『枯れ葉』 無表情で生きていく
アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』。この映画は日本公開されてだいぶ経つが、SNS上でもいまだにときどき話題に上がっていくる。とても評判がいいので、自分の心の中の「いつかは観たい映画リスト」の中に上がっている作品。年末、「この映画が良かった」と知り合いが言っていた。自分も観たいと思っていて、古い付き合いの人も言っているのでは、もう鉄板の名作に違いない。
自分は近年では、SNSでの一般映画ファンのつぶやきを、かなり映画選びの参考にしている。でもやっぱり相手の顔が見えないSNSでの言葉は、半分ぐらいしか信じていない。だから現実の知り合いが放った映画の評判はかなり信用してしまう。もちろん相手の人柄は、作品選びの参考の要素としてとても重要。日頃からいぶかしく思っている人が、なにがしかを紹介していても、ほとんど聞き流してしまう。もしかしたら、自分で確かめる前に「あんな奴が良いと言っていたのだから、面白い筈がない」と決め込んでしまうこともある。後になって、なんであのときリアルタイムでそれを楽しんでいなかったのかと、後悔してしまうこともある。決めつけは人生において大きな損害を招くこともある。
いまいちばん信用できないのは、メディアでの宣伝。大して面白くない作品でも、巨額の宣伝費をかけて世間にタイトルを浸透させてしまう。日々、テレビやネットを通して一方的に流れてくる情報に、無意識のうちに刷り込みされてしまう。話題になっているのだから良いものだと思い込んでしまう。これでは、ものごとを見る目、判断力や審美眼が衰えてしまう。同調圧力が強い日本社会では、自分の意見よりも周りの空気の方が重要とされる。他人と共有するための話題作りなら、大いに宣伝されている大メジャー路線に人生を委ねていた方が生きやすい。でもそれは、みんな同じでいることに違和感を覚えてしまう人にとっては、息苦しいものとなってくる。
ひと昔前は、映画評論家の前評判が、映画選びの重要な参考となった。でも最近は、映画評論家も宣伝側のスタッフになることも多い。かなりどうしようもない作品を、映画評論家が評価する。その映画評論家のこれまでの意見が好きだったりすると、無条件でその情報を信じて映画館まで行ってしまったりする。そしてそこで肩を落とすこととなる。もともと猫背だったのが、さらに拍車がかかる。そして、信用できるかと思っていた映画評論家の信頼は崩れ去る。信用できそうな人の意見でも、その発言の背景には何かが存在している場合もある。その背景も意識しなければ、損をしてしまうこともある。映画選びを誤って、人生を棒に振る。他人でものごとを判断しない。資本主義社会の処世術。映画評論家が信用できないという事件の収穫は、そこにある。ひとつの教訓を得たので、損失とも言い難い。
映画『枯れ葉』の舞台となる国はフィンランド。フィンランドという国は、日本では「世界でいちばん幸福度の高い国」というイメージが強い。税金が高くとも、手厚い社会保障制度や政治の透明性が高いということが理由らしい。ちなみに日本の2024年度国民が抱く幸福度は世界51位。先進国としては最下位レベル。でも現状の日本の状況からすると、個人的には高いようにも感じてしまう。
そんな世界一国民が幸福を感じている筈のフィンランドだが、アキ・カウリスマキ監督の作品では、そんな幸福な人生を謳歌している一般市民は存在しない。みんな不幸そう。労働条件も厳しいし、社会保障なんてまったくなさそう。だから仕事を無くせば、ただただ路頭に迷うだけ。なんだか日本よりも生きづらそう。『枯れ葉』を観ていると、「世界一幸福度の高い国フィンランド」の印象こそ、メディアが勝手に造り出した印象操作なのかと邪推してしまう。でも、ものごとは疑い始めたときから学びが始まるもの。悪いことばかりではない。
『枯れ葉』の登場人物たちは、みな眉間に皺を寄せて、口をへの字にしながら悲しい表情をしている。この映画のポスタービジュアルを見たとき、自分はこの映画を老人の恋愛映画だと勘違いしていた。テーブルに向き合う男女の姿が、あまりに老生していて、物悲しい雰囲気を醸し出しすぎていた。
映画を観ていると、主人公の2人は若くはなくとも、老人とは言い難い。まだまだ未来を夢見てもいい年齢なのに、表情が曇っている。でもこの悲しい顔をした人たちだからこそ魅力を感じてしまう。明るく「人生サイコー!」と大はしゃぎしているヤカラには、「どうぞご勝手に」と自然と距離をとってしまう。
「自分は鬱だ」と言い放ちながらも、冗談を放ったりもする。それが悲しい顔をして言うものだから、冗談なのか大真面目なのかよくわからない。くだらないことを暗い顔をしながら話すおかしみ。現実は厳しく辛いことばかり。ラジオではウクライナの戦争のニュースばかりが流れている。主人公たちが就く仕事も、キツくつまらなそうなものばかり。うだつの上がらない日常描写があまりにもリアルなので、遠い国の日本人にも感情移入しやすい。
無表情に見える登場人物たちは、よく見ると微妙に口角が上がっていたりして、静かに感情表現をしている。初めてのデートでも淡々としていて、感情がよくわからないように見えるけど、内心はとんでもなく舞い上がっていたりする。冷静ではないからこそ、突然事故に遭ったり、エキセントリックな事件に巻き込まれたりする。キャスティングの役者さんからふと、ある映画が思い起こされた。もしかしたらアキ・カウリスマキは、フィンランド版の『ラ・ラ・ランド』がやりたかったのかも。
フィンランドの人が無表情なのか、アキ・カウリスマキの演出の好みが無表情なのかはわからない。でもこの映画を観ていると、無表情だから感情が読めないというのは間違いだと思えた。無表情だからこそ、相手の顔を見てしまうし。鉄仮面の皮を一枚剥げば、なんともシンプルな楽しい人たちがそこにいた。
『枯れ葉』の登場人物たちは無愛想だが、ウィットには富んでいる。むしろ鬱だからこそ、自己演出で楽しいことばかり考えようとしているのか。愛想笑いなんて知ったことではない。
愛想笑いを日常とする日本人の文化からすると、フィンランド人は偏屈そうに見えて怖いかも知れない。無愛想なフィンランド人と愛想の良い日本人。どちらが無理をしているかと聞かれれば、俄然後者の方が大変そうに思える。余計な愛想を振りまかないフィンランド人のなんと自由なことか。
なぜ日本人は、そこまで苦しみながら愛想笑いをしてしまうのだろう。万人に好かれる必要がないことは、ほとんどの日本人もわかっている。誰とでも仲良くしたいなんて、さらさら思っていない。でもなぜか社会人になると、愛想笑いを良しとされ、ほとんどのコミュニティでそれを求められる。逆に言えば、愛想笑いがきちんとできていれば、どこに行っても誰からも気に入られやすい。ある一定のルールさえ心得ていれば、案外うまくやっていけるのが日本社会。ひと昔前、マクドナルドのメニューに「スマイル0円」と書いてあった。現代の価値観からすると、笑顔だって労働のひとつ。労働力搾取のモラハラになってしまいかねない。
この愛想笑いが偽りのものだとわかっているのに、なぜ日本人はこれほど愛想笑いが好きなのだろうか。愛想笑いする側もされる側も、その氷の微笑で安心感を覚える。笑顔という鉄仮面。つくり笑顔で自分の心をひた隠す。笑顔が上手だと、世渡りもうまくいく。笑顔で、いっけんアピールしているようだけれど、実のところ、本心をケムに巻くための積極的な消極性の処世術でもある。笑顔で距離を縮めるのではなく、笑顔で他人との壁をつくっていく。笑いの仮面で、相手に敵意がないことを表明する。他者とトラブルにならない工夫は、笑顔で本心を隠して自分の心に蓋をすること。自分の話をしない人の方が、他人から好印象を受ける。逆に自分語りばかりしていると、「お前の話を聞いてやるんだから、金払え」と言いたくなってしまう。
笑顔の人の方が心を閉ざしていて、無表情な人の方が正直という矛盾。つくり笑顔なんて大変だから、もうこれからは無表情で正直に生きていこう。アキ・カウリスマキ作品の人物たちを見習って、堂々と生きていきたい。無表情の方がエネルギーは使わない筈。それを頭でわかっていても、今日も誰かに話しかけられたら、反射的に愛想笑いをしてしまう。日本仕込みの条件反射はなかなか抜けそうもない。
不幸続きの『枯れ葉』の登場人物たち。それでも根が明るいと、そのうち運も向いてくる。この現実的な寓話は、納得のいく顛末をみせてくれて、いい気分になる。映画を観たあと、「やっぱり映画はいいな」と思わせてくれる。
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