『戦場のメリークリスマス 4K修復版』 修復版で時間旅行
映画『戦場のメリークリスマス』の4K修復版の坂本龍一追悼上映を観に行った。そもそもこの映画の4K修復版公開は2021年のコロナ禍真っ只中で、とても映画館に行くような気分ではなかった。しかも『戦場のメリークリスマス』の映画自体は現在、配信でも観ることができる。
「映画は映画館で観て、初めて映画鑑賞だ!」と、ついこの間まで言っていた自分も、すっかり配信で映画を観るのが日常となってしまった。それでも40年の推しである坂本龍一さんの追悼上映となれば無視できない。この機を逃せば、もう二度と坂本龍一の推し活もできなくなる。『戦場のメリークリスマス』は、10代の頃から何十回も観ている映画だけれど、実のところ劇場では観たことがない。このイベントに素直に乗っかろう。パンフレットも欲しいし。
『戦場のメリークリスマス』が公開されていた頃、自分はまだ小学生だった。YMOのブームも落ち着き始めて、いざ散開という頃に、ようやく自分は坂本龍一さんのカッコ良さに目覚めた。ルックスが良くてアーティスティック。小難しいところもとても好み。あこがれのおじさんと言ったところ。
当時小学生だった自分は、友人たちとアニメ映画『戦闘メカザブングル グラフィティ』を観るために、映画館『新宿松竹』へ出向いていた。『新宿松竹』はその後改装されて、いまでは『新宿ピカデリー』となっている。そもそも小学生だけで都心で映画を観に行くなんて、現代だったら危険すぎて親が許さなそう。あの頃は映画というよりもアニメが観たかった時期。そのアニメ映画上映前の予告編で『戦場のメリークリスマス』が流れた。友人たちは、当時人気のお笑い番組『オレたちひょうきん族』に出てくる『たけちゃんマン』ことビートたけしさんが、シリアスな映画に出ることに熱くなっていた。自分はまだファンになって日の浅い坂本龍一さんの音楽がかかって、本人も出演していることの方に興味を惹かれた。でも臆病な自分は、戦争映画を観る勇気がない。字幕スーパーを追える自信もない。劇中に戦闘場面がない異色の戦争映画とは聞いていたが、やっぱり戦争ものは嫌だ。映画『戦場のメリークリスマス』を初めて観たのは、テレビ朝日の『日曜洋画劇場』の放送。あの淀川長治さん解説の「さよならさよならさよなら」の番組。
映画の内容はよくわからなかったが、とにかく音楽がカッコよかった。シンセサイザーがメインの音作りが不思議。この映画の魅力は、音楽が大きく占めている。のちに坂本龍一さんご本人も発言しているが、この『戦場のメリークリスマス』は、映画自体よりも音楽の方が先立ってしまっているところは否めない。映画の内容や映像は地味なのに、音楽は派手。テーマ曲が映画のサントラだと知らなかった人も多かったはず。曲の方が映画よりも有名になってしまった。それもまた異色作の所以。
晩年の坂本龍一さんの音楽は、いかに環境に溶け込むかをテーマにしていた。サントラの仕事も、音楽が全面に押し出してくるというよりは、場面の状況に寄り添うことに注目している。はたしてこれは音楽なのか、環境音なのか、はたまた登場人物の心の声なのか。意図的に判別しづらくつくっている。音楽監督就任第一作目の『戦メリ』とは真逆の表現方法になっていった。とても興味深い。
4K修復版と謳っているだけあって、画像や音声がとてもクリアになった。最近作と勘違いしてしまうほどの向上。音声は、当時の音響担当者の息づかいまで感じられる繊細さ。あらゆる情報がクリアになったことで、撮影時の緊張感も伝わってくる。
映画初見のころの記憶の引き出しがどんどん開いていく。戦争ものなのに坂本龍一さん演じる日本軍人はいつもキメキメに化粧をしている。日本人男性が戦時中でもいつもメイクしているというファンタジー。この映画はリアリティを追求する作品ではない。戦争も同性愛も、センセーショナルなギミックに過ぎない。この映画がカンヌで無冠だったが、大ヒットしたというのも頷ける。『戦場のメリークリスマス』は、芸術的な風合いをしたアイドル映画。坂本龍一さんの目張りがはっきりしてきたので楽しくなってきた。子どもの頃、このキレイな軍人に違和感抱きっぱなしだった。そんなことはどうでもいい。大島渚監督は気にもしなかったのだろう。
アイドル映画といえども、映像からはピリピリと緊張感が伝わってくる。大島渚監督のイメージは、いつも怒って喧嘩ばかりしている凶暴なおじさん。他の映画のメイキングで、思想が合わないという役者さんを、演技指導の名のもと怒鳴りまくっている姿が記憶に残る。パワハラ街道まっしぐら。今だったら大炎上。
そういえば、「怒鳴られるなら出演しない」と、坂本龍一さんとビートたけしさんが大島渚監督に談判したという逸話もある。怒りん坊の大島渚監督は、主演俳優を怒鳴りたい衝動を、周りのスタッフやエキストラにぶつけることで晴らしていたらしい。主演俳優たちは、内心穏やかではなかったとのこと。どうしても怒鳴らなければ映画がつくれない性分なのか。まあ怒号が飛び交う職場なんて、絶対にイヤだが。
ただ映画の内容が戦争映画だったので、人権軽視の理不尽な世界観と、殺伐とした撮影現場の雰囲気はマッチしていた。こうして大人になって『戦メリ』を観ると、以前わからなかった感情が湧いてくる。人の尊厳が失われた世界では、誰もハッピーではない。どの登場人物も、すでに心が荒んでいる。そこに不釣り合いなロマンスが入ってくるので、奇妙な映画となっていく。地獄の中で見る現実逃避の夢。
大島渚監督のキャスティングに、演技素人を採用する特徴がある。この映画もデヴィッド・ボウイをはじめ、ミュージシャンが多く起用されている。そういえばボウイの歯が矯正されていないのも、時代を表していて貴重。当時はそんなことも気にせず映画を観ていた。
スターになる人物はカリスマ性がある。演技ではなく、その役者が醸し出しているカリスマ性を、そのまま作品に利用する。演技が下手なのは二の次。大事なのはその俳優の存在感。坂本龍一扮するヨノイ大尉が、クライマックスで「きる!」と発する。それが日本語の「斬る」なのか英語の「KILL」なのか分からなくて悶絶する。どちらの意味でも物語の展開には支障がない。
デヴィッド・ボウイ演ずるジャック・セリアズや、坂本龍一演ずるヨノイ大尉は、そもそも兵の上に立つポジション。でも彼らには肩書きだけではなく、人を頷かせるカリスマ性も備えている。カリスマがカリスマに憧れる物語。その周りにいる一般人はたまったものではない。その「戦争以外の混乱」がこの映画のテーマ。映画の内容として、最大の悪は日本人に巣くう思想にあるかのように描かれている。この映画のビートたけしさんも、かなり怖かった。現代の作品だったらネットで炎上しそう。海外から見る日本は、昔も今も奇怪なもの。
そういえば自分は『戦場のメリークリスマス』のレーザーディスクを持っていた。吉幾三さんの歌に「レーザーディスクは何者だ」というフレーズがあった。時代をひと回りして現代でもまた「レーザーディスクは何者?」となる。当時、ビデオカセットよりも高画質と謳われたレーザーディスク。アナログレコードと同じサイズで、片面60分しか収容できないので、映画の途中で盤面をひっくり返さなければならない。使い勝手も悪いし、DVDに比べたら画質が悪いのはあたりまえ。アナログレコードのように再評価されそうにはないが、どうなのだろう。
当時でもレーザーディスクはマニアの嗜好品だった。映画好きしかこのメディアに興味がない。円盤がデカいとか著作権問題とかで、レンタルも許可されなかった。そしてそもそも本体料金が高い。当時『戦場のメリークリスマス』のレーザーディスクは9800円したと思う。ほんとにマニアしか買いそうもない。自分は一時期レーザーディスクのコレクションが100枚近くまで及んだ。のちにDVDやらBlu-ray、4K媒体と日進月歩で同じ映画の別版が発売される。もうコレクションを追いかけるのに意味を感じなくなった。
そもそも自分が映画にハマったのは、親からの自立を願ったから。過干渉な親が介入しずらい趣味を持つ。読書や映画鑑賞をしない親が、口を挟めない趣味を持てば自由になれる。アート系の『戦メリ』は、親避けに好都合。時代は90年代のアート映画ブームに流れ込んでいく。どんどん自分は映画沼にハマっていった。
初めて『戦メリ』を観た頃は、まだ人生これからといったところ。今はどう終活を迎えていくかなんて考えだしている。40年の時はあまりに長い。そりゃあ大島渚もデヴィッド・ボウイも坂本龍一も亡くなるだろう。
古い映画を観ると、単純に懐かしいという思いと、あの頃抱いていた大人になった自分のイメージとの現実の自分との乖離に驚かされる。いちばんの違いは日本の社会の変化か。あの頃はもっと社会に夢があったと思う。
“Ars longa, vita brevis.”
芸術は長く、人生は短し。
坂本龍一さんの最後のことばを想う。
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