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『スイス・アーミー・マン』笑うに笑えぬトンデモ・コメディ

公開日: : 映画:サ行

http://sam-movie.jp/

インディペンデント作品は何が出てくるかわからないのが面白い。『スイス・アーミー・マン』は、無人島に一人残された男と、一体の死体との生還をかけた(?)ザバイバル・ムービー。『ハリー・ポッター』のダニエル・ラドクリフが死体を演じている。悪ノリの怪演。

自分は予告編を観ただけで、ゲラゲラ笑ってしまった。死体をもてあそぶ不謹慎な笑い。そういうブラックユーモアは大好きだ。コテコテのわかりやすい笑いを想像していた。

予告編ですっかり緩んでいた自分の頬は、実際に映画を観始めたら、どんどんこわばっていった。「こりゃ、わからん」でもわからないからといっても、「つまらない」のとは違う。ポスター・ビジュアルにある、死体のボートに乗って海を渡るシーンは、いきなり冒頭にある。すっかりクライマックスのカタルシスの場面だと思っていたので、意表を突かれた。遭難者の主人公ハンクは、早々に無人島から脱出する。いやもしかしたら無人島漂着は、そもそもハンクの幻覚なのかもしれない。

『スイス・アーミー・マン』というタイトルから、スイス兵が遭難した話だとばかり思っていた。じつは万能ナイフのスイス・アーミー・ナイフからとった名称らしい。ラドクリフの死体はサバイバルに役に立つ万能死体だった。しかもこの死体は話し相手にもなってくれる。普通ならドタバタコメディになっていく展開だ。

死者と生者が触れ合うことで、生とはなんぞやと語りかける作品は数多ある。でもこの映画には生きる気力はない。孤独な遭難者が、物言わぬ死者と励まし合いながら、生きることへ執着する映画だと勘違いしていた自分が甘かった。作品のテーマは重く暗い。コメディの装いこそとってはいるが、笑えない狂気の世界。これはカッ飛んじゃった人の心象風景の映像化。

主人公ハンクを演じるポール・ダノ。ドニ・ヴィルヌーブ監督の『プリズナーズ』での幼女誘拐の精神薄弱な容疑者がうまかった。なんだかとてもキワドイ雰囲気の配役は確信犯。

劇中では下ネタやゲテモノ描写を、光や撮影技術で美しく撮っている。これはまさにハンクからみた言い訳じみた現世界。なんだか日本のアニメで、実際にある風景を現実より遥かに盛って綺麗に描く表現に似てる。実際その場を知る者は、現実の味気なさにガッカリしてしまうことすらある。でも所詮キワモノはキワモノ。『スイス・アーミー・マン』は、そんな現実と折り合いがつかない主人公の心理を確信犯で描いている。一線を超えているのかいないのか、あやふやなところがスリリング。果たしてただ反社会的なのか、頭がいいのか?

映画上映から90分。主人公のハンクと行動を共にして、彼が横恋慕する女性の家にたどり着く。彼女はハンクを警戒する。自分の娘が彼に近づくことに危険を感じる。観客である自分は、ずっとハンクとサバイバルの冒険をしてきたにもかかわらず、不信感を抱く彼女の方に感情移入してしまう。ハンクはどうみても変質者のストーカー。しかも死体まで連れている。

終盤、ハンクを取り囲む大人たちは、彼を怪訝な目で見つめる。ハンクはなおも死体と船出の幻を夢見る。憐れな遭難者は、一転して異常者へとなる。手錠をかけられるハンク。お願いだから保護してあげて。ハンクには生きた現実の友人が必要だけど、ここまで堕ちてしまった人は、まず治療が必要だ。

死体が喋り出すこの映画。死体と会話するなんて、物語の後半かと思っていたら、ラドクリフの死体は結構最初の方で喋りだす。そう、ハンクの心はとっくに死にかけてる。死体はハンクのイマジナリーフレンド。ハンク自身の自問自答。ハンクは死体に対して羨望を抱いている。「君はもう死んでて羨ましいよ。僕は生きていても仕方ないんだけど、死ぬ勇気もないんだから」そんなハンクの心の声が、作品中から聞こえてくる。

この「どうせ自分なんか」という自己憐憫が行き過ぎれば、「戦争になってみんな死んでしまえ」という過激な思想に走ったり、「誰でも良かった」と無差別通り魔に発展しかねない。「誰でもいい」と言っておきながら、狙うのは自分が腕力で勝てそうな子どもや女性を選ぶ。ようするに卑怯なのだ。

なんだかわからん映画だけど、この映画を観て、「自分だけがこんな気持ちじゃなかったんだ」とか、救われた気持ちになって一線を踏みとどまる人もいるのかしら。

この映画が最初に人の目に触れたとき、耐えきれず途中退席した観客もいたらしい。賛否両論だったが、圧倒的に評価する人の方が多かったらしい。

なんとも心優しいトンデモ映画だ。

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