『博士と彼女のセオリー』 介護と育児のワンオペ地獄の恐怖

先日3月14日、スティーヴン・ホーキング博士が亡くなった。ホーキング博士といえば『ホーキング、宇宙を語る』の著書でも有名だ。ALSの博士という、ビジュアル的にもインパクトのある人物だ。SFファンにとっては、ホーキング博士がブラックホールに新説を唱えるたびに、それに影響された作品が誕生するのがとても楽しかった。ご冥福をお祈りいたします。
映画『博士と彼女のセオリー』。エディ・レッドメインのホーキング博士の完コピぶりに驚かされる。フィクションであるにもかかわらず、演じてるレッドメインが、今のホーキング博士その人のように見えてしまう。
邦題の『博士と彼女のセオリー』という甘ったるいタイトルに騙されることなかれ。夫の難病を乗り越えた夫婦の美談かと思いきや、そこはイギリス映画、ピリリと辛い現実を想起させる。原作はホーキグ博士のパートナーのジェーン・ホーキング。彼女も博士号を取っているみたいだから、実際は『博士と博士のセオリー」なんだろう。原題は『The Theory of Everything』。
海外作品のすごいところは、まだ存命している人物の伝記でも、赤裸々にウィークポイントも描いてしまうところだ。ただの客引きスキャンダルはいらないが、こういう寛大な姿勢は日本の表現も見習わなければならない。
劇中のホーキング博士は、無神論者で神の存在を否定している。妻のジェーンは敬虔なクリスチャン。そんな対比も映画の小道具としてうまく機能している。映画は原題の『全ての理論』について触れている。科学や文学、宗教や哲学。あらゆる学問がこれからも探求されていくことだろう。自分はこのままいけば、いずれはそれらは全て一つのジャンルに結実していくのではないかと思っている。神の存在だって、科学的に理論づけられる時代がやがてくるだろう。
夫が科学を専攻し、妻は文学者。一見水と油のようだが、その妻の影響からなのか、ホーキング博士の書く文章は文学的。だからこそ科学に精通する人だけでなく、一般的な読者にも響いたのだろう。
ホーキング博士は天才だが、天才というのは才能でもあり個性でもあり、ある意味障害でもある。なにかに飛び抜けた才能を持つ人は、他の人が普通にできる当たり前のことができずに苦労していたりする。凡人は天才に憧れるが、天才もまた凡人の生活に憧れる。人のさがは常に無い物ねだり。
ホーキング博士のALSは、わかりやすい天才が持つ弊害の象徴だ。だがホーキング博士の研究の動機に、自身の障害があってこそなのも確か。自分の身体に自由がなく、誰かの世話にならなければ生きていけないからこそ、研究成果で自分の存在理由を示したかったのだろう。
大学教授には三種類の仕事があると聞いたことがある。一つは、若い世代を育成していくこと。二つは、大学の運営維持に関わっていくこと。そして三つ目は、自分の研究に没頭していくこと。それらどれか一つでもカタチになっていれば、教授として立派に働いていることとなるらしい。
確かホーキング博士も生前、「自分に障害があって良かったのは、教鞭に立ったり運営に携わることなく、自分の研究だけに没頭できたこと」と言っていたような気がする。純粋に己の道に没入する。なんともやりきった人生だったろう。
ホーキング博士の人生は夢に満ちたものかもしれない。だが、影で支える妻の仕事は並大抵のことではない。映画『博士と彼女のセオリー』は妻ジェーンの物語。
ホーキング博士とジェーンの間に子どもは三人生まれる。ホーキング博士の生命力の強さの現れだ。自分も人の親なので育児の大変さは知っている。それに五体不満足な夫の介護も重なるのだから、ジェーンの苦労を想像するだけで恐ろしい。
映画はそんな彼女の苦労の描写はサラリと描いている。そこがもし克明に描かれていたなら、映画はもっと重苦しいものとなっていただろう。ワンオペによる育児と介護のキツさは、観客の想像力に委ねられている。ホーキングはもとより、ジェーンのタフさが作品を通して伺える。だからこそこの二人が選んだ、美談にならない人生の選択にも当然理解ができる。
これからは晩婚化や障害未婚者は普通になる。子どもを持たない道を選んだ人はまだしも、晩婚や不妊治療で、遅くに子どもを持った人は、親の面倒もみなければならない時期にさしかかる。そうなると育児と介護のダブルパンチのワンオペなんてザラになる。
人間らしい生き方のひな型が、ここ数年で変わりつつあるのかもしれない。そんな時代だからこそ、自分で考えて行動する力が問われてくるのだろう。
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