*

『async/坂本龍一』アートもカジュアルに

公開日: : メディア, 映画:カ行, 音楽

人の趣味嗜好はそうそう変わらない。

どんなに年月を経ても、若い頃に影響を受けて擦り込まれた好みは、歳を取っても大して変わらない。毎日やっているルーチンワークも、その人の一生からとらえたら、若い頃と老いたときのものと差異はあまりない。ある意味、若い頃にその人のライフスタイルが、ほぼ決定してしまうのかもしれない。それは凡人だろうが天才だろうが関係ない。

自分が小学生の頃から聴き続けてきた坂本龍一さんの新作『async』が発表された。大病を経て8年ぶりのオリジナルアルバムだとか。タイトルの『async(アシンク)』とは、「同期しない・非同期」という意味。

自分が坂本龍一さんを知るきっかけになったのはテクノバンド『YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)』の存在から。テクノはリズムを機械で出している信号音に、ナマの演奏を同期させる。人間が奏でる演奏は、のればのるほど、演奏開始より後半の方がピッチがあがるもの。テクノは機械のリズムが基本なので、演奏者があがる気持ちを強制的に封じ込めることになる。人間が機械に操られる。テクノミュージックがクールで無機質な印象なのは、そこから由来する。

日常生活でも人間は、無意識にさまざまなものと同期している。自分にとって興味のある情報だけ取捨選択している。それによって脳のキャパオーバーでパンクしないように未然に防いでいるのだけど、意識しないと人は偏った考えに固執してしまう。あたかもそれが世界のすべてだと誤解してしまう。ネットの情報なんてまさにそれ。

坂本龍一 設置音楽展』なる催しが、ワタリウム美術館で行われている。最新アルバム『async』を、サラウンド・リミックスで浸るのもの。ファン心を刺激され、自分も足を運んでしまった。音楽というよりは音遊びの世界。不思議空間を堪能する。

ふと自分と同年代の中年のご婦人と、その娘さんらしい高校生くらいの若い子の二人連れの会話が聞こえてきた。

娘さんが「ぜんぜんワケがわからない」と言っている。お母さんが「わからないでしょ〜」とこたえてる。両者とも笑ってる。たぶんお母さんが古くからの坂本龍一さんのファンで、娘さんを連れて来たのだろう。娘さんからしてみれば、普段馴染みの聴きやすい音楽ではないので戸惑うだろう。でも娘さん、「わからない」と言ってはいても、けして怒っているわけではなさそうだ。むしろわからないことを楽しんでいる。お母さんもとくに説明するわけでもなく、ニコニコしてるだけ。そこには理屈はない。

坂本龍一さんの音楽は難解だとよく言われる。でも元ネタとなっている媒体はいつも同じ。アンドレイ・タルコフスキーの映画だったり、フィリップ・K・ディックの小説だったり……。むしろ30年前からずっと一緒のテーマだったりする。スタイルはコロコロ変えてるけど、根底は不動なり。いたってシンプル。よくもまぁ30年も手を替え品を替え同じことをやっている。自分もずっと坂本龍一さんを追いかけているので、さすがにもう作品が難解だとは思わなくなった。ただ坂本龍一さんのすごいところは、この30年でルーツとなったクリエイターたちと、作品を共につくって、自身もそのルーツの中に取り込まれていること。

この新作『async』は、アンドレイ・タルコフスキー監督の架空の映画のサウンドトラックなんだとか。

タルコフスキーは旧ソ連の映画監督。『鏡』という作品で、当時の社会主義への批判をしたため国を追われ、ヨーロッパを転々とする、流転の晩年を送っている。タルコフスキーがもしいまも存命だったら、現代社会を風刺したどんな映画を撮っていただろう? タルコフスキー映画はバッハなど既製の曲をサントラに使っている。坂本龍一さんが音楽監督をした作品なんて生まれたら、なんともまあアーティスティックなんだろうか!

アルバム『async』では、普段意識もしていないような足音なんかも音楽として扱っている。曲としては、音のそれぞれのリズムは意図的にバラバラにしている。いろいろな音があって良い。

世の中は、いつしか誰もが自分の知っている音しか認めなくなり始めている。己と考えが違うものは攻撃して排除する風潮。作品はそれへの警鐘。不寛容な流れは、昨今の欧米だけの話ではなくこの日本でも起こっている。そんな乾いた人の心に、さぞかしタルコフスキーも関心を抱いただろう。お得意の終末思想で。

タルコフスキーの映画が流行っていた頃の80年代後半は、空前のミニシアターブーム。小難しいアートシネマでもカッコイイと思えた。理屈をこねくりまわして読み解くよりも、まだ見ぬ新しい表現に好奇心を刺激されるのが楽しかった。そして時は過ぎ、多くのミニシアターも消えていき、いつしか「わからないもの」を楽しむ心の余裕すらなくしてしまった。

つくり手が高い志で、高尚な作品をつくってくれるのはとても贅沢なこと。それは流行に流されないウェルメイドな作品へとつながるから。でも受け手はカジュアルでリラックスしていていても良いのかもしれない。かつては高尚なものには神妙な態度を、ポーズだけでもとらなければという風潮もあったが、最近はそんなの流行らない。のめり込み過ぎず、素直に感じることの大切さ。先の親子のように、難しいゴタクは並べずに、ニコニコしながらアートを楽しむ余裕。それは本当にカッコイイ。

さまざま音があり、さまざま考え方がある。たとえ相手と意見が違くとも、それを楽しむゆとり。相手を尊重しあえれば、偏った考え方は緩和されていく。とかく日本人は、みな同じであることを良しとしてしまいがちだが、もう世界的にもムリがきているだろう。同期しなくてもいいじゃない? さまざま音が混ざり合うことが、より良い社会へ向かう第一歩なのではないだろうか?


関連記事

映画化までの長い道のり『のぼうの城』

鳥取市のマスコットキャラクター 『かつ江(渇え)さん』が批判を受けて非公開になった。

記事を読む

『レザボア・ドッグス』チャンスをつかむには、せっかちさんの方がいい

新作準備の『ザ・ヘイトフル・エイト』 の脚本流出で制作中止を発表し、 先日それを撤回した

記事を読む

『ロッキー』ここぞという瞬間はそう度々訪れない

写真:Album/アフロ[/caption] 『ロッキー』のジョン・G・アヴィルドセン監督が

記事を読む

『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』90年代以降から日本文化は鎖国ガラパゴス化しはじめた!!

NHKで放送していた 『ニッポン戦後サブカルチャー史』の書籍版。 テレビの放送もとて

記事を読む

『サマーウォーズ』ひとりぼっちにならないこと

昨日15時頃、Facebookが一時的にダウンした。 なんでもハッカー集団によるものだった

記事を読む

アニメ『機動戦士ガンダムUC』が遂に完結!!

2010年スタートで完結まで4年かかった。 福井晴敏氏の原作小説は、遡る事2007年から。

記事を読む

自国の暗部もエンタメにする『ゼロ・ダーク・サーティ』

アメリカのビン・ラディン暗殺の様子を スリリングに描いたリアリスティック作品。 冒頭

記事を読む

『007 スペクター』シリアスとギャグの狭間で

評判の良かった『007 スペクター』をやっと観た。 前作『スカイフォール』から監督は続

記事を読む

岡本太郎の四半世紀前の言葉、現在の予言書『自分の中に毒を持て』

ずっと以前から人に勧められて 先延ばしにしていた本書をやっと読めました。 エキセント

記事を読む

『プライベート・ライアン』戦争の残虐性を疑似体験

討論好きなアメリカ人は、 時に加熱し過ぎてしまう事もしばしば。 ホントかウソかわから

記事を読む

『チャーリーとチョコレート工場』歪んだ愛情とその傷

映画が公開されてから時間が経って、その時の宣伝や熱狂が冷めたあ

『ドラゴンボール』元気玉の行方

http://www.maniado.jp/community/ne

『THIS IS US』人生の問題は万国共通

http://video.foxjapan.com/tv/this-

『生きる』立派な人は経済の場では探せない

黒澤明監督の代表作『生きる』。黒澤作品といえば、時代劇アクショ

『ヒミズ』闇のスパイラルは想像力で打開せよ!

園子温監督作品の評判は、どこへ行っても聞かされる。自分も園子温

→もっと見る

PAGE TOP ↑