*

『コジコジ』カワイイだけじゃダメですよ

公開日: : 最終更新日:2020/03/10 アニメ, 映画:カ行, , 音楽

漫画家のさくらももこさんが亡くなった。まだ53歳という若さだ。さくらももこさんの代表作といえば、文句なしに『ちびまる子ちゃん』。エッセイ・マンガの走り。半自伝的な内容で扱われている昭和50年代の文化は、自分よりちょっとお姉さんの視点。自分も中年期になると、これからどんどん同世代の著名人が亡くなっていくのだろう。この訃報はショックだった。

『ちびまる子ちゃん』は今でも日曜日の夕方にはテレビ放映されている。我が家でも世代を越え、子どもたちも楽しんで観ている。

ふと、さくらももこさんのもう一つの長編『コジコジ』が観たくなった。確か面白かったはず。なんでも今年、テレビシリーズのリマスター版ブルーレイが発売されたらしい。放送開始20周年記念とか。もう20年も前の作品なんだ。

主題歌が電気グルーヴだったから最近だと思っていたが、他のアーティストはホフディランやらカジヒデキだから時代を感じる。渋谷系が流行ってた頃ね。

で、本編観たらやっぱり面白い! イジワルな笑いばかり。会話劇がほとんどだが、スピーディでくだらない。その中に人のズルさや毒が織り込まれてる。ひとつひとつのネタが、後からジワジワ「思い出し笑い」という悪魔に変幻して襲いかかってくる。

なんとなく昔のオタク同士の会話を思い出す。20年前のオタクは、口こそ悪けれど、みな優しかった。いつからオタクが荒んできてしまったのだろう。一昔前なら、自分の趣味にお金をかけられるオタクのイメージは、独身貴族のリッチなものだった。今とは真逆。これも長く続く不景気のせいなのだろう。

そういえば『ちびまる子ちゃん』も一時期この『コジコジ』のような毒気があった。その頃自分も、『ちびまる子ちゃん』にハマっていたっけ。最近の『ちびまる子』は、すっかりマイルドになって、日曜の夕方に一家団欒で、なにげなくかかっているテレビ番組になってしまった。

自分はもう『ちびまる子ちゃん』には興味なくなっているから、飽きちゃったのか、感覚が鈍ってきたのだろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。もちろん、解毒されてスタンダードになった『ちびまる子ちゃん』は、誰でも安心して観られる、差し障りのないエンターテイメント。これはこれで悪いことではない。

かつてさくらももこが冴えに冴えて、キレッキレな時期に『コジコジ』は始まったのだろう。もう内容はトンガリまくり。でもそのブラックでシュールでイジワルなセンスは大好きだ。しかも悪ノリしすぎず、適度なバランスで品良く抑えてる。主人公のコジコジみたいな可愛いキャラクターが、毒舌なのがリアリティを感じる。露悪な言葉もコジコジが言うなら、許すしかない。

最近の日本の作品は、毒ばかりの犯罪を助長するような凄惨なものや、可愛いキャラクターばかりで中身のない、お人形さんみたいな登場人物ばかりの甘々の作品と、極端なものばかりだ。こちらは、暴力衝動に駆られるほど病んでないし、優しいキャラクターに甘やかしてもらいたいほど弱ってない。作り手もセンセーショナルばかり気にしてる。なんだか病気になりそう。現代日本人の流行は、闇が深い。きっとさくらももこさんも、萌えなんか嫌いだったと思う。

さくらももこさんは仕事が早いらしく、締め切りに遅れるどころか、何週も先の分の原稿まで用意していたらしい。自分に何かあっても、当面は大丈夫な状態にいつもしていたらしい。有名になる人は、みな共通して仕事ができる。人気が絶頂のときに育児も重なっただろう。どれだけ頑張っていたのだろうか。そりゃあ寿命も縮まる。

自分はカワイイものや美人さんでは、どうやら癒されない。今必要なのは、痛烈な社会風刺か、シニカルな笑い。『コジコジ』にはイジワルな笑いがある。

ただカワイイだけのものは胡散臭い。3S政策ではないけれど、カワイイ動物や子どもを使った宣伝やアニメなんかが、危険思想へ促すプロパカンダだったなんてこと、世界中の近代史は数多く語ってる。闇雲にカワイイだけのものは要注意。

アニメ『コジコジ』は、さくらももこさん自ら脚本を書いているので、原作のタッチと変わらない。全100話ある中、前半の50話は、作者自身による脚本。最初の方はキレッキレでも、数を重ねれば薄まっていくのは当然。

自分は、最初の頃の『コジコジ』を観て大喜びしていたが、最後の方はカワイイだけになってしまうのだろうか? その方が作る方も観る方もラクだし。

どんなものでも輝いてる時は一瞬。その一瞬にいつまでもすがって惰性になってしまっては、どんどん苦しくなってしまう。どんなに素晴らしいものでも、いつかは見切りをつけなければならない。ずっとそのままではいられない。諸行無常とはこのことだ。

関連記事

『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』 野心を燃やすは破滅への道

今年2023年の春、自分は『機動戦士ガンダム』シリーズの『水星の魔女』にハマっていた。そんな

記事を読む

『ハンナ・アーレント』考える人考えない人

ブラック企業という悪い言葉も、すっかり世の中に浸透してきた。致死に至るような残業や休日出勤を

記事を読む

『ベルリン・天使の詩』 憧れのドイツカルチャー

昨年倒産したフランス映画社の代表的な作品。 東西の壁がまだあった頃のドイツ。ヴィム・ヴェン

記事を読む

『デザイナー渋井直人の休日』カワイイおじさんという生き方

テレビドラマ『デザイナー渋井直人の休日』が面白い。自分と同業のグラフィックデザイナーの50代

記事を読む

『キャプテン・マーベル』脱・女性搾取エンタメ時代へ

ディズニー・マーベル作品はリリース順に観ていくのが正しい。リンクネタがどこに散りばめられてい

記事を読む

『愛がなんだ』 さらば自己肯定感

2019年の日本映画『愛がなんだ』が、若い女性を中心にヒットしていたという噂は、よく耳にして

記事を読む

『きっと、うまくいく』 愚か者と天才の孤独

恵比寿にTSUTAYAがまだあった頃、そちらに所用があるときはよくその店を散策していた。一頭

記事を読む

『ミステリー・トレイン』 止まった時間と過ぎた時間

ジム・シャームッシュ監督の1989年作品『ミステリー・トレイン』。タイトルから連想する映画の

記事を読む

no image

『3S政策』というパラノイア

  『3S政策』という言葉をご存知でしょうか? これはネットなどから誕生した陰謀説で

記事を読む

『インクレディブル・ファミリー』ウェルメイドのネクスト・ステージへ

ピクサー作品にハズレは少ない。新作が出てくるたび、「また面白いんだろうな〜」と期待のハードル

記事を読む

『SHOGUN 将軍』 アイデンティティを超えていけ

それとなしにチラッと観てしまったドラマ『将軍』。思いのほか面白

『アメリカン・フィクション』 高尚に生きたいだけなのに

日本では劇場公開されず、いきなりアマプラ配信となった『アメリカ

『不適切にもほどがある!』 断罪しちゃダメですか?

クドカンこと宮藤官九郎さん脚本によるドラマ『不適切にもほどがあ

『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン

『マーベルズ』 エンタメ映画のこれから

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の最新作『マーベ

→もっと見る

PAGE TOP ↑