『ラストナイト・イン・ソーホー』 ハイセンスなおもちゃ箱

前作『ベイビー・ドライバー』がめちゃめちゃ面白かったエドガー・ライト監督の新作『ラストナイト・イン・ソーホー』。コロナ禍の劇場公開にも関わらず、世の中の映画ファンたちから絶賛の声が聞こえてくる。今回はホラー映画とのこと。驚かされるのが苦手な自分は、ちょっと躊躇する。レーティングもR15となかなか高い。己の勇気を試さんと、再生ボタンを押してみる。
トーマシン・マッケンジーとアニャ・テイラー=ジョイの若手人気女性俳優のダブル主演。それだけで華やか。きっとエドガー・ライト監督は、この二人の俳優が好きで、二人とも主演で起用したかったのだろう。そもそも役者先にありきの企画。二人とも魅力的に撮ってやると意気込みが映像からみなぎっている。
まず、二人の俳優を同等の主人公に描くならどうしたらいいか。そこからプロットが練られている。そうか、二人で一人になればいいんだ。でもどうする? タイムリープで時代を超えた体験の共有をすればいい。映画オタクならではの、過去の面白かった映画のアイデアがどんどん浮かんでくる。このパッチワークを、どう料理しよう。
この映画のいちばんの元ネタは、70〜80年代のイタリアのホラー映画。モンスターがいきなり出てきて、飛び跳ねるほど驚かされるようなホラー描写ではない。光と影を巧みに使って、闇の中に蠢く何かを想像させる絵作り。自分が10代の頃、ホラー映画が流行していた。ホラーが苦手な自分でも、イタリアン・ホラーの芸術的な演出は好きだった。
そういえば映像学校に通っていたころ、授業で『世にも怪奇な物語』を鑑賞した。けして日本のテレビドラマの『世にも奇妙な物語』ではない。フェリーニやロジェ・バダム、ルイ・マルとヨーロッパの巨匠監督たちが描く短編ホラー集。映画を選択した講師が、「こんなわかりやすいエンターテイメント映画を紹介してもしょうがないんだけどね」と呟きながら、レーザーディスクをセットしていた。当時はレーザーディスクがもっとも高画質のメディアだった。レコードのように表面裏面と別れており、片面最大1時間収録されている。映画再生中、講師は別室に行ってしまうのだが、1時間くらい経つと、盤面を裏返すために戻ってくる。生徒たちは、映画が好きで映画学校に来ているくらいだから、放っておいても黙って映画を観ている。
『世にも怪奇な物語』は、怖いというよりも、凝りに凝った映像美のホラー映画。物語は記憶に残らなくとも、映像のイメージだけはいまでも覚えている。潜在意識に染み込む映画とでもいったところ。
『ラストナイト・イン・ソーホー』は、ほかにもヒッチコックなどの影響も強い。要するにアラフィフのエドガー・ライト世代が、子どもの頃うっかりテレビで観てしまった怖い映画のオマージュ。
極力CGは使わないで、カメラワークや段取りのうまさで、不思議な映像を作り出す。これどうやって撮っているのだろうの映像トリックのてんこ盛り。観客の我々も楽しいけれど、さまざまな仕掛けを考えて映像を紡いでいくキャストやスタッフたちも、さぞ楽しかっただろう。ホラー映画なのに楽しい気分になるのが、この映画の最大の魅力。
エンタメ業界のMeeToo運動的な要素も作品テーマに組み込まれている。クラッシックなホラーのようでいて、ちゃんと現代的な要素も物語に含ませているところがニクい。
若い人たちは、この『ラストナイト・イン・ソーホー』を観て、新鮮な印象を受けるだろう。自分の世代では、前世紀の元ネタとなっている映画が浮かんでしまう。でもよく考えてみれば、そのころの講師の年齢は今の自分の年齢と同じくらい。あの頃の若者向けに映画を紹介していた講師の感覚は、今のエドガー・ライト監督が、自分の作品を通して過去作品を紹介する感覚と似ている。現代の作品が、古典作品からのオマージュが隠されているとしたら、当時制作されていた作品も、さらに過去作品からの引用があると捉えた方がいい。
リュミエール兄弟の映画の始まりから100年以上。連綿と続く映画史のなかで、表現の流用とブラッシュアップが繰り返されていく。どんどん映画表現が進化していく。その時代の映画オタクの監督たちによって、手を替え品を替えてイノベーション作品が生まれてくる。
自分と同じころにエドガー・ライト監督も映画を学んでいたことだろう。自分の中に蓄積された、映画の知識の引き出しからパッチワークに向く要素を選んで貼り合わせていく。それが一つの作品になっていく。なんとも楽しい。それが万人が好むような、オシャレなセンスで味付けされていたら、みんなその映画を好きになってしまう。
エドガー・ライト監督の「みんなこんな映画好きでしょ?」という声が聞こえてきそう。なんとも憎たらしいったらありゃしない。
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