『ゲット・アウト』社会派ホラーの意図は、観客に届くか⁉︎
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最終更新日:2019/06/10
映画:カ行
自分はホラー映画が苦手。単純に脅かされるのが嫌い。あんまり驚かされてばかりいると血液が固まるらしいし。健康に良くないよ。
さて、そのホラー映画である『ゲット・アウト』は、人種差別を扱っていると聞いてしまった。これはどんな作品なのかと興味を誘う。最初はタイトルを『ゲット・ワイルド』と勘違いして、TMネットワークの何かかと本気で思っていた。
ホラー映画といえば、頭を空っぽにして、きゃあきゃあ騒いで観るものだ。そこには知的欲求はない。『ゲット・アウト』は、ホラーなのに社会派。ありそうでなかったイノベーション。まだまだ映画表現の伸びしろはある。
かつて『ダイ・ハード』や『パルプ・フィクション』なんかも、頭の悪いイメージのアクション映画やギャング映画に、文学的なセンスを織り込んだことで、お堅い評論家までも唸らせてしまった。この『ゲット・アウト』も、そんな匂いがする。
映画は黒人の知的な主人公の目を通して、白人至上主義の黒人差別をファンタジックに描いている。黒人が白人に対して、耐えず抱いている不信感なのかもしれない。もしかしたら相手はレイシストでもなんでもなく、ただ物珍しく多人種を見ているだけなのかもしれないし、疲れからくるパラノイアなのかもしれない。できれば自分の被害妄想の勘違いだと思いたい。
映画でもさんざ触れているが、アメリカでは黒人のオバマが大統領になったことで、差別的な流れはなくなっていくかと思われた。でも、なかなかしぶとく差別はなくならない。それどころかトランプ政権になって、ますます白人至上主義者が幅を利かせてきてしまったからタチが悪い。この映画『ゲット・アウト』の怖さは、ホラー的脅しの怖さよりも、今世界に蔓延している邪悪な群集心理からなるもの。結局いちばん怖いのは、心霊現象よりも、無知や荒んだ人間なのだろう。
この映画の監督ジョーダン・ピールは、黒人コメディアン出身らしい。笑いと恐怖はよく似ている。随所に「え、これ笑っていいの? それとも怖がっていいの?」の絶妙なバランスがある。冷静に映像テクニックを駆使しているところに知性を感じる。
たとえば相手がレイシストでなくとも、多人種ばかりの中に、自分1人だけポツンと入り込んでしまったアウェイ感の恐怖を想像してみよう。白人たちが黒人の主人公に、品定めをするかのように触れてきたりする。もしかしたら悪意はないのかもしれないが、同人種間なら失礼にあたる行為なので絶対にしない。これは監督自身が日常で、白人社会に接するときに常々感じてる実体験なのだろう。
最近日本でも、日本人至上主義なんて言葉が使われ始めている。どうやらその人たちからすると「日本はスゴイ!」らしい。現実の日本は、世界でも珍しいくらい先進国の中の後退国。だからこそ「これからどうしていこうか?」と話し合いたいのだが、なかなか現実を受け入れられない人が多いので困る。
日本人はスゴイと自国内で言ってみても、世界に出ればただの黄色人種。白人の中に入ったら、当然当たり前のように差別の対象になる。同じ有色人種でも、背の小さい東洋人は、黒人にだってナメられる。
『スターウォーズ』の新シリーズに、有色人種がメインキャストになる度に、排他的な発言が出てきて社会問題になるくらいだ。
エンターテイメントで社会問題や政治問題に触れるなという声もあるが、やはりそれは違う。まったくの現実逃避の作品もあっていいが、風刺や批判の反骨精神は、カウンターカルチャーの醍醐味だ。
海外の日本のマンガやアニメなどのファンが口々に言うのは、「自国の作品は、現実問題を描いてばかりなので疲れる。日本の作品は、つらい現実を忘れさせてくれるので楽しい」ということ。でも日本の作品って、フワフワの現実逃避ばかりなので、それはそれで不健康。
『ゲット・アウト』は、自分の周りでも「面白かった」とよく聞く。クリエイターの人たちのほとんどは、娯楽に社会問題を絡ませたこの作風に絶賛してた。でも一般のホラー好きの人なんかの声は、ただストーリーに言及するばかりだった。
そうか、どんなに製作者が高尚なテーマを扱っていても、観客に読解力が無ければ、作品の伸びしろも消えてしまう。観客の感性もさまざまだ。
とかく目先の利益を優先して、いちばん低いレベルに下げて作品を作りがちだが、やはり新しいものを目指そうとした作品は、後世に渡っても古さを感じさせない。残っていくものだ。
作品に観客に対する敬意があれば、なにがしかのパワーは伝わる。ときにはそれが誤読であっても、それはそれでその時はいいのだろう。
果たして『ゲット・アウト』はこれから映画史において、どんなポジションに立っていくのか? それもまた作品の見どころだろう。
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