*

『サクリファイス』日本に傾倒した核戦争の世界

公開日: : 最終更新日:2019/06/13 映画:サ行

旧ソ連出身のアンドレイ・タルコフスキー監督が、亡命して各国を流転しながら映画をつくっていた遺作となるスウェーデン映画『サクリファイス』。80年代後半、当時の日本はミニシアターブームで、芸術的な難解な映画が流行っていた。フジテレビの深夜枠の『ミッドナイトアートシアター』という最近も復活していた番組で、ノーカットノーCMでアート系の作品を放映していた。自分はその番組でこの映画『サウリファイス』を観た。当時はミニシアターも銀座がメインだったので、郊外に住む中高校生だった自分には、なかなか劇場まで足を運ぶのは敷居が高かったものです。

タルコフスキーの映画はずっと興味があったので、この映画は観たくて仕方がなかった。難解だとか退屈だとか前情報はあったので、なんら抵抗なく観ることができた。これは核戦争になってしまった世界の映画。主人公は自分が前世は日本人だったと言い、息子の誕生日に日本の松を植えると言う。そこに登場する「日本の松の木」は自分にはあんまり馴染みのない松。でも今思えば3.11の震災の陸前高田にある『奇跡の一本松』がこの映画の松にそっくりだ。これは偶然なのだろうか? この映画では他にも日本の尺八の音楽を聴いていたりするけれど、これもまた初めて聴くような音楽。この映画にでてくる日本の姿は、日本人が抱くイメージの日本ではない。いやこの音楽もこれから起こる何かの予兆かも? ただ核戦争がテーマなので、被爆国日本へ対するオマージュではあるのだろうけど。

タルコフスキーは黒澤明監督とも交流があり、言葉は通じずともすぐ意気投合して、酔っ払って『七人の侍』のテーマ曲を一緒に歌ったそうな。そういえば黒澤監督もロシアで『デルス・ウザーラ』を撮っているから、いろいろと付き合いがあったのだろう。タルコフスキーは旧ソ連では映画が撮れなくなり、晩年は他国で映画を作っている。自分は本作を含む晩年の作品のほうが馴染み深い。

核戦争が始まり、それをとめるために『犠牲』になる主人公。魔女である召使のマリアと寝ることですべて収まるという。なんだかヘンなのって高校生の自分は思ったよ。マリアって名前からして宗教的なメタファーなんでしょうが。それで空中浮揚して家に火をつける。なんのこっちゃ。小難しいセリフや芸術的な画面構成で、ものすごく高尚な世界観にみえるけど、冷静に考えて戦争の恐怖でパラノイアになった人が狂っちゃっただけでしかない。この監督の前作『ノスタルジア』も終末思想の映画だったっけ。

難解なのか、頭でっかちのたわいごとなのかよくわからないギリギリの感覚が面白かった。主人公が家に火をつけた。家が燃えて崩れ落ちるまでこのショットは延々と続くんだな〜と途方に暮れながら画面を観ている自分がいた。この映画はやはり映画館でフィルムで観るタイプの映画なのだろう。デジタル時代にはそぐわないタイプの映画だ。タルコフスキーの映画に霊が宿っているのなら、デジタルには霊が入り込む隙がなさそうだから。はたしてデジタル技術は霊感を刺激してくれる機能は残っているのだろうか?

関連記事

『さよなら銀河鉄道999』 見込みのある若者と後押しする大人

自分は若い時から年上が好きだった。もちろん軽蔑すべき人もいたけれど、自分の人生に大きく影響を

記事を読む

『坂の上の雲』 明治時代から昭和を読み解く

NHKドラマ『坂の上の雲』の再放送が始まった。海外のドラマだと、ひとつの作品をシーズンごとに

記事を読む

no image

『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』集え、 哀しい目をしたオヤジたち!!

  『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』はマーベル・ユニバースの最新作。『アベン

記事を読む

『斉木楠雄のΨ難』生きづらさと早口と

ネット広告でやたらと『斉木楠雄のΨ難』というアニメを推してくる。Netflix独占で新シーズ

記事を読む

『SHOAH ショア』ホロコースト、それは証言か虚言か?

ホロコーストを調べている身内から借りたクロード・ランズマンのブルーレイ集。ランズマンの代表作

記事を読む

『ジョン・ウィック』 怒りたい衝動とどう向き合う?

キアヌがキレて殺しまくる。たったこれだけのネタで映画を連続三作品も作ってしまった『ジョン・ウ

記事を読む

no image

核時代の予言だったのか?『ストーカー』

  この映画のタイトル『ストーカー』は いま世間的に流布している 特定の人につき

記事を読む

no image

『百日紅』天才にしかみえぬもの

  この映画は日本国内よりも海外で評価されそうだ。映画の舞台は江戸時代。葛飾北斎の娘

記事を読む

no image

日本も開けてきた?『終戦のエンペラー』

  映画『終戦のエンペラー』を観た。 映画自体の出来映えはともかく、 こうい

記事を読む

『好きにならずにいられない』 自己演出の必要性

日本では珍しいアイスランド映画『好きにならずにいられない』。エルビス・プレスリーの曲のような

記事を読む

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

『cocoon』 くだらなくてかわいくてきれいなもの

自分は電子音楽が好き。最近では牛尾憲輔さんの音楽をよく聴いてい

『僕らの世界が交わるまで』 自分の正しいは誰のもの

SNSで話題になっていた『僕らの世界が交わるまで』。ハートウォ

→もっと見る

PAGE TOP ↑