『愛の渦』ガマンしっぱなしの日本人に

乱交パーティの風俗店での一夜を描いた『愛の渦』。センセーショナルな内容が先走る。ガラは悪い。でも蓋を開けてみると、さほど欲情的なものではなく、普遍的なテーマなのに気づく。日本映画での性描写には限界がある。センセーショナルなだけでは、映画は成り立たない。反知性的なテーマでありながら、「性とはなんぞや?」と、逆に知性的なアプローチになるのは確信犯。
観客もエロを期待してこの映画を観ちゃうだろうけど、鑑賞後はなんとなく自分の人生を見返りたくなるような仕掛けがしてある。いや、でもただのエロ映画ではない予感は最初からしてる。シチュエーションものなので、これは戯曲が原作なのだろうとすぐわかる。なるほど原作は岸田國士戯曲賞を受賞してる。原作ものは失敗しがちなのだが、この映画の脚本・監督は、原作舞台劇の作者三浦大輔監督が担当している。うまくいった好例。エロや暴力を扱ったエンタメの企画は通りやすい。それもまた頭がいい。
乱交パーティという響きに、魑魅魍魎な有象無象の人々が登場人物なのかと思いきや、さにあらず。男性陣はセールスマンやら工場勤務、女性陣は学生や派遣OL、保育士など普段はいたって普通の生活をしている人たちばかり。もちろん中には中年フリーターやニートもいる。現代日本で普遍的な人間ばかり集まる。でもきっかけがなければ、これほど様々な職種の人たちが一堂に会することはない。
映画が始まった頃は奇異への好奇心でいっぱいだった。「さあ皆さん、これからここで乱交してください」と言われても気まずいものだ。その気まずい雰囲気がとてもリアル。そこで観客は登場人物たちに感情移入しやすくなる。ここにいる登場人物たちは妖怪もどきなどではなく、常識的なことを意識している人たちばかり。
日本をはじめアジアでは、性に関する話題はタブー扱いされがち。10代のいちばん性に興味がある時期に、学校教育で制御されてしまって、性について向き合うことが悪いことのように刷り込まれてしまう。それがかえって、性にファンタジー性を与えて特別なものにしてしまう。日本のアニメや漫画が、性や暴力描写でいっぱいなのも、その抑制の悪影響だと思えてならない。性と知的に向き合うことは難しい。
この映画に登場する人物たちの職業は、どれも自分を滅して働くものばかり。己を殺して働くことのしわ寄せが、乱交パーティでしか解放できない生きづらさへのメタファー。反社会的な底辺からの社会問題への定義。
本来なら恋愛も性も日常的な生業。それがファンタジーとなり商売となることの歪み。この風俗店だって、参加費男20,000円、女1,000円の男女計8人で、一晩の稼ぎは84,000円。無休で営業しても大した稼ぎではない。六本木のマンションの一室を借りているので、維持費もバカにならない。商売としてはあまり儲かりそうもない。やっぱり底辺を感じる。
日本で仕事に従事することは、奴隷になることに近い。コンビニで100円程度のお茶を買うだけで、深々と頭を下げて「ありがとうございました」と言われてしまう異常さ。この主従関係は、巡り巡って自分の元にもやってくる。理不尽な従属関係に従うことへの美徳。
また、コンビニでお茶を買うことへの過大なサービスに比べ、不動産や車などの大きな買い物をするときのほうが、どんぶり勘定でずさんなのも気になる。それは窓口になる人たちが、高額を扱うことに夢中になりすぎて、客の顔を忘れてしまうことにあるのではないだろうか。「高額を払っているのだから、最高のサービスが得られて当然」と言ってた政治家もいたっけ。果たしてそうだろうか?
匿名でなければ己を解き放つことができないことへの矛盾を、映画は触れている。性的好奇心をくすぐってこの映画は進行していくが、逆に知的好奇心が満たされてこの映画は終わっていく。入口と出口が別のところというのが面白い。そんな制作者たちの、したたかな仕掛けにまんまと引っかかってしまう我々観客たち。
現代日本社会を象徴する映画だけど、それも制作者たちは初めから計算済み。すっかり作り手の罠にはまってしまった。なんとも憎たらしいほんとに嫌らしい、なんてイヤな奴らが作ってる映画なんだろう。でも、この「イヤな奴」っていうのは褒め言葉でもあるので許してくださいね。
関連記事
-
-
『かもめ食堂』 クオリティ・オブ・ライフがファンタジーにならないために
2006年の日本映画で荻上直子監督作品『かもめ食堂』は、一時閉館する前の恵比寿ガーデンシネマ
-
-
『パンダコパンダ』自由と孤独を越えて
子どもたちが突然観たいと言い出した宮崎駿監督の過去作品『パンダコパンダ』。ジブリアニメが好きなウチの
-
-
『SAND LAND』 自分がやりたいことと世が求めるもの
漫画家の鳥山明さんが亡くなった。この数年、自分が子どものころに影響を受けた表現者たちが、相次
-
-
『世界の中心で、愛をさけぶ』 フラグ付きで安定の涙
新作『海街diary』も好調の長澤まさみさんの出世作『世界の中心で、愛をさけぶ』
-
-
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』 お祭り映画の行方
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』やっと観た! 連綿と続くMCU(マーベル・シ
-
-
『ベルサイユのばら(1979年)』 歴史はくり返す?
『ベルサイユのばら』のアニメ版がリブートされるとのこと。どうしていまさらこんな古い作品をリメ
-
-
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 たどりつけばフェミニズム
先日、日本の政治家が、国際的な会見で女性蔑視的な発言をした。その政治家は以前からも同じような
-
-
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 特殊能力と脳障害
いま中年に差し掛かる年代の男性なら、小学生時代ほとんどが触れていた『機動戦士ガンダム』。いま
-
-
『いだてん』近代日本史エンタメ求む!
大河ドラマの『いだてん 〜東京オリムピック噺〜』の視聴率が伸び悩んでいるとよく聞く。こちらと
-
-
映画づくりの新しいカタチ『この世界の片隅に』
クラウドファンディング。最近多くのクリエーター達がこのシステムを活用している。ネ
