*

『ヒックとドラゴン/聖地への冒険』 変わっていく主人公

公開日: : アニメ, 映画:ハ行

いまEテレで、テレビシリーズの『ヒックとドラゴン』が放送されている。小学生の息子が毎週それを観ている。「これ、映画版が先だよね」と息子に話しかけたら、「そうなの?」と記憶がない。ほら、幼稚園の頃まだちゃんと喋れなくて『ヒックとどらぽん』とか言ってたじゃない? 映画版の方がだんぜんスケールがでかくて面白いから、観直そうと息子に提案。さて第一作から総復習の開始。

自分は一作目二作目は以前に観ている。三作目の完結篇『ヒックとドラゴン/聖地への冒険』は初見。世界では評価の高い『ヒックとドラゴン』シリーズも、日本ではあまり話題にならない。『ヒックとドラゴン2』に関しては、日本では劇場公開すらされていない。ビデオスルーも世界公開のずっと後にひっそりだった。この三作目も、我が国では不遇のまま忘れ去られるのではないかと懸念していた。

結局のところ世界公開の10ヶ月後、2019年の年末に日本でも劇場公開となった。当時の劇場公開競合は『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』。こちらもシリーズ完結編。なんだかどちらの映画も、日本公開ではあまりパッとしなかった。日本人は洋画や冒険ものはお嫌いなのかな?

テレビシリーズも、日本地上波で放送され始めたこともあってか、ここのところ『ヒックとドラゴン』シリーズのDVDが売れ行きが好調の様子。再評価がやっと起こってる。完結編をずっと見逃していた自分が言うのもなんだけど、このシリーズは結構面白い。演出技術も素晴らしいが、不戦を訴える主人公というのが現代的。暴力で相手を制するのではなく、交渉力で世を渡っていく。とても倫理的。子どもが観るアニメでも、安物より極上品に触れさせたい。若いうちから観る目を肥えさせたいのは親の心情。審美眼を身につけていけば、偽物にかまされない。とかなんとか建前を放ちつつ、ただただ自分も楽しみたいだけなんだけど。

このシリーズの特徴は、主人公ヒックの変化の変遷。ヒックは毎回困難を乗り越えて、どんどん自信をつけていく。三作目と一作目で、外見はまるで別人。メイキングをみると、キャラクターデザインも観客を混乱させないよう工夫している。ヒックの幼少期を含めて、瞳だけは絶対に変えなかったとのこと。このアニメは主人公が成長していく姿がいちばん楽しい。でもこれが、日本でこのシリーズが受け入れられにくかった原因なのかもしれない。

日本のアニメは、登場人物が成長しないのが特徴。子どもは永遠に子どものまま。そう言ってしまうと、「成長」の意味合いが「大人になる」だけになってしまう。「成長」とは、ただ身体が大きくなったり老生したりすることではない。心が成長すること、変化することが「成長」。ひとことで「成長」と言ってしまうと、何かの約束事や処世術を身につけることと誤解してしまう。でもそれは「成長」とは違う。そもそも近年では「成長」という言葉自体が、ブラック企業的な胡散臭さを孕んでる。ならば「成長」ではなく「変化」という言葉が的確か。

『ヒックとドラゴン』シリーズは、かなり日本のアニメの影響を受けている。監督のディーン・デュボアは自分と同年代。アニメ作品の記憶はかなり近い。スタジオジブリの作品や、『ドラゴンボール』を始めとする少年ジャンプ作品。『ヒックとドラゴン』には、日本アニメの遺伝子が脈々と受け継がれている。

そういえば『ドラゴンボール』の主人公・悟空は、シリーズの途中で子どもから青年に成長する。しかも少年向け作品ではタブーだった父親にもなっている。でも悟空の成長は身体的なところだけ。彼の心は永遠に少年のまま。

日本の観客や作り手は、主人公が成長して変わっていく姿が苦手らしい。どうやら変化を受け入れてくれない。続編を何十年も続けていても、一向に歳を取らない主人公に安心する。それは容姿にとどまらない。

主人公は物語が進んでいく中、いくたびも困難にぶつかり、それを乗り越えていく。本来なら性格も変わっていくはず。それが成長であり変化でもある。情けないところがあった主人公が、荒波を乗り越える。ひとつの冒険が完結して、次の展開が始まる。主人公は前回でたくましくなったはずなのに、また情けない姿のふりだしに戻っている。前回の冒険がまるきり活きてこない。なにごともなかったかのようだ。

ダメなヤツだったら、いつまでもダメなままでいて欲しい。主人公がどんどん強くなって、自分から離れていってしまうのはずるい。置いてかないでくれ。永遠に子どものままでいたい願望。それは幼稚性でもある。

この『ヒックとドラゴン/聖地への冒険』では、我らのヒックも自分たちの変化に躊躇する。長年の相棒のドラゴン・トゥースにガールフレンドができたからだ。完結編ということもあり、最初から別れを予感させる。

「会えば、きっと好きになる」とは、日本公開版のキャッチコピー。観客が登場人物たちのことを、この映画を観たら「会えば、きっと好きになる」ことだろうと、価値観を押し付けているのかと思っていた。トゥースにパートナーが現れる本作。トゥースがこの白いドラゴンのことを「会えば、きっと好きになる」んだろうなと、ダブルミーニングなんだと気づく。

この映画のいちばんの見どころは、ドラゴンが相手を誘うときのしぐさ。架空の生き物ドラゴン。その表現をどこに落とし所にするかで、魅力は無限大に広がる。ドラゴンが人に懐いているときは猫のようだし、凶暴な時は猛獣や爬虫類にもなる。人間と意思疎通できるときと、野生に戻っているときの温度差が面白い。親しみやすいけど、やっぱり神聖な生き物なのだと感じさせる。制作者たちの表現研究の熱が上がっている。

ヒックたちのコスチュームもカッコいい。前回の飛翔スタイルのデザインも良かったが、今回のはさらにグレードアップ。ドラゴンの皮で作ったというこの戦闘服。素材の質感。架空の皮であしらえた衣装なのに、肌触りの想像が膨らむ。着てみたいと思わず感じる。でも、ドラゴンの皮を使って服を作ったりして、トゥースたちは怒らなかったのかしら?

ヒックとトゥースは、お互いの環境の変化に戸惑う。どうやら人生の転機を迎えなければならなそうだ。

少年時代からの男同士の友情は濃い。なかなか離れられないホモソーシャル。それも就職や結婚などのライフ・イベントを迎えることで、疎遠にならなければならないこともある。それを「成長」と呼ぶならその通り。居心地の良かった男同士の付き合い。それを「えいやっ!」と飛び越える勇気。そこから先へは、今までのものを一度ぜんぶ捨てて、越えていかなければ前に進めない。

ヒックはどうやってその壁を越えていくのか。ある意味、いままでの冒険はここで終わる。それでも人生の冒険が終わることはない。ネクスト・ステージの始まりだ。

あのとき覚悟を決めて捨ててしまった少年時代の自分。新しい人生を迎えて、新たな旅を始めた。その新しい荒波も10年もすれば落ち着いてくる。そうすると、疎遠になった少年時代の友だちと、再び会える余裕もできてくる。しかも各々が別の道を歩んだ時期があるからこそ、再会の土産話がたくさんできている。空いた時間はすぐ埋められる。武勇伝を山ほど引っ提げて行こう。

別れを覚悟したからこその再会がある。映画もそんな結論で締め括ろうとしている。決断は間違いではなかったと。

関連記事

『ホドロフスキーのDUNE』 伝説の穴

アレハンドロ・ホドロフスキー監督がSF小説の『DUNE 砂の惑星』の映画化に失敗したというの

記事を読む

『フェイブルマンズ』 映画は人生を狂わすか?

スティーヴン・スピルバーグ監督の自伝的映画『フェイブルマンズ』が評判がいい。映画賞も賑わせて

記事を読む

『推しの子』 キレイな嘘と地獄な現実

アニメ『推しの子』が2023年の春期のアニメで話題になっいるのは知っていた。我が子たちの学校

記事を読む

『さよなら銀河鉄道999』 見込みのある若者と後押しする大人

自分は若い時から年上が好きだった。もちろん軽蔑すべき人もいたけれど、自分の人生に大きく影響を

記事を読む

no image

『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』賢者が道を踏み外すとき

  日本では劇場未公開の『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』。DVDのジャケ

記事を読む

『デッドプール2』 おバカな振りした反骨精神

映画の続編は大抵つまらなくなってしまうもの。ヒット作でまた儲けたい企業の商魂が先に立つ。同じ

記事を読む

no image

『東京ゴッドファーザーズ』地味な題材のウェルメイドアニメ

  クリスマスも近いので、 ちなんだ映画をセレクト。 なんでもこの『東京ゴッ

記事を読む

『鬼滅の刃 遊郭編』 テレビの未来

2021年の初め、テレビアニメの『鬼滅の刃』の新作の放送が発表された。我が家では家族みんなで

記事を読む

『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』 野心を燃やすは破滅への道

今年2023年の春、自分は『機動戦士ガンダム』シリーズの『水星の魔女』にハマっていた。そんな

記事を読む

『クラッシャージョウ』 日本サブカル ガラパゴス化前夜

アニメ映画『クラッシャージョウ』。1983年の作品で、公開当時は自分は小学生だった。この作品

記事を読む

『ウェンズデー』  モノトーンの10代

気になっていたNetflixのドラマシリーズ『ウェンズデー』を

『坂の上の雲』 明治時代から昭和を読み解く

NHKドラマ『坂の上の雲』の再放送が始まった。海外のドラマだと

『ビートルジュース』 ゴシック少女リーパー(R(L)eaper)!

『ビートルジュース』の続編新作が36年ぶりに制作された。正直自

『ボーはおそれている』 被害者意識の加害者

なんじゃこりゃ、と鑑賞後になるトンデモ映画。前作『ミッドサマー

『夜明けのすべて』 嫌な奴の理由

三宅唱監督の『夜明けのすべて』が、自分のSNSのTLでよく話題

→もっと見る

PAGE TOP ↑