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『鬼滅の刃』親公認!道徳的な残虐マンガ‼︎

公開日: : アニメ, 映画:カ行,

いま、巷の小学生の間で流行っているメディアミックス作品『鬼滅の刃』。我が家では年頃の子どもがいるにも関わらず、この作品を未見のままでいた。

家族を鬼に惨殺された主人公が、鬼に復讐するために剣士になるというお話。ちょっと残酷そう。

日本のアニメやマンガは、残酷描写や性描写が多いため、子どもたちにはあまり見せないようにしていた。でも、ここまでブームとなてしまったら、学校での話題についていけない。いつの時代にも、その世代間で通じるメディアがある。自分たちの世代では『ガンダム』や『ドラえもん』。あのときあれを観ていたという共通体験は結構大事だ。ブームにはさっさと乗って、のめり込む前に飽きてしまった方がいい。なにごとも拗らせないに限る。

アニメ『鬼滅の刃』の放送時間は深夜。そもそも小学生向けには作っていない。最初は中高生の中で話題になり、小学生にまで派生した。お兄ちゃんお姉ちゃんのいる小学生たちが食いついたのだろう。

「鬼滅キッズ」という俗語がある。『鬼滅の刃』好きの小学生のことかと思いきやさにあらず。なんでも、マナーの悪い『鬼滅の刃』ファンを指す蔑称らしい。

アニメやマンガに限らず、熱烈なファンというものは厄介で、ことごとくあちこちでトラブルを起こしている。

その作品は好きなんだけど、その作品のファンがキモいので、作品が嫌いになるなんてこともよくある。作品表現者がいちばん迷惑に感じるのは、熱烈なファンやオタクだったりする。現実逃避に興じすぎて、現実(リアル)と虚構(フィクション)との距離が保てなくなってしまうのは病だ。

この『鬼滅の刃』のビジュアルを見て、オシャレな印象を受けた。アニメはダサいというイメージを覆すファッション性の高さ。登場人物たちの着物の柄が特徴的。柄を見ただけで、その登場人物が浮かんでくる。

この作品の創造の動機は、「和柄を描くこと」から始まっている。

舞台は大正時代。大正柄は、いま見ても斬新なデザインが多い。その貴重な和柄デザインは、戦争でほとんど焼失してしまったらしい。もしその頃の着物がたくさん残っていたら、現代の和柄のデザインそのものも違っていたかもしれない。

そんな斬新なデザインの和柄の中で、現代人にも親しみやすいものを登場人物たちに着せている。主人公の炭治郎は、最強の花札のイヤリングもつけてる。やりすぎないヘアカラーやタトゥーやネイル。コスプレしたくなる。これなら真似してもあまり痛々しくならないかも。

これだけ人気があるのだからと、こちらのハードルも自然と高くなる。でもその期待を『鬼滅の刃』は裏切らなかった。

やりたいことは、ゾンビものと時代もののイノベーション。それに古今東西、人気があった物語の、楽しい部分のエッセンスを上手に混ぜ合わせている。「私(つくり手)も好きだけど、あなた(観客)も好きでしょ?」と。それがパクリにならずに、ちゃんと料理されている。

なによりも、昨今ニュースにあがるDVや無差別通り魔殺人など、不条理な猟奇的事件をモチーフにしているのが特徴的。それらの加害者にアニメオタクが多いのも気にかかる。

悪役の鬼は、かつて普通の人間だった。あまりに悲惨な人生をおくったために鬼化して、人間を襲うようになったという設定。「自分はかわいそうなのだから、幸福そうな人間が恨めしい。危害を加えてもいいのだ」という考え。自己憐憫がすぎると、間違った選択をする人間もでてくる。人間誰しも鬼になる可能性がある。作品は声を潜めながらも、閉塞した世の中を風刺している。

戦いに勝っても負けても悲しい。こんなに重く暗い物語がヒットするのは、日本のメジャーとしては意外。よく企画が通ったものだ。最近の楽屋オチ的なナアナアな作品には、観客も辟易していたのだろう。

この作品の真の主人公は、ファッションにある。アニメの作り手はちゃんとそれをわきまえている。複雑な着物柄もテクスチャを貼り付けるCG処理を使わず、キャラクターの動きに合わせて一枚一枚手描きで表現している。キャラクターに重みが出てくる。

アクションシーンになると、浮世絵タッチになるのが面白い。浮世絵もマンガも同じ系譜の文化。昔も今も、日本人は絵を描いたり見たりするのが大好きな人種らしい。演出の緩急が気持ちいい。動きの速さももちろんだが、手描きアニメでハイパースローモーション演出をしているのがすごい。

テレビアニメとは思えないくらい丁寧に製作されている。絵や演出はもちろん、シリーズ構成もしっかり練られている。原作マンガを丁寧に映像化している。日本のテレビアニメはケチくさいという印象を、一瞬にして凌駕した。贅沢な作り。良いものをつくれば、人は振り向く。今までの「ただつくればいい」という日本のアニメの考え方をことごとく覆している。

製作のufotableは韓国からの外資系。なるほど、日本の資本じゃない。最初から世界標準を狙ってる。潤沢な資金を用意して、何度も同じ作品を観てもらう。原作映像化を自転車操業にしていない。良質な作品が観れるなら、観客も気長に待ってくれる。シーズンを区切って、ゆっくり丁寧に映像化する。すると強力なコンテンツになる。配信や放送の権利の争奪戦でひっぱりだこ。作品価値が上がる。マーケティングの方法が日本的ではない。

目先の利益にとらわれてばかりいると、結果的には大損してしまう。

最近のマンガ原作のアニメ化は、このスタイルがスタンダードになりつつあるらしい。

一時期日本のアニメが囃し立てられたが、実際の国内のアニメ製作環境の末端クリエーターの待遇は過酷なままで、日々アニメ会社は倒産し続けている。国内では、出来上がった作品の権利を海外に売り捌くことばかりに着目され、新しいものを作り出そうという投資には目が向かない。現場に資金が降りる前に、上の企業が吸い取る搾取体制では、力のある作品は生まれない。

日本のアニメは、世界的に需要は実際にある。投資をする企業は、儲かるかどうかは別として、損をすることはほとんどない。投資としては確実性が高い事業とのこと。でも、大企業に限って投資を渋る傾向がある。それでは企画が進むはずもない。日本経済も滞る。

こんな国内の流れからすると、今後日本の産業は、外資系出資によるものが増えてくるだろう。日本産なのに外資系企業が運営するスタイル。日本を代表する商売道具であるアニメがそうなのだから、他の国内の産業もその道を辿っていくことだろう。

それでも良いものが消費者に届き、作り手が潤うのなら、それこそ本当に経済が回っていくことになる。それはそれで夢が膨らむ。

『鬼滅の刃』の作者が女性だというのが、連載終了間際に発表された。ネットでは驚きの声があがったが、マンガのおまけページの鉛筆書きの文字が女性のものだし、基本的な絵のタッチは少女マンガ風。

女流作家だからか、女性の心理描写が納得のいくものばかり。萌えが苦手な自分でも、これなら耐えられる。男に媚びるような女は、『鬼滅の刃』にはひとりも登場しない。

主人公の炭治郎は、本編でも女性キャラに評判がいい。それは彼が優しく健気で、紳士的だから。これは特別女性ばかりに対してではなく、同性だろうが強面の先輩だろうが関係ない。女性たちはちゃんと見てる。

アニメやマンガの世界では、男たちが女性をぞんざいに扱うのはあたりまえ。フェミニストでもない自分でさえも不快に思うことが多い。小学生の男の子ですら「なんでアニメには女の裸ばっかりでてきて、男の裸は出てこないの? 不公平だ」とサラリと言っているくらいだ。

炭治郎は、どんな苦境に立たされても曲がった言動はしない。マンガやアニメで、久しぶりに性格の良い主人公をみた。奇をてらって、倫理観が狂っているアニメやマンガが多い中、一本筋が通った内容だからこそ、例え残酷描写があっても親世代からも認められたのだろう。

小学生女子に絶大な人気の「胡蝶しのぶ」という登場人物がいる。最強の剣士で、普段は穏やかな口調でニコニコしているが、内心はいつも怒りを押さえ込んでいる。日本女性の象徴的な姿だ。

女性が下へ追いやられる理不尽な世の中を、小学生女子たちも嗅ぎ取っている。日本は世界的にみて、男女平等の遅れた国のワーストクラスを毎年更新している。しかも途上国も含めたリサーチなのだから恐ろしい。今の子どもたちは、マンガからその問題意識を得るのかもしれない。

「命の大切さ」や「人が道を踏み違えることとは?」、「人間らしい寛容や慈愛とは?」と、哲学的なテーマが根底にある。真面目で道徳的。それを畳みかけるアクションやホラー描写で、説教臭くならなくしているところがセンスがいい。

自己肯定感の低い日本人に向けて、「自分が生まれてきた存在価値」を問いかけている。果たして世界の観客はどう感じるか?

連載マンガでは、作家チームたちの「観客を泣かせるやるせない話」を創作する脳の筋肉がパワーアップしてる。まだ映像化されてない原作部分をこれから観るのか怖い。干物になる。

英題『Demon Slayer』として、これから世界に進出していくであろうアニメ『鬼滅の刃』。海外の人たちが、この日本が舞台の冒険怪奇譚をどう受け止めていくのか楽しみだ。和柄ブームも世界的に起こりそう。

原作が完結しているので、構成が滅茶苦茶になることはないのも安心。アニメ版はまだ原作の前半しか発表されてない。まだまだブームは続きそうだ。

日本が舞台の日本のアニメで、世界が熱狂するのは嬉しい。そうか、日本の産業にはこんな未来もあったのか。

鬼滅の刃

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