*

『フェイクニュース』 拮抗する日本メディア

公開日: : 最終更新日:2021/02/28 ドラマ, 映画:ハ行,

自分はすっかり日本の最新作は観なくなってしまった。海外作品でも、テレビドラマのようなシリーズが長いものは最後まで観れる自信がないので、はなから鑑賞を諦めてる。だから日本のテレビドラマなんて観るはずがない。物書きの養成学校に通ったこともある自分が、現在の日本のテレビドラマにまったく興味が湧かないのだから、因果なものだ。

ただこのNHKのドラマ『フェイクニュース』は、タイトルからしてちょっと気になっていた。それでも初回は見逃した。社会活動をしている人たちが絶賛しているのをみて、慌てて再放送をチェックした。観始めたら、日本のテレビドラマへの偏見は吹き飛んだ。海外作品を観るような情報量にワクワクだ。

題材に扱われているのはネット炎上だけではなく、それに絡んで政治腐敗や企業癒着、利権や差別、海外労働者からの搾取、パワハラセクハラと、今日本を取り巻く問題のキーワードが、これでもかと散りばめられている。それがワイドショー的なカタログの陳列みたいにならず、ちゃんとストーリーの核として機能してる。とても骨太の社会派エンターテイメントだ。

今日本の流行りはマンガ原作の実写映像化だ。何でもかんでも元ネタがマンガやアニメなのでもう辟易だ。そんな流れの中で、このドラマ『フェイクニュース』は完全オリジナル脚本ときてる。それだけでも気骨がある。

脚本担当は野木亜紀子さん。ドラマを観ない自分でも最近よく聞く名前だ。そういえば『逃げるは恥だが役に立つ』は観たぞ。ラブコメの中に社会問題を散りばめて、軽そうでいながら硬派なドラマだった。軽薄と硬質の配分が現代的。いまノリノリの作家さんなのね。

NHKといえば、最近では「犬HK」とか揶揄されるくらいに報道が偏ってる。「ニュースならNHKだよね」と今まで自分も思っていたが、最近では報道に違和感を感じるので、「ニュースは民放の方がまだマシかな」とチャンネルを変えてしまう。

伝えるべきことを伝えないのもフェイクニュース。そんな批判されがちなNHKが、自虐的かと思われるようなタイトルのドラマを作った。これはかなり意味深い。要するにNHK内でもさまざまな考えがあるということだろう。

そういえば以前Eテレで放送した『100分de名著』のスペシャル版『100分deメディア論』は面白かった。社会批判を知的にガンガンかましてた。きょうびの日本でこれを企画して放送した勇気がカッコいい。

じゃあこのドラマ『フェイクニュース』がさぞかしラディカルな内容なのかとかまえてしまうが、観始めるとまったくそんなことはない。主人公たちのセリフは真っ当すぎるくらい真っ当。真っ当過ぎてホッとしちゃう。主人公たちが追いかけてるフェイクニュースを流す奴らの言い分の方が、日頃よく聞く言葉だ。そちらの方が嫌悪感を抱く。そうか、やっぱり今の日本を取り巻く雰囲気が真っ当じゃないのね。

「法律に引っかからなくて儲かるなら何をやってもいいじゃん」。ドラマの中でのフェイクニュース発信者の意見。この理屈は、現実社会の多くのビジネスにも当てはまる。主人公たちはそんな意見を断罪する。「自分以外のことを想像せず、誰かを傷つけ、社会をメチャクチャにしても知らん顔できるなんて、ダセェ!」と。

主人公は大手新聞社からネットメディアに出向してる女性記者。北川景子さんが演じてる。この主人公・東雲樹のキャラクター像って、東京新聞の望月衣朔子さんなのかしらと思わせる。頭のいい行動力のある女性が、腐ったオッサンたちに立ち向かう話は気持ちがいい。

自分は美人だとか可愛いとかじゃあ癒されない。今自分が欲してるのは、社会風刺やガス抜きの笑い。だからドラマを観始めて随分過ぎてから、「ああ、北川景子さんキレイだな」って気づいたくらい。こんなにバリバリ仕事してる人が、「さっき美容室行ってきたばかりですよ」ぐらいバッチリキメこんでるのはファンタジー。舞台もIT系の会社なのでオフィスもオシャレ。でもちゃんとした会社って、そんなカフェみたいなところじゃない。オシャレ過ぎるオフィスは、ブラック企業と背中合わせだ。

脇を固める役者陣は、コメディセンスの高い人ばかり。ネットは陰湿な世界なので、少しでも和らげる工夫がされてる。

ただひとつ引っかかったのは、後半で主人公・東雲樹が悪徳政治家と対峙するところ。感情的になって涙が浮かぶ場面。今までクールだった東雲樹さんが、感情剥き出しにする意外性が演出意図なんだろうけど、自分は興醒めしてしまった。才女が敵の前で泣くわけないと。込み上げてくる感情を抑え込んで戦う方が頭が良いし、観ているこちらも感動する。演出家はやっぱり男か。「女は感情的ですぐ泣く」という偏見に落ち着こうとしてるのが見えてくる。ちょっと残念。

ネットを巡る社会風刺の作品なんて、20年前ならSFで扱う内容だった。現代ではこれは一般的な普通のドラマになるのだから、昔のSF作家の先見性には驚きだ。そしてその未来に対する警鐘が何一つ活かされていないのに幻滅もする。

ドラマ『フェイクニュース』は、今現代日本に作られるべき作品だ。日本には今、エンターテイメントになる題材に溢れている。過去作品の焼き直ししか企画に上がらないなら、作り手には、自主規制という臆病な詭弁で、目先のことしか考えられない者ばかりしかいないのだろう。エンタメは現実逃避のコンテンツに成り下がったけれど、やっぱりガス抜き程度の役割であった方が健康的だ。

「頭を使って足を使って努力して書いた記事より、バカな記事の方が人気がある。このままじゃ日本中がみんなバカになる」と、劇中でも言っている。もしこの『フェイクニュース』みたいなドラマが面白いと思う人が多ければ、日本はまだなんとかなるかも知れないと、仄かな期待を抱きつつも……。

ちょっと前までは、メディアリテラシーが高ければ、フェイクニュースなんかに引っかからないと言われていた。このドラマを観る限り、フェイクニュースは日に日に巧妙になっている。もうウソとホントを見分けることなんてできない。これからは気軽に「いいね」とか「拡散」するのは控えようと思った。何かの悪意に知らず知らずに加担してしまうのは恐ろしい。社会がメチャクチャになる前に。

https://www.nhk.or.jp/dodra/fakenews/

関連記事

no image

太宰治が放つ、なりすましブログのさきがけ『女生徒』

  第二次大戦前に書かれたこの小説。 太宰治が、女の子が好きで好きで、 もう

記事を読む

『葬送のフリーレン』 もしも永遠に若かったら

子どもが通っている絵画教室で、『葬送のフリーレン』の模写をしている子がいた。子どもたちの間で

記事を読む

『レディ・プレイヤー1』やり残しの多い賢者

御歳71歳になるスティーブン・スピルバーグ監督の最新作『レディ・プレイヤー1』は、日本公開時

記事を読む

『はちどり』 言葉を選んで伝えていく

雑誌に韓国映画『はちどり』が取り上げられていて興味を抱いた。中学生が主人公の映画でフェミニズ

記事を読む

『ブラック・クランズマン』明るい政治発言

アメリカではBlack Lives Matter運動が盛んになっている。警官による黒人男性に

記事を読む

『ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 』  若手女流監督で人生の機微が!

言わずもがな子ども達に人気の『ドラえもん』映画作品。 『ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団

記事を読む

no image

『ファイト・クラブ』とミニマリスト

最近はやりのミニマリスト。自分の持ちものはできる限り最小限にして、部屋も殺風景。でも数少ない持ちもの

記事を読む

『時効警察はじめました』むかし切れ者という生き方

『時効警察』が12年ぶりの新シリーズが始まった。今期の日本の連続ドラマは、10年以上前の続編

記事を読む

no image

『裸足の季節』あなたのためという罠

  トルコの女流監督デニズ・ガムゼ・エルギュヴェンが撮ったガーリームービー。一見した

記事を読む

『若草物語(1994年)』本や活字が伝える真理

読書は人生に大切なものだと思っている。だから自分の子どもたちには読書を勧めている。 よ

記事を読む

『アメリカン・フィクション』 高尚に生きたいだけなのに

日本では劇場公開されず、いきなりアマプラ配信となった『アメリカ

『不適切にもほどがある!』 断罪しちゃダメですか?

クドカンこと宮藤官九郎さん脚本によるドラマ『不適切にもほどがあ

『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン

『マーベルズ』 エンタメ映画のこれから

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の最新作『マーベ

『髪結いの亭主』 夢の時間、行間の現実

映画『髪結いの亭主』が日本で公開されたのは1991年。渋谷の道

→もっと見る

PAGE TOP ↑