*

『レヴェナント』これは映画技術の革命 ~THX・イオンシネマ海老名にて

公開日: : 最終更新日:2019/06/12 映画:ラ行, 映画館, , 音楽

 

自分は郊外の映画館で映画を観るのが好きだ。都心と違って比較的混雑することもなく余裕で映画が観れる。平日の日中なら尚のこと。でもそれでは映画館側は困るので、郊外のシネコンや名画座などは、オリジナリティのあるラインナップや、上映システムを強力にして、遠征してでも観に来る付加価値を観客に提供している。自分が『レヴェナント』を観た『イオンシネマ海老名』ではTHXシステムを搭載している。日本では数少ないTHXの上映館だ。

初日の公開だったけれど平日もあってか、予想通り劇場は空いていて貸し切り状態。客層はおじいちゃん率高し。きっと自分はこの劇場で最年少だろう。腰の曲がったおじいちゃん三人組が、「オレ、3Dメガネ、もう三つ持ってるよ~」「今日のは3Dじゃないけどな~」なんて、まるで中学生みたいにキャイキャイ喋ってる。元気だな~。果たして自分はその年になっても、こんなに元気でいられるだろうか。しかもこんなハードな映画をチョイスするとは!?

『レヴェナント』は今年の米アカデミー賞の主要部門を三部門獲得している。監督のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥは二年連続の監督賞受賞。イニャリトゥ監督はいつも実験的な作風で観客を魅了する。今回は実在の人物で、西部開拓時代の毛皮商のヒュー・グラス。熊に教われひん死の重傷で、仲間に見捨てられたにも関わらず生還した英雄伝説の持ち主。イニャリトゥ監督は、英雄と呼ばれるには現実は厳しいというのを、これでもかとサバイバル描写で表現している。これを観て安易に英雄に憧れる人は、まずいないだろう。

ほとんどの人が一生のうちにサバイバル経験をすることはないだろうが、この映画では映像技術の髄を尽くして、観客の体験を刺激する。ヒュー・グラスは生き残ったからこそ伝説の人物となるわけだから、何が起こっても死なないのは暗黙の了解。どっこい生きてるリアル・ダイハードぶりに、笑えてしまうのは自分だけじゃないはず。

自然光のみでの撮影は、今年で三年連続のオスカー受賞のエマニュエル・ルベツキ。自然光撮影といえば、スタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』をすぐ思い出してしまうが、どうしてもこの映画はテレンス・マリック監督作品にみえてならなかった。と、思ったらエマニュエル・ルベツキはテレンス・マリック監督作品の常連カメラマンだったのね。やっぱり。この映画の主人公は自然だと言わんばかり、美しい映像が展開されるが、ひとたび人間が足を踏みおろせば、生き残るにはあまりに過酷な状況であることを、冷徹に伝えている。

そして第二の主役が音。川の音や木々が風邪にゆれる音、木がしなる音、雪を踏む音。それらのすべてが、観客の我々の自然との体験を思い起こさせ、ヒュー・グラスのサバイバルの過酷さを想像させ、疑似体験させる。THXの音響効果もあってか、レオナルド・ディカプリオ演じるヒュー・グラスとともに自然の中に放り込まれた感覚を体験することができた。

そして音楽。「坂本龍一 アルヴァ・ノト」とクレジットされているが、坂本龍一さんこと教授のスコアにノトが音をのせているのが感じられる。「空気のような音楽を」とのイニャリトゥ監督からの指示で、映画前半はメロディアスというよりは、環境音に近い音楽が流れている。そこでは自然音も音楽のうち。幻聴も音楽。呼吸も音楽。かなりアグレッシブなアプローチだが、鑑賞中はそれがあまりに的確なので、観客に意識させない効果を生み出している。

撮影も音楽も最高の技術を駆使した、芸術的能力で作られた映画だが、そこで観客に呼び起こすのは、サバイバルを疑似体験。監督の意図は、極限状態で生き残るとはどんな体験なのか、2時間半の長丁場でじっくりねっとり描く。人間の五感のうち、視覚と聴覚をつかって、第六感まで刺激する。イニャリトゥ監督の観客の心理効果への計算が巧みだ。制作者側はかなり実験的なことに挑戦しているが、それは映画の根幹に必要不可欠なもの。完成した映画からは、その試行錯誤が感じられないのが成功だ。

ルベツキ撮影監督も、教授の音楽監督も、実際にグラスのサバイバルを体現したディカプリオも、たいへんな苦労をこの映画制作で経験していることだろう。でもこの人選は適材適所。それぞれのキャリアが開花するにふさわしい題材が、この映画『レヴェナント』。イニャリトゥ監督の人を見る目の確かさが伺える。まさに「天才は天才を知る」ということだろう。

技術や計算が人の心をゆさぶる。これからの映画制作は、偶然が生み出すものに頼るのではなく、こういった研究のもとに作り上げられていくものなのかも知れない。

関連記事

『ビートルジュース』 ゴシック少女リーパー(R(L)eaper)!

『ビートルジュース』の続編新作が36年ぶりに制作された。正直自分はオリジナルの『ビートルジュ

記事を読む

『アンという名の少女』 戦慄の赤毛のアン

NetflixとカナダCBCで制作されたドラマシリーズ『アンという名の少女』が、NHKで放送

記事を読む

『下妻物語』 若者向け日本映画の分岐点

台風18号は茨城を始め多くの地に甚大なる被害を与えました。被害に遭われた方々には心よりお見舞

記事を読む

no image

『怪盗グルーのミニオン大脱走』 あれ、毒気が薄まった?

昨年の夏休み期間に公開された『怪盗グルー』シリーズの最新作『怪盗グルーのミニオン大脱走』。ずっとウチ

記事を読む

『男はつらいよ お帰り 寅さん』 渡世ばかりが悪いのか

パンデミック直前の2019年12月に、シリーズ50周年50作目にあたる『男はつらいよ』の新作

記事を読む

『星の子』 愛情からの歪みについて

今、多くの日本中の人たちが気になるニュース、宗教と政治問題。その中でも宗教二世問題は、今まで

記事を読む

『イエスタデイ』 成功と選ばなかった道

ネットがすっかり生活に浸透した現代だからこそ、さまざまな情報に手が届いてしまう。疎遠になった

記事を読む

『嫌われ松子の一生』 道から逸れると人生終わり?

中島哲也監督の名作である。映画公開当時、とかく中島監督と主演の中谷美紀さんとが喧嘩しながら作

記事を読む

no image

『葉加瀬太郎』と子どもの習い事

何でも今年は葉加瀬太郎さんのデビュー25周年らしいです。まだ『クライズラー&カンパニー』がそ

記事を読む

『ドラゴンボール』 元気玉の行方

実は自分は最近まで『ドラゴンボール』をちゃんと観たことがなかった。 鳥山明さんの前作『

記事を読む

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

『cocoon』 くだらなくてかわいくてきれいなもの

自分は電子音楽が好き。最近では牛尾憲輔さんの音楽をよく聴いてい

『僕らの世界が交わるまで』 自分の正しいは誰のもの

SNSで話題になっていた『僕らの世界が交わるまで』。ハートウォ

→もっと見る

PAGE TOP ↑