『八甲田山』ブラック上司から逃げるには
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最終更新日:2020/03/03
映画:ハ行
今年になって日本映画『八甲田山』のリマスター・ブルーレイが発売されたらしい。自分の周りでも「『八甲田山』に今更ながらにハマったよ」なんて声をよく聞く。1977年に製作された映画の話題をこんなに聞くことも珍しい。
自分がまさに小学校に入るか入らないかの時期のこの映画。当時子どもたちの間でも、CMで使われた北王子欣也さんの「天は我々を見放した!」というセリフは大流行していた。だからなんとなく観た気になっていた。当時10代にもなっていない自分が、兵隊が死んでいく映画なんて怖すぎて観たいはずもない。
映画『八甲田山』は、日本軍の命令で、極寒の八甲田山越えの訓練をしたため、200人の死者を出した事件を元に映画化している。軍隊が遭難して次々と死んでいくだけで、果たして映画になるのだろうか? ただ軍隊が無謀な訓練の末、全滅した話ではなさそうだ。脚本家の橋本忍さんも同じことを言っていた。
八甲田山を境に、東北地方の東と北から二班に分かれて合同訓練をして、片方がほぼ全滅、片方が一人の落伍者も出さずに訓練を終えているところが特徴的。この明暗を分かれさせるきっかけは一体なんだったのか? ブラック企業がはびこる現代日本から見ると、教訓めいたものを感じずにはいられない。
映画製作当時、そこまで意図していなかっただろう。今から100年前の明治時代が舞台のこの映画。軍国主義の世の中で、男尊女卑なんて当たり前。社会的常識が今とは違うように思えるけれど、実のところ本質的なところは現代とさほど変わらない。
現代日本には軍隊はないけれど、会社組織の縦割り社会は、軍隊のそれと同じ。人々は日々の仕事に忙殺されて、自分で考える力が恐ろしく衰えている。兵隊はまず自分で考えないことから訓練が始まる。「なんのために?」とか「どうして?」などといちいち考えていては兵役は務まらない。毎日ラッシュの電車に揉まれて、疑問を感じていたら仕事にもならない。自分で考えないで仕事に従順というのはなんとも管理しやすい。ブラック企業にはカモネギだ。
訓練に成功した連隊と失敗した側との、その取り組む姿勢の違いがハッキリ描かれている。片や訓練の事前調査は綿密。慎重派で身の危険を意識したリスクヘッジを怠らない。もう片方は、作戦自体を軽視して、もう片方の連隊にライバル意識を抱くだけ。農民たちの協力の声にも耳を貸さずに、ただただ精神論を盲信して訓練に取り組んでいく。
興味深かったのは、高倉健さんが隊長を演じる連隊は、農民の案内人を尊重しているところ。案内人は秋吉久美子さんが演じる若い女性。当時なら兵隊は偉くて、農民の命なんて紙切れみたいなもの。ましてや女性だったら、ナメた態度をとりそうなものだ。まるで若い女性の案内人が天使にでもなったかの描写には笑いもこみ上げてくるが、兵隊が案内人に敬意を示すところは感動的だ。どんな相手にも耳を貸す姿勢の大切さ。肩書きだけで判断して人を侮ってはいけない。
「八甲田山のどこかで落ち合うのを楽しみにしている」と約束し合う将校たち。それを目標として、同僚と相見えることを夢想する将校。なんともホモソーシャル!
「兵隊だから偉いのだ!」というロジックは、現代でいうなら「会社で働いて稼いでいるのだから偉いのだ!」というものと同じ。サラリーマンが、街で異常に偉そうな態度をとっているのも近しいものを感じる。まあ、偉そうな態度をとらなければ自分を保っていられない時点で、かなりキツイ状況にあるのだろう。老若男女みんなハッピーではない社会というのは問題だ。いったい誰のための世の中なのか。
『八甲田山」の映画が発表された1977年は、まだ男女雇用機会均等法も成立していない時代。男は偉くて女はそれに従えばいいという風潮が、映画の中の描写で垣間見られる。ホモソーシャルの価値観は、現代では失笑ものだ。そんなところをみていくのも、古い映画の楽しみ方だ。死んだ同僚と対話する場面には、寒気がして笑えてしまった。
この映画は遠い昔の失敗談とは思えない。まったく他人事ではない。間違った判断をする上司の元で働くと、トラブル対応も常態化し、日々の業務の重荷が増える。上司になっている人だからと言って仕事ができるとは限らない。ただ単に政治力があっただけなのかもしれない。ましてや人間性を求めるなんてもってのほか。
さて、おかしな上司の元で働かなければならなくなったらどうするか? 軍隊ならば上官の命令は絶対だし、上官が嫌いだからと選ぶわけにもいかない。だけど会社組織の上司や会社の方針が嫌なら選ぶ権利がまだある。選ぶということは、当然リスクも背負わなければならない。でもそれらを天秤にかけて考えるのが、本当の意味での自己責任だと思う。
とかく人は、上司命令だからとか偉い人の言葉だからと盲信して、自分で考えることを怠ってしまいがち。それはちょっと大げさに言うなら、人らしく生きることを放棄してしまうことにもなりかねない。
ダメな上官の元で死んでいかなければならない兵隊たちはとても気の毒だ。明日は我が身と思うと、身の毛もよだつ。一生懸命にやっているのに、トラブルが続いているのなら、何か原因は自分以外にもありそうだ。今ある足元を疑ってかかる勇気とちょっとした工夫。それだけで劇的に環境が変わることもある。選択肢がある現代社会なら、そのちょっとした知恵が大事なのだと、この『八甲田山』の映画は教えてくれる。
極限状態の兵隊たちが、自分の記憶の一番美しかった景色を妄想する姿が悲しい。そして映像を観ている我々観客からすると、その現実逃避の心象風景と、極寒の吹雪の過酷な山の景色はどちらも美しい。今の日本の現実逃避系サブカルチャーにも通じる。
地獄も天国もちょっとした心構えの違い。紙一重の境しかないのだと感じる。それで運命の明暗が出てしまうなら、やっぱり身の毛もよだつ怖さだ。
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