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『SAND LAND』 自分がやりたいことと世が求めるもの

公開日: : アニメ, 映画:サ行, , 配信

漫画家の鳥山明さんが亡くなった。この数年、自分が子どものころに影響を受けた表現者たちが、相次いでこの世を去っていく。ものすごい速さで時代が変わって行くのを感じる。自分が若かりしころの時代は、もう遥か大昔の出来事となってしまった。若いつもりでいつまでもぼんやりと生きていたら、すでに自分も初老の域に達している。いつの間にか、周りはみな自分を目上の人と思っている。そういえば最近自分自身もおとなしくなった。静かになったのは、けして人間ができてきて丸くなったわけではない。単純に体力が落ちて元気が無くなっただけ。憤るよりも、まあいいかの気持ちの方が強くなった。要はめんどくさくて、いろんなことを早々に諦めてしまっている。自分が若いころに年寄りくさいと思っていたことを、今自分が体現している。

漫画家やアニメーターなどのクリエイターは、短命か長寿かにはっきり分かれる。クリエイターで長寿な人は、元から単にタフな人なのだろう。ほとんどのクリエイターは、若いうちからの不摂生が祟って、50歳になるくらいには、命に関わる大病を患ったりしてしまう。のめり込まなければ成り立たないクリエイター業。クリエイターたちは命を削って創作活動をしている。鳥山明さんの突然の訃報は本当に驚いた。最近は仕事のペースを落としていたとしても、若かりし日の無茶は形に現れてくる。知らず知らずのうちに、不治の病を背負ってしまっているのかと思うと、他人事ではない怖さを感じる。

昨年、鳥山明さんの短編『SAND LAND』がアニメ映画になった。これは面白そうだと興味をそそられた。年内には『ドラゴンボール』の新作アニメも控えている。全面的ではないだろうけど、原作者の鳥山明さんは、このアニメ作品たちに関わっている。もしかしたらその責務がこの訃報につながってしまったのだろうか。

『SAND LAND』映画公開時の鳥山明さんのコメントが印象的。「映画館にはお客さんが集まっていないようですが、観てくださった方がみな、面白かったと言ってくれている」とのこと。ご本人も「自分の趣味だけで描いた作品」と言っている。マーケティングに捉われない、所謂売れ線ではない作品なのは感じ取れる。主人公は少年のようだけれど、他の登場人物はおじさんばかり。戦車のデザインが、カワ・カッコイイので、もうそれだけで観てみたくなる。鳥山明さんの洋画アクション映画へのオマージュもふんだんに感じる。洋画ファンのツボをガッチリ掴んでいる。映画館に行くのは敷居が高いが、配信になったら真っ先に観ようと思っていた。それがディズニープラスで、連続シリーズに再編集されたバージョンで配信となった。しかも原作や映画にない後日談の第二部も制作される。たまたま入っていたディズニープラスが解約できなくなってしまった。

原作に準ずる『SAND LAND』は、やっぱり面白かった。いちおう主人公は悪魔の王子・ベゼルブプとなっているが、本当の主人公は60歳のおじさん・ラオになる。作者がおじさんが活躍する話を書きたかったのがわかる。もしかしたら宮崎駿監督の『紅の豚』に影響されての執筆かもしれない。おじさんとミリタリー趣味全開の本編。この作品の世界には女性はいないのかというくらい、男性ばかりの登場人物。おじさんのラオには過去があり、英雄にもなれるのにその道を選んでいない。静かに余生を暮らしていこうと思っていたのに、世界がそれを許してくれない。もうそれだけでラオというおじさんがカッコイイ。

そして本作のもうひとつの主人公は戦車。原作者直々デザインした戦車がとにかくカッコイイ。ペンギンに模したというそのデザインは、一見かわいらしくもあるが、細部の細かさで、メカ好きの(永遠の)男の子のハートをくすぐる。この映画での戦車のバトルシーンは、最大の見せ場でもある。

単純にメカや登場人物がカッコイイだけではない。ラオは軍のレジェンド将軍でもある。戦術に優れているだけでなく、カリスマ性のある人格者。まるで黒澤明監督作品に出てくる侍のよう。英雄と呼ばれる人は、たいてい不幸な人生を送っている。その悲しみを背負った姿も、ラオの最大の魅力となっている。でも作者が言うように、魅力的なおじさんというものは、なんともビジュアル的に地味。売れそうな華がない。

『ドラゴンボール』の連載が終わった後に書かれた『SAND LAND』の原作漫画。売れなくてはいけないという気負いもなく、本来自分が描きたいものに素直に向き合ったエンターテイメント。それがいまさらアニメ化されるという不思議。自分は実は『ドラゴンボール』よりも、こっちの『SAND LAND』の方が好きかもしれない。本編が終わる頃にはもう登場人物たちが全員大好きになってしまう。もっとこの人たちの活躍が観てみたい。その欲求に応えるように、ディズニープラスのシリーズは、後日談の第二部が始まっていく。

鳥山明作品の最大の魅力は、絵がカワイイところ。『SAND LAND』原作に足りなかった少年少女のキャラクターが新メンバーとして追加された。キャラクター原案も、鳥山明さんがデザインしている。新参キャラクターたちのルックスはかわいらしくて魅力的。でもなんでだろう、ワクワクしない。

第二部のストーリーにどれだけ鳥山明さんが関与していたのだろう。作品を売り込みたい側からすると、鳥山明ワールドのかわいらしいキャラクターで推していきたい。ただ『SAND LAND』の企画のきっかけは、その人懐っこさをあえて外していこうとするものだった。ある意味、作品の本筋からズレてしまったことになる。第二部には、あのカワ・カッコイイ戦車はあまり活躍しない。作者が本当に創りたいものと、売る側が求めるものとの乖離。人の良さそうな鳥山明さんが、金儲け主義のおじさんたちに言いくるめられている姿が浮かぶ。これで寿命が縮まっていたとしたら、なんともやるせない。

『SAND LAND』は、ラオの人間的魅力によって、孤独な旅に仲間が次々に増えていく。ロールプレイングゲームの楽しさ。この作品の世界は、悪政によって水不足に人々が喘いでいる。政治や戦争を扱うことで、自然と作品に社会風刺性が生まれてくる。最初は敵だった人物が、主人公の人格と事実を知って変化していく。ドラマというのは、人が変わっていく姿がもっとも面白い。悪政の下で働く軍人や悪党たちが、人として変化していく姿。ふと先日Eテレ『100分de名著』で扱っていたジーン・シャープの『独裁体制から民主主義へ』が浮かんできた。

傀儡政治による独裁国家。『SAND LAND』のようなファンタジーの要素として扱われやすい社会描写。原作連載の頃の20年前なら、まだ政治腐敗は他人事だった。現代は世界中がきな臭い。古い原作が現実性を帯びて現代に甦る時代性。

ジーン・シャープによる悪政との闘いは、デモや暴力によるものではない。人を攻撃するのではない反骨精神。あくまで悪政との対峙。戦国時代ならば、敗北側に属した人はみな自決しなければならない。シーン・シャープの考えは、政治側についている人物たちも、対個人として説得していく。あなたもこの悪政の被害者なのだと。もし現政権が崩れたら、その政権下で働く人たちにとって死活問題。為政者の下で働く人たちは、何が正しいかではなく、保身だけに走ってしまう。悪政下であっても、政治を支えてきた人たちの尽力は無視できない。市民が新しい政治を手に入れたときに、新しい政治を運営していく能力がいる。前任者の力が必要となる。だからこそ個人の考えに行動を委ねられる。ただ悪政を倒し、新しい政権を握ってゼロから総入れ替えするだけでは、再び似たような悪政が蔓延りかねない。ジーン・シャープの思想は、なんとも合理的で冷静。鳥山明さんがそこまで社会風刺を狙っていたとは思えないけれど、『SAND LAND』の現代性はそこにある。

この20年、現実のニュースを騒がすおじさんたちは、子どもたちに反面教師にしかならない恥ずかしい存在ばかり。カッコイイおじさんが観たくて仕方がなかった。このアニメはその欲求を満たしてくれる。世界は若い人ばかりでできているわけではない。歳をとって生きていくことのカッコよさのシミュレーションも必要。閉塞感のある世の中だからこそ、スカッとするアニメ作品。もっと続きが観たいと思わせて、有終の美を飾る方が魅力的なのだろう。いろいろ考えてしまう。

 

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