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『ジョーズ』 刷り込みでないと言ってくれ!

公開日: : 映画:サ行, 音楽

平日の昼間に放送しているテレビ東京の『午後のロードショー』は、いつも気になっていた。80年代90年代に大ヒットしたブロッックバスター映画が、しれっと毎日放送されている。平日の午後なら、大抵の人は外出している時間。家事など家で仕事をする人でなければ、なかなかリアルタイムで鑑賞はできない。チョイスされる作品は、我々中年世代にはビンゴ過ぎるものばかり。よくわからないB級映画と、かつて一世風靡した大作が一緒くたに放送される。過去の大作でも、今では放送権利の価値が下がった作品たち。思い出が手軽になってしまうことに、嬉しくもあり哀しくもある。

この『午後のロードショー』で、スティーブン・スピルバーグの初期作品『ジョーズ』が放送されるのを知ったのは、その日の朝、出かける寸前。思わず録画予約をしてしまった。

サメ映画とゾンビ映画は、なぜか人気のジャンル。どんなにくだらない設定でも、このジャンルなら許せてしまう魔力がある。とくにサメ映画はなんでもありのところがある。サメが空を飛んだり、路上を走りまわってもOK。宇宙空間にでも人類を襲ってくるフレキシブルさがある。『ジョーズ』は、その後脈々と続くサメ映画モノの切込隊長。まさかここまで定番のジャンルになるとは、当時のスピルバーグも想像すらしていなかっただろう。

映画『ジョーズ』は、自分が小さい時から何度も観た映画。数年おきにまた観たくなるお気に入りの作品でもある。

この映画の存在を初めて知ったのは、自分がまだ幼稚園児の頃。親戚の家にあったアナログレコードのサウンドトラック。絵柄はあの有名な、海を泳いでいる女性の水面下で、巨大ザメが襲いかかろうと口を開いている怖いヤツ。あまりの怖さに、幼い自分は怯えた。その姿を面白がった親戚は、恐怖のレコードに針を落とす。スピーカーから流れてきたのは、低音のストリングスの音。でーでん、でーでん。ゆっくり忍び寄るような不気味な音。ジョン・ウイリアムズが作曲した、恐怖を煽るあの有名な曲だ。気が滅入る。こんな音楽聴いて喜ぶなんて気がしれない、どうかしてる。まだオムツがとれたばかり自分は、心の底からメラメラと怒りを感じていた。大人の趣味はわからない。

小学生になって、この映画がテレビで放送された。度胸試しというか怖いもの見たさで、全身硬直しながらこの映画を観た。ショッキングな展開ばかりで、観終わったあと呆然とした。

映画の専門学校へ通って、映画制作のノウハウを学んだあとに、数回目の『ジョーズ』を観てウロコが落ちた。この映画の展開は、ただショッキングな事件が起こるのを綴っているのではない。とてもテクニカルに起承転結を紡いでいることがわかってきた。

映画は暴力的な場面が多い。それを力押しでみせるのではなく、丁寧に計算して終盤につれて盛り上がるようなつくり。当時スピルバーグが天才監督と言われたのも過言ではない。大仰な宣伝方法も含めて、のちのエンターテイメント作品の雛形を形成した。

映画はアメリカの海岸沿いの小さな町。夏のビーチに集まる観光客で成り立っているようなところに、人食いザメの被害が起こる。被害を警戒するロイ・シャイダー扮する警察署長マーティンと、楽観視する町長。ろくに調べることもなく、海開きをしてしまう。町の経済源のビーチを閉じるわけにはいかない。そして悲劇は起こる。

主人公は常に正しい目を持っていて、周りが理解を示さない。いかに周囲を説得するか、物語の語り口はそこから始まる。この構図はスピルバーグ作品の定番スタイルになっていく。主人公の声に誰も耳を貸さないがゆえに、最悪の事態になっていく。

第三者目線のエンターテイメントなら、ハラハラドキドキの面白い展開なのだが、もし実際にこの映画の世界の中に自分もいたらと思うとゾッとする。

この映画の人食いザメは、自然災害の象徴。身の危険は末端の人たちは肌で感じてる。でも、町長はそれを認めない。経済中心で、人の命の危険は実感してない。そして危険に最初に気づいた末端の主人公が、その責任をとらされる。結局命懸けの一番危険な任務に向かわされる。英雄譚としては最高のカタルシスだが、現実なら不条理極まりない。今の時期だと、人食いザメはコロナと完全にダブってしまう。教訓的映画になってしまう。

『ジョーズ』は、ジョン・フォード的なエンターテイメントを意識した映画。人物描写が記号的で薄っぺらいとは当時の評。そもそも最初からこの映画は、アトラクション的に割り切って作られている。人生の機微やら、文学的な深みなど想定していない。人の命の尊厳は見ない、ある意味不道徳感すらある。ものづくりは数多ある要素を削いでいく作業。制作者の切り捨てた意図を無視して、無い物ねだりするのはまさに揚げ足取り。

『ジョーズ』のストーリー展開は至ってシンプル。前半はホラー映画やパニック映画の要素で、後半は人間とサメの死闘を描いたアクションに絞ってる。

登場人物も最小限で個性的。主人公の警官マーティンの戦いにお供するのは、リチャード・ドレイファス扮する科学者と、ロバート・ショウ演じる賞金稼ぎのクイント。

この映画のリチャード・ドレイファスは、当時のスピルバーグ監督にそっくり。スピルバーグは自分の分身として、オタクっぽいルックスにした彼を起用していたのだろう。

子どもの頃、賞金稼ぎのクイントが、親分ヅラして威張ってるわりには無謀で、わざわざ失敗しようとしてるのが解せなかった。映画がクライマックスに向かう嵐の前の静けさで、クイントは自身の戦争体験を語る。そこでサメに襲われて、死線を潜り抜けてきたこと。広島の原爆を運ぶ極秘任務について。

今でこそクイントはPTSDによる生きづらさを抱えていたことがわかる。自分の死に場所を探している人とは旅はしたくない。浅いと言われているこの映画。心の病が一般知識となった50年後の現代の視点でも、しっかり生合成が取れている。ストーリーも人物描写も記号的かもしれないが、ポイントは間違っていない。

作品というものは、出会った時期や年齢によって印象が変わってくる。最初にその作品に触れたとき好印象だと、たとえ駄作であっても名作として刷り込まれてしまう。子どもの頃や若い頃に夢中になった作品を、改めて観直してみるとがっかりすることも無くはない。『ジョーズ』は観る度に「やっぱり面白い」と素直に感じてしまう。ストーリー展開も、今の感覚でもテンポが良いように感じる。果たして他の人もそう感じるだろうか。

この映画『ジョーズ』には、映画の魔法みたいなものは確実に宿っている。スピルバーグがその後も、商業映画の表現の分岐点になるような作品を作り続けていることに意味がある。エンターテイメント作品の監督でも、芸術的評価が得られることを証明した。それまでの映像表現の根本が変わってしまうほどのインパクトも与えている。新しい表現の追求があってこその作品群。

どうのこうの言われ続けたスピルバーグの監督人生。いずれ偉人として扱われていく人を、同時代に同時進行で見れてきたような気がする。

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