*

『まだ結婚できない男』おひとりさまエンジョイライフ!

公開日: : 最終更新日:2020/03/03 ドラマ, 映画:カ行, 映画:マ行

今期のテレビドラマは、10年以上前の作品の続編が多い。この『結婚できない男』や『時効警察』なんかがそう。

なんで今更続編が作られるのだろうと、ちょっと考えてみる。自分はといえば、もうほとんど日本の連続ドラマはリアルタイムで観ることはなくなった。というかそもそもテレビをあまり観なくなってしまった。

でも10年前は自分もテレビを観ていたし、テレビドラマも観ていた。この『まだ結婚できない男』の前作が放送されていた13年前は、まさしく自分も「結婚してない男」だった。働きながら、物書きの学校に通っていたので、流行りのドラマや映画は、しらみつぶしにチェックしていた。

やがて、クリエイターの人たちと知り合っていくうちに、現場の人たちは流行作品には振り回されていないのがわかってきた。「むしろ観るなら古典でしょ?」といった雰囲気。

自分も結婚や育児、仕事の忙しさで、テレビをゆっくり観ることができなくなってしまった。連続テレビドラマを楽しみにするなんて、なんて贅沢なことかと思えてきてしまった。

13年ぶりの続編『まだ結婚できない男』は、阿部寛さん演じる建築家の桑野さんの、おひとりさまの日常を、淡々とコミカルに描写していく。「みなさんお変わりありませんか? 僕は何も変わりません」というキャッチコピーから興味をそそる。ドラマ離れの視聴者のハートをガッチリキャッチ!

人なんてそうそう変われるものじゃない。変わっていくのは環境の方で、それに順応しようと、人の方が合わせていることがほとんど。

主人公の桑野さんは、仕事もできるしルックスもいい。多趣味だし、人生を謳歌している。しかしながら、とてつなく偏屈で言葉が露悪。でもそれは、多くの男性に当てはまりそうなこと。桑野さんが特別なわけではない。口の悪い桑野さんだけれど、根は悪人ではないので、みんな「やれやれ」と付き合っている。

主人公不在の場面でも、他の登場人物が集まるとこぞって桑野さんのうわさ話をしている。これって『男はつらいよ』の手法と同じ。寅さんがいない場面でも、おいちゃんやおばちゃん、さくらが「寅さん今ごろどこで何してるんだろうね〜」なんて話してる。桑野さんはいわば「仕事ができる寅さん」。ちゃんと主人公中心でその物語の世界が回っているシナリオは、よく練りこまれている。

ウェルメイドというのは地味なもの。この『結婚できない男』シリーズの演出は、かなり地味。テレビドラマとは思えないくらい、派手なことはしない。これは13年前も今もまったくスタイルを変えていない。流行りに流されないけどおもしろいというのは大事。

とかく最近のドラマや映画は、むやみやたらに音楽をがなりたててしまう演出ばかり。間が持たないから音楽でゴマかす。その扇状に理由がないので、ただただやかましいだけだったりする。それにくらべて『まだ結婚できない男』は静か。まるで放送事故なのかと思うくらい。

劇伴が最小限に抑えているのは、セリフをちゃんと観客に聞かせたかったり、無言の間で笑わせたい意図があるから。流行りの演出じゃないけど、時代を超えようが、文化が違かろうが、どの世代や海外でも笑えるだろう。そういえば『結婚できない男』は韓国でリメイクされてたし。

黒澤明監督が、スピルバーグ監督に、「あんたの映画は音楽が多過ぎやしないか?」と問うたことがあるらしい。スピルバーグは、「子どもたちのために音楽をたくさんのせている」との答えた。黒澤監督が、「子どもたちをナメちゃいけない。映画というのは音楽を削っていくものだよ」と説いたとか。スピルバーグはちゃんと音楽を計算して演出してる監督だと思うが、その手法をマネした後続の作品は、感心しないものも多い。たしかにうるさいだけの劇伴はもういらない。

13年前の『結婚できない男』が放送されてた頃の価値観は、「適齢期がくれば誰しも結婚するものだ」というものだった。でも現代は生涯未婚率もあがり、結婚しない人生はあたりまえの選択肢。それでもまだ世間は独身者に厳しい。いや結婚したって、世の中は子連れに厳しいのだが……。

で、桑野さんの独身ライフの楽しみ方は、続編になってますます磨きがかかってきた。既婚者や婚活中の人たちよりも、桑野さんがいちばんイキイキ楽しんで生きているように見える。とかく自己否定しまくる日本人の中で、桑野さんは堂々と生きている。

どんな生き方をしても、悪く言ってくる人は絶対に現れるもの。無配慮で無責任な他人の言葉は気にしない。自分がこうだと考えて決めたなら、堂々としてたらいい。それが本当の自己責任。桑野さんの偏屈は、他人に厳しい世の中への自己防衛なのかもしれない。

桑野さんの職業は建築家。なんでも裏設定に、桑野さんがこの職業を選んだ理由は、若かりし日に『ブレードランナー』を観たことが影響しているらしい。

SF映画好きの桑野さん。彼のうちのコンパクトスピーカーの名前が「ミスター・スポック」なのは聞き逃してないぞ。え?ミスター・スポックが誰かだって? それは困った。ふと桑野さんのような上から目線の解説が始まりそうになったので、これで締めくくることにしよう。

もうすっかり桑野さんが実在の人物のように親しみを感じてしまっている自分がいる。

関連記事

no image

『光とともに…』誰もが生きやすい世の中になるために

小学生の娘が、学校図書室から借りてきたマンガ『光とともに…』。サブタイトルに『〜自閉症児を抱えて〜』

記事を読む

no image

『猿の惑星: 創世記』淘汰されるべきは人間

  『猿の惑星:創世記』。 もうじき日本でも本作の続編にあたる 『猿の惑星:新世

記事を読む

no image

『カーズ/クロスロード』もしかしてこれもナショナリズム?

昨年2017年に公開されたピクサーアニメ『カーズ/クロスロード』。原題はシンプルに『Cars 3』。

記事を読む

『ブレードランナー2049』 映画への接し方の分岐点

日本のテレビドラマで『結婚できない男』という名作コメディがある。仕事ができてハンサムな建築家

記事を読む

『帰ってきたヒトラー』 これが今のドイツの空気感?

公開時、自分の周りで好評だった『帰ってきたヒトラー』。毒のありそうな社会風刺コメディは大好物

記事を読む

no image

王道、いや黄金の道『荒木飛呂彦の漫画術』

  荒木飛呂彦さんと言えば『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズの漫画家さん。自分は少年ジ

記事を読む

『恋する惑星』 キッチュでポップが現実を超えていく

ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』を久しぶりに観た。1995年日本公開のこの映画。すでに

記事を読む

『アンという名の少女』 戦慄の赤毛のアン

NetflixとカナダCBCで制作されたドラマシリーズ『アンという名の少女』が、NHKで放送

記事を読む

『耳をすませば』 リアリティのあるリア充アニメ

ジブリアニメ『耳をすませば』は ネット民たちの間では「リア充映画」と 言われているらしい

記事を読む

no image

『くまのプーさん』ハチミツジャンキーとピンクの象

  8月3日はハチミツで、『ハチミツの日』。『くまのプーさん』がフィーチャーされるの

記事を読む

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

『cocoon』 くだらなくてかわいくてきれいなもの

自分は電子音楽が好き。最近では牛尾憲輔さんの音楽をよく聴いてい

→もっと見る

PAGE TOP ↑