『まだ結婚できない男』おひとりさまエンジョイライフ!
今期のテレビドラマは、10年以上前の作品の続編が多い。この『結婚できない男』や『時効警察』なんかがそう。
なんで今更続編が作られるのだろうと、ちょっと考えてみる。自分はといえば、もうほとんど日本の連続ドラマはリアルタイムで観ることはなくなった。というかそもそもテレビをあまり観なくなってしまった。
でも10年前は自分もテレビを観ていたし、テレビドラマも観ていた。この『まだ結婚できない男』の前作が放送されていた13年前は、まさしく自分も「結婚してない男」だった。働きながら、物書きの学校に通っていたので、流行りのドラマや映画は、しらみつぶしにチェックしていた。
やがて、クリエイターの人たちと知り合っていくうちに、現場の人たちは流行作品には振り回されていないのがわかってきた。「むしろ観るなら古典でしょ?」といった雰囲気。
自分も結婚や育児、仕事の忙しさで、テレビをゆっくり観ることができなくなってしまった。連続テレビドラマを楽しみにするなんて、なんて贅沢なことかと思えてきてしまった。
13年ぶりの続編『まだ結婚できない男』は、阿部寛さん演じる建築家の桑野さんの、おひとりさまの日常を、淡々とコミカルに描写していく。「みなさんお変わりありませんか? 僕は何も変わりません」というキャッチコピーから興味をそそる。ドラマ離れの視聴者のハートをガッチリキャッチ!
人なんてそうそう変われるものじゃない。変わっていくのは環境の方で、それに順応しようと、人の方が合わせていることがほとんど。
主人公の桑野さんは、仕事もできるしルックスもいい。多趣味だし、人生を謳歌している。しかしながら、とてつなく偏屈で言葉が露悪。でもそれは、多くの男性に当てはまりそうなこと。桑野さんが特別なわけではない。口の悪い桑野さんだけれど、根は悪人ではないので、みんな「やれやれ」と付き合っている。
主人公不在の場面でも、他の登場人物が集まるとこぞって桑野さんのうわさ話をしている。これって『男はつらいよ』の手法と同じ。寅さんがいない場面でも、おいちゃんやおばちゃん、さくらが「寅さん今ごろどこで何してるんだろうね〜」なんて話してる。桑野さんはいわば「仕事ができる寅さん」。ちゃんと主人公中心でその物語の世界が回っているシナリオは、よく練りこまれている。
ウェルメイドというのは地味なもの。この『結婚できない男』シリーズの演出は、かなり地味。テレビドラマとは思えないくらい、派手なことはしない。これは13年前も今もまったくスタイルを変えていない。流行りに流されないけどおもしろいというのは大事。
とかく最近のドラマや映画は、むやみやたらに音楽をがなりたててしまう演出ばかり。間が持たないから音楽でゴマかす。その扇状に理由がないので、ただただやかましいだけだったりする。それにくらべて『まだ結婚できない男』は静か。まるで放送事故なのかと思うくらい。
劇伴が最小限に抑えているのは、セリフをちゃんと観客に聞かせたかったり、無言の間で笑わせたい意図があるから。流行りの演出じゃないけど、時代を超えようが、文化が違かろうが、どの世代や海外でも笑えるだろう。そういえば『結婚できない男』は韓国でリメイクされてたし。
黒澤明監督が、スピルバーグ監督に、「あんたの映画は音楽が多過ぎやしないか?」と問うたことがあるらしい。スピルバーグは、「子どもたちのために音楽をたくさんのせている」との答えた。黒澤監督が、「子どもたちをナメちゃいけない。映画というのは音楽を削っていくものだよ」と説いたとか。スピルバーグはちゃんと音楽を計算して演出してる監督だと思うが、その手法をマネした後続の作品は、感心しないものも多い。たしかにうるさいだけの劇伴はもういらない。
13年前の『結婚できない男』が放送されてた頃の価値観は、「適齢期がくれば誰しも結婚するものだ」というものだった。でも現代は生涯未婚率もあがり、結婚しない人生はあたりまえの選択肢。それでもまだ世間は独身者に厳しい。いや結婚したって、世の中は子連れに厳しいのだが……。
で、桑野さんの独身ライフの楽しみ方は、続編になってますます磨きがかかってきた。既婚者や婚活中の人たちよりも、桑野さんがいちばんイキイキ楽しんで生きているように見える。とかく自己否定しまくる日本人の中で、桑野さんは堂々と生きている。
どんな生き方をしても、悪く言ってくる人は絶対に現れるもの。無配慮で無責任な他人の言葉は気にしない。自分がこうだと考えて決めたなら、堂々としてたらいい。それが本当の自己責任。桑野さんの偏屈は、他人に厳しい世の中への自己防衛なのかもしれない。
桑野さんの職業は建築家。なんでも裏設定に、桑野さんがこの職業を選んだ理由は、若かりし日に『ブレードランナー』を観たことが影響しているらしい。
SF映画好きの桑野さん。彼のうちのコンパクトスピーカーの名前が「ミスター・スポック」なのは聞き逃してないぞ。え?ミスター・スポックが誰かだって? それは困った。ふと桑野さんのような上から目線の解説が始まりそうになったので、これで締めくくることにしよう。
もうすっかり桑野さんが実在の人物のように親しみを感じてしまっている自分がいる。
関連記事
-
-
日本映画の時代を先行し、追い抜かれた『踊る大走査線』
『踊る大走査線』はとても流行ったドラマ。 ドラマが映画化されて、国民的作品とな
-
-
キワドいコント番組『リトル・ブリテン』
『リトル・ブリテン』という イギリスのコメディ番組をご存知でしょうか?
-
-
『ケナは韓国が嫌いで』 幸せの青い鳥はどこ?
日本と韓国は似ているところが多い。反目しているような印象は、歴史とか政治とか、それに便乗した
-
-
『ミッドナイト・イン・パリ』 隣の芝生、やっぱり気になる?
ウッディ・アレン監督が2011年に発表した『ミッドナイト・イン・パリ』。すっかりアメリカに嫌
-
-
『いだてん』近代日本史エンタメ求む!
大河ドラマの『いだてん 〜東京オリムピック噺〜』の視聴率が伸び悩んでいるとよく聞く。こちらと
-
-
『鎌倉殿の13人』 偉い人には近づくな!
NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が面白い。以前の三谷幸喜さん脚本の大河ドラマ『真田丸』は、
-
-
『黒い雨』 エロスとタナトス、ガラパゴス
映画『黒い雨』。 夏休みになると読書感想文の候補作となる 井伏鱒二氏の原作を今村昌平監督
-
-
『メッセージ』 ひとりが幸せを感じることが宇宙を変える
ずっと気になっていた映画『メッセージ』をやっと観た。人類が宇宙人とファースト・コンタクトを取
-
-
『崖の上のポニョ』 子ども目線は逆境を超える
日中二歳の息子の子守りをすることになった。 『風立ちぬ』もBlu-rayになることだし
-
-
『桐島、部活やめるってよ』スクールカーストの最下層にいたあの頃の自分
原作小説と映画化、 映画公開後もものすごく話題になり、 日本アカデミー賞を総