*

『WOOD JOB!』そして人生は続いていく

公開日: : 最終更新日:2019/06/12 映画:ア行,

 

矢口史靖監督といえば、『ウォーターボーイズ』のような部活ものの作品や、『ハッピーフライト』みたいな職業紹介ものが多い。この『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』は後者にあたる。矢口史靖監督作品にしては珍しく原作付き。でもちゃんと矢口作品らしい映画になっている。原作は三浦しをんさんによるもの。原作小説と監督との相性がとても良い。最近の日本映画では、主人公が成長しないままの作品が多い。未熟なままの主人公だと、ヒットしたとき続編が作りやすいから。でも観客はやっぱり主人公が、いろいろ壁を乗り越えて、たくましくなっていく姿がみたいもの。

『WOOD JOB!』は、自分の居場所をつくっていく主人公の物語。軟弱な青年の視点を通して林業を紹介している。この映画が映画たる意味は、林業を体験している主人公たちの姿が、現場の映像と音の臨場感で疑似体験させてくれること。役者さんが演じていようが、山に入り実際に木を伐採しているのは現実。そこは嘘がつけないドキュメンタリー要素。

有名な役者さんが揃っているにも関わらず、登場人物全員が画面に溶け込んでいて、実際に林業を営んでいる現地の人のよう。この映画はコメディなので、プロの役者さんでなければ演じきれない。コメディは演者のセンスが問われる。

大学受験に失敗した主人公が、ふと目にした職業研修のパンフレットの女の子に一目惚れして、彼女に会いたいだけで、林業の研修に参加する。明らかに男ばかりのガテン系職業案内の表紙に、不釣り合いな女の子のモデルが起用されているのは、こういう理由だったのか⁈  この映画を観て純粋に「林業カッコイイ!!」と進路を選んだ若者もいるだろう。映画は宣伝としても有効だし、人生を変えてしまう力だって持っている。

どんなに怒られても、失敗してても気にせず、そこに居る。そうしているうちに周囲の人たちは、主人公を認めていく。やがて本人もそこの人間になっていく。「大勢の中の1人」ではなく、「かけがえのない1人」となり、必要とされていく。若い男女がくっつくのだって本人たちだけの問題ではない。これは村の子孫が生まれるかもしれない大事なこと。認めてもらうのは大変だが、ひとたび壁を越えれば、村全員で味方してくれる。性についてもおおらか。

自分たちの木が評価される。でもこの木を植えて育てたのは、150年前の顔も知らないひいおじいさんたち。自分がいましている仕事の結果を知るのは、自分がこの世を去った後の曾孫の世代。会ったことない人から人へと受け継がれていく仕事。自然と見えないものへの畏敬の念は生まれてくる。使う機材は車やチェンソーになったかもしれないが、ここでの生活は100年前の人たちも同じようにしていただろう。きっと100年後も同じであって欲しい。見えないけれど同じ。壮大なロマン。

木には神が宿り、その木で日本家屋が造られていく。家を造りそこに住むことは、神様を迎えて共生することなのだとしみじみ感じた。土着信仰を描いていても、従来の日本映画のような暗さや重さはない。これが物足りないと言ってしまえばそれきりだが、現代的に信仰心を描くなら、これくらいポップな方が良い。スタイルは時代とともに変わる。見えないものを敬う気持ちはいつになっても変わらない。結果として映画には、抹香臭さがまったくない。

「男らしさ、女らしさ」という言葉の響きは、最近ではあまり良いイメージがない。「〜らしくあるべき」と、押し付けがましく理屈っぽい印象が強くなってしまったから。でもこの映画の登場人物たちはみな、ステキに男らしく女らしい。あまりに魅力的な人たちばかり出てくるので、映画をもっと観ていたい、ここで疑似生活をずっと続けていたいと思ってしまう。

フィクションとは分かっていても、そこへ行けば、また彼らに会えるような錯覚におちいる。あれからもそこでの生活は同じように続いていて、みんなが厳しいけれど楽しくやっているのだろうと感じてしまう。それはとても幸せな映画体験。映画は終わっても、人生は続いているのだ。

関連記事

『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』 長い話は聞いちゃダメ‼︎

2024年2月11日、Amazonプライム・ビデオで『うる星やつら2 ビューティフル・ドリー

記事を読む

『カラマーゾフの兄弟(1969年)』 みんな変でみんないい

いまTBSで放送中の連続ドラマ『俺の家の話』の元ネタが、ドストエフスキーの小説『カラマーゾフ

記事を読む

no image

それを言っちゃおしまいよ『ザ・エージェント』

社会人として働いていると「それを言っちゃおしまいよ」という場面は多々ある。効率や人道的な部分で、これ

記事を読む

『いだてん』近代日本史エンタメ求む!

大河ドラマの『いだてん 〜東京オリムピック噺〜』の視聴率が伸び悩んでいるとよく聞く。こちらと

記事を読む

『ケナは韓国が嫌いで』 幸せの青い鳥はどこ?

日本と韓国は似ているところが多い。反目しているような印象は、歴史とか政治とか、それに便乗した

記事を読む

『スタンド・バイ・ミー』 現実逃避できない恐怖映画

日本テレビの『金曜ロードショー』のリクエスト放映が楽しい。選ばれる作品は80〜90年代の大ヒ

記事を読む

『ヒミズ』 闇のスパイラルは想像力で打開せよ!

園子温監督作品の評判は、どこへ行っても聞かされる。自分も園子温監督の存在は『ぴあフィルムフェ

記事を読む

『犬ヶ島』オシャレという煙に巻かれて

ウェス・アンダーソン監督の作品は、必ず興味を惹くのだけれど、鑑賞後は必ず疲労と倦怠感がのしか

記事を読む

『太陽がいっぱい』 付き合う相手に気をつけろ

アラン・ドロンが亡くなった。訃報の数日前、『太陽がいっぱい』を観たばかりだった。観るきっかけは、

記事を読む

『黒い雨』 エロスとタナトス、ガラパゴス

映画『黒い雨』。 夏休みになると読書感想文の候補作となる 井伏鱒二氏の原作を今村昌平監督

記事を読む

『ケナは韓国が嫌いで』 幸せの青い鳥はどこ?

日本と韓国は似ているところが多い。反目しているような印象は、歴

『LAZARUS ラザロ』 The 外資系国産アニメ

この数年自分は、SNSでエンタメ情報を得ることが多くなってきた

『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』 みんな良い人でいて欲しい

『牯嶺街少年殺人事件』という台湾映画が公開されたのは90年初期

『パスト ライブス 再会』 歩んだ道を確かめる

なんとも行間の多い映画。24年にわたる話を2時間弱で描いていく

『ロボット・ドリームズ』 幸せは執着を越えて

『ロボット・ドリームズ』というアニメがSNSで評判だった。フラ

→もっと見る

PAGE TOP ↑