ドラ』は『朝ドラ』と対になっている連続ドラマ枠。『夜ドラ』には名作が多いという話は、ネット以外にリアルな話題としてもよく聞いている。いま『ひらやすみ』と同時期に放送している朝ドラは、小泉八雲ことラスカディオ・ハーンの奥さんを主人公にした『ばけばけ』。川島小鳥さんのキービジュアルがとにかく可愛くて、そのポスターだけでもドラマを観たくなってしまう。そういえば『ひらやすみ』のスチル写真は高橋ヨーコさんが担当しているとのこと。自分にとってはなんだか久しぶりの写真家さん。
ドラマ『ひらやすみ』のスタートボタンを押してみると、自分は数分でこの作品が好きになっていた。主演の岡山天音さんは、日本作品をあまり知らない自分でもよく知っている。
以前、光石研さん主演の『デザイナー渋井直人の休日』が好きで観ていた。グラフィックデザイナーの日常を描いたドラマだった。自分と同業が作品に描かれているので、身につまされる思いで楽しんでいた。デザイナーあるあるのオンパレード。そのドラマで岡山天音さんは、光石研さんのアシスタントの役を演じていた。コメディが上手い役者さんは実力がある。演技で人を泣かせることより、笑わせることの方が遥かに難しい。岡山天音さんのコメディセンスは抜群。そんな彼が主演なら、もうそのドラマは安心して観ていい。『ひらやすみ』を観始めてすぐ、カメオ出現で光石研さんの姿がみえた。これはもしかしてとなる。調べると『ひらやすみ』の演出は、『デザイナー渋井直人の休日』と同じ松本佳奈監督ではないか。顔が見えなくても作品がその人を物語る。個性的なおかしみの演出で作品のフックはバッチリ。でも別の週になったら『ひらやすみ』がなんだか普通のドラマになっていた。エンドロールをみると監督が違う。どんなに同じ作品のひな形ができていても、やはり個性というものは作品から滲み出る。松本佳奈監督の演出は唯一無二なのだろう。
『ひらやすみ』は阿佐ヶ谷の古い平屋の一軒家に住むいとこの話。阿佐ヶ谷という、都会ではないけれど田舎ではない、都心へのアクセスはとても便利な場所が舞台。阿佐ヶ谷は中央線沿線なので、アニメ制作会社や美術系の学校が多く、サブカル民が多く住む界隈でもある。自分も吉祥寺に生まれて、大人になって立川に住んでいたこともあったので、このドラマに出てくる風景はかなり馴染み深い。しかもこのドラマに出てくるような平家には、10代の頃ずっと住んでいた。
現代人の生きづらさをテーマにしたドラマ『ひらやすみ』。この作風は荻上直子監督の『かもめ食堂』や『めがね』から踏襲された世界観。なんだかこのテーマの作品群は、監督も原作も違うのに作風が一貫した連作のようになっている。出演者も小林聡美さんや、もたいまさこさん、光石研さんなどが入れ替わり立ち替わり作品の軸になっている。荻上直子監督が『かもめ食堂』で切り開いた作風を、松本佳奈監督が引き継いだように感じる。『ひらやすみ』は、岡山天音さん演じる主人公ヒロトがつくる家庭料理も重要な要素。本作の料理監修は、フードコーディネーターの飯島奈美さんが担当している。それこそ高橋ヨーコさんや飯島奈美さんは、自分は『かもめ食堂』で名前を知った映画制作の裏方さんたち。都会で働く疲れた人たちが、いかに人間らしさを取り戻していくか。そんな同じテーマ、似たような作風で20年ずっとつくり続けられている。社会は急激な変化をしているようでいて、大事なところはそれほど良くなってはいないのかもしれない。
『ひらやすみ』は、とくに事件が起こらないドラマ。会話がとにかく面白い。「ひろ兄」ことヒロト役の岡山天音さんの芸達者ぶりはもちろん。いとこの「なっちゃん」は、登場した瞬間から面白い。なっちゃんはこのドラマの最大の魅力。なっちゃんを演じるのは森七菜さん。観たことがある俳優さんだけど、ここまで意識したのは初めて。面白くみせる演技力がとんでもない。なっちゃんの表情や喋り方、動きが気になって仕方がない。あまりにドラマが面白いので、原作漫画も読んでしまった。
原作漫画を見て驚いたのは、本編で繰り広げられる楽しい会話劇の台詞は、ほとんどそのままだということ。アドリブに見えるような演技も、すべてすでに原作にある。もともと面白い台詞が飛び交っているのだけれど、演者や演出家のセンスやユーモアで、さらに面白くなるような言い回しや仕草になっている。これは原作冥利に尽きる幸せな映像化。つくり手側に原作に対するものすごい愛情を感じる。
幸せな生き方とは何だろう。作品は小さな笑いを重ねながら、現代人の人生観について観客に問いかけてくる。経済を追いかけると、生活が雑になってくる。社会のしがらみを逃れると、生活は貧しくなってくる。好きなことを仕事にしてしまうと、とたんに搾取されてしまう。いったいどれがいちばん自分にフィットした生き方なのか。面倒だけど、どこかで向き合って選んでいかなければならない。たとえ自分で選ばなくとも、流されていくだけでも、その「流される道」を選んだことになる。さて大変だ。
政治家が言う働くことへの美徳は、シンプルに税金を納めてもらいたいから発せられる言葉。企業が言う働くことへの幸せは、その企業が業績を上げることが最優先にある。学校が勉強しろと勧める裏には、優秀な進学をした生徒を輩出した実績が欲しいからだけかもしれない。他者は本当に自分のために幸せを説いているわけではない。でもどこかに素直に乗っかって、長いものに巻かれていくことは悪いことではない。流れに乗れれば結構ラクだったりする。どれが正しいとか、何かが特別に悪いとは言い切れない。自分で考えて、自分自身の人生観に則ってカスタマイズしていくしかない。それはとても面倒で大変なこと。それこそ自分の人生がかかったライフワーク。
『ひらやすみ』を観ているとなんだかヴィム・ヴェンダース監督の『PARFECT DAYS』を思い出す。『PARFECT DAYS』は役所広司さんが演じるおじさんで、こちらの『ひらやすみ』は岡山天音さん演じる青年・ひろ兄が主人公。どちらも競争社会で頑張った経験があって、ものすごく傷ついたのち、今は選んで質素な生活を送っている。『PARFECT DAYS』のおじさんは古いロックやブルースが好き。『ひらやすみ』のひろ兄は、俳優を目指して挫折した経験がある。どちらの主人公もサブカルを愛している。同居人のいとこのなっちゃんも漫画家を目指している。
サブカル好きな人は優しい人が多いとひと昔前までは思っていた。夢中になれる自分だけの世界を持っている人は、心に余裕がある。だから騙されるくらいに優しくいられると思っていた。でもこの日本の失われた30年で、社会や経済観念がすっかり変わってしまった。長引く不景気で、趣味にお金を使う余裕もなくなり、生活していくだけでやっとになってしまった。いつしかサブカル好きも、根暗なオタクに分類されていくようになる。オタクといえばネトウヨとか、陰謀論にハマるとか、SNSで誹謗中傷を撒き散らすような危険な人々とイメージが直結してきてしまう。優しかったサブカル好きが、凶暴な人物像のようにイメージ刷新されていく。経済は安定な世の中を築いていく役目があるのに、いつの間にか人は経済に苦しめられている。貧しい世界には荒んだ心が宿ってくる。
『かもめ食堂』や『めがね』の頃には、みんな何某かの辛い理由があってここに来ていることを、登場人物たちはお互いに察し合っていた。察するだけで語らないし、誰も問わない。ただそこに無言で集まっているだけ。それから時代は変わって『ひらやすみ』の現代となる。もう語らないでいられることもできなくなってきた。自分で発信していかなければ誰も気づいてくれない。登場人物たちのそれぞれの生きづらさに、作品はときどき深掘りしていく。呑気に楽しいのは、天性からそうだったのではなく、揉まれて傷ついたからこその選択肢。
子育てしながらブラック企業で働くひろ兄の友人・ヒデキの姿が辛かった。自分もブラック企業で働いていた頃のことを思い出してしまった。小さな子どもがいるうちは、どうしても親は寝不足になってしまう。寝不足になれば、体調も悪くなるし判断力も急激に落ちてくる。仕事で良いパフォーマンスなんてできるはずもない。職場ではミスが相次ぎ、ひんしゅくをかうことになる。やがて負のスパイラルが重なって、すべてがうまくいかなくなっていく。ヒデキがうつ病になっていくプロセスがかなりリアルに描かれる。育児とブラック企業のダブルコンボはかなりキツい。このドラマで描かれるその他の職場では不動産会社がある。自分も不動産会社ともやりとりしたことがあるので、あのホモソーシャルな雰囲気はよくわかる。
実際に戦争経験がある人は、戦争映画が観れないと聞く。自分はどうやらブラック企業の作品が辛いらしい。いま、どんな会社に行っても、うつ病を経験した人はいる。そんな人はたいてい優しい人が多い。この人たちは地獄を乗り越えてきたサバイバー。途中離脱していく人だっている。離れていってしまった人の声はなかなか聞くことはない。過酷な状況のコミュニティにはいじめは生まれてくる。会社で特定の誰かをいじめる人は、かなり追い詰められている。そんな人のその後もあまり聞くことはない。あの人たちはあれからどうなったのだろう。どんな作品でもつくり話として楽しめることは、とても幸せなことなのだと実感した。
実際、ブラック企業に勤務してライフイベントが重なるなんて生き地獄もいいところ。こんな時代に家庭を築いて、子どもを育てていくなんてチャレンジャーでしかないのだろう。生涯未婚率が上がって少子化が進むのは当然の流れ。じゃあなんで自分がその道を選んだかと言うと、正直、何も考えていなかったからに過ぎない。ふと、仕事に専念できて働けるというのも贅沢なのだと感じてしまう。仕事に集中できるということは、他のことを投げうっているということ。仕事以外人生に何もしないでも許される環境は、誰かが支えてくれている可能性が高い。あなたは仕事以外は何もしなくてもいいよと、誰かに許されている。ある意味、特権階級みたいなもの。自分も守りながら、他のために働いていくことは不可能なこと。
『ひらやすみ』に登場する婆ちゃんは、このシリーズの系譜からすると、絶対的にもたいまさこさんが配役される役なのだけれど、今回は根岸季衣さんが演じている。ルックスはもたいまさこさんにそっくり。もちろん根岸季衣さんがこの役を演じても原作にそっくりでぴったりなのだけど、どうしてももたいまさこさんが頭をよぎってしまう。もたいまさこさんの不在が気になったので調べてみると、もたいまさこさんはすでに俳優業を引退されているとのこと。演じられる役はまだまだあるけれど、早々に引退の道を選んでいる。なんという潔さ。
俳優業を目指して挫折したひろ兄を、現役人気俳優の岡山天音さんが演じてる。岡山天音さんはこの業界でのサバイバーとなる。NHKのバラエティ番組のインタビューで、「途中で離れていった仲間たちをどう思って演じてますか?」と岡山天音さんが質問されていた。「あまり考えたことがない」との返答。現役でいま戦っている人が、センチメンタルに去った人を想う余裕などない。俳優が俳優を演じるというメタ状況。いろんな意味で『ひらやすみ』は、リアルなファンタジーだ。
海外作品を観ていると、自国ではない風景で物語が進んでいくので、さまざまな表現もオブラートに包まれる。それが日本が舞台で、実際に存在している場所をロケセットで撮影されている作品だと、どうしても自分の体験とリンクしてしまう。もちろん自国の作品でも、現実味のない作風ならば、特に自分の記憶を刺激してくることはない。『ひらやすみ』のひろ兄は、のんびりとした人生を送っている。それでも彼や彼を取り巻く人たちは、みんなそれぞれの生きづらさと対峙している。作品を観終わる頃には、何事もなくただのんびりしていた作品だったという印象は残らない。それなりに観客にも引っ掻き傷を残していく。
それでものんびり生きていく。『ひらやすみ』は何も事件が起こらないのに面白い。事件が起こらないとは、こんなにも尊いことなのだと痛感させられる。
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