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『君の名は。』株式会社個人作家

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 アニメ, 映画:カ行

 

日本映画の興行収入の記録を塗り替えた大ヒット作『君の名は。』をやっと観た。実は自分はずっとこのブームを横目に避けていた。振り返れば新海誠監督の過去作品はほとんど観ている。鑑賞後毎回具合が悪くなっていたので、自分には合わない作家さんなのだろう。この『君の名は。』の予告編を観たときにも「自分には関係のない映画だな」と、一生観ることはないだろうと思っていた。

そのあとの大ブーム。自分は基本ミーハーな映画ファンなので、流行っているとなったら無視はできない。前言撤回。やっとこさの鑑賞で、長い便秘が通ったようなスッキリ感。

本来『君の名は。』は、10代20代の若い子向けにつくられた映画。それに中高年の客層が乗っかったのがヒットの所以。SNSの浸透で予想外のことが起こったりする。この映画の大ヒットをいちばん驚いたのは、製作者本人たちだろう。若者と老人はいちばん映画を観る世代。両方を味方につけた。みんなエンタメに飢えている。

以前、NHKの『クローズアップ現代』でこの映画の特集が組まれていた。いい歳のおじさまおばさまが、アニメ映画を観て号泣してる。なんでも若い頃の恋愛を思い出したとか。誰もが不似合いなポエムを語り出す。コワイコワイ。ものすごくおセンチな映画なのだろう。観たら現実世界に帰って来れなくなるのでは? 鑑賞前の恐怖は募るばかり。

ウエットな映画を想像していた。実際に観てみたら、展開のテンポの良さで、軽く観れるエンターテイメント作品だった。少し予想と違ってた。サラリと観れる淡白な映画。分かりやすい丁寧なつくりなのは、万人ウケした映画なので当然か。それなりに情報量があるので、また観たくなる気持ちも分かる。恐れていた雰囲気は、あまりなかった。

この新作は今までの新海誠監督作品とは似ているようで違う! 「脚本・新海誠」となっているが、一人で書いてるはずはない。個人製作の匂いはまったくしない。

映画やドラマのシナリオは、一人で書かれることはほとんどない。数人のブレインが集まりシナリオ会議がなされる。名前が出てる作家のアイデアが、どれくらいの分量あるのかは、部外者には分からない。

新海誠監督は素人の同人作からプロになった人。自身の作品の元ネタは、好きなアニメそのものだ。アニメの元ネタが、同じアニメでは、どんどん狭い世界観になってしまう。この『君の名は。』の元ネタは多岐に渡っている。大林信彦監督の尾道三部作を筆頭に、韓流映画やら、ルーツは日本作品を中心にアジア作品を網羅。これだけ引き出しが多ければ、どこかのフックに引っかかる。

あの映画の面白かったあの部分と、この映画のこの部分くっつけたら面白くない? ネタ探しのブレインは多い方がいい。ネタが多ければ多いほど、作品にスピード感が出る。オリジナリティは無いかも知れないが、ジェットコースター的に楽しい映画にはなっていく。シナリオでDJするようなイメージ。あれとこれ、このタイミングで繋げる気持ち良さとセンス。どうやったら観客にウケるか? どうやったら儲けられるか?

青春映画のクライマックスで主人公が走ると盛り上がる。シナリオ展開のテクニックの鉄板。大きく広げた風呂敷がキレイに畳めたら、それは名作になる。

マーケティングは、ハリウッドではあたりまえ。日本ではなかなかうまくいってなかったので、この『君の名は。』で成功例ができた。

日本では「作家主義」という言葉があり、一人のアイデアで、多勢が映画づくりに従う特殊なスタイル。リスクは高い。でもふたを開けると、多勢でアイデアを持ち寄り、それをまとめあげた人が代表で名前を出していることもある。「みんなで作った物語だけど、代表として誰々さんお願いね」といったところ。だからその作品が有名になって何年も残り、たまたま代表になったその人がレジェンド扱いになってしまい、居心地悪いなんてこともある。

「チーム新海誠」には、名前が世に出ないブレインもいるだろう。アイデアの素材が豊富な上でのシナリオ製作は心強い。でも、ともするとアイデアの搾取になりかねない。持ち寄られたアイデアの出所やプロセスが分からないまま、ただ部下に情報収集をさせたもの、未確認のものを公の場に出してしまうと、思わぬところから訴えられてしまうこともある。

日本で行われる世界的なイベントの仕事で、パクリと訴えられて取り下げざるを得なかった事件も記憶に新しい。個人の作家が作ったことになっているが、その下で動いている不特定多数のブレインの存在が見え隠れする。

今までの新海誠作品は、ものすごく内省的で、内臓をそのまま見せられるような作風だった。何も行動を起こさない登場人物が、その言い訳を延々してる。その危うい生臭さは、新海作品の魅力かも知れないが、万人ウケは難しい。

『君の名は。』は、そんな臭みがまったくなく、きちんと火を通して調理されたものが客の前に出されてくる。新海作品の長所はそのままで、短所はとことん削ぐ。第三者の客観的な意見の存在を感じる。謂わば「新海誠」と言う作家を多勢で作り上げる「株式会社新海誠」。個人の作家性を無くして初めて生まれる、作り込まれた作家性。最近こんな感じのメジャー作家が増えている。

日本は個人の成功はあまり歓迎されない。企業が儲けて、その下で働く名もなき多勢の存在を良きものとする。今回『君の名は。』の大ヒットで、新海誠監督はちゃんと稼げたと噂されてる。『君の名は。』御殿でも建てて、下品なくらい成金ぶりを示して欲しい。そうすればジャパニーズドリームもあるのではと、社会情勢も活気付くかも。

『君の名は。』には、新海監督が影響を受けたアニメ作品に参加していたスタッフが、多勢集まっている。だから画面作りが、過去の類似作そのままだったりする。いちファンが雇われ社長になり、それを作った職人たちのボスになる。アニメ界の雇用問題あってこその事象。

前作『言の葉の庭』くらいから、やけに企業の協賛が増えていた。私小説みたいな独立系映画に不釣り合い。この頃から「株式会社新海誠」計画が始まっていたのかも? 商魂丸見えだが、不景気な今の日本には経済が動くことも必要。

日本人の8人に1人は観たと言われているこの映画。自分の周りには映画好きな人が多いが、あまり話題にならない。メインでハマった客層は、将来に夢が持てない若い世代と、過去を補完している壮年世代。現役で社会にもみくちゃにされて、生活維持しか考えられなくなってる自分たち中年世代には、現実逃避の余裕すらない。

この映画のヒットは、今の日本の状況そのものを表している。でもその真意が実感できるまでは、もう少し時間がかかりそう。とにかく景気のいい経済の話は必要だから、悪いことではないのだろう。

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