*

『アーロと少年』 過酷な現実をみせつけられて

公開日: : 最終更新日:2021/11/21 アニメ, 映画:ア行, 音楽

く、暗いゾ。笑いの要素がほとんどない……。

日本のポスタービジュアルが、アーロと少年スポットが泣きながら抱き合っているものだったので、イヤな予感はしていた。最近のディズニー映画は、日本版だけ泣きの要素ばかりフューチャーされがち。本編を観てみたら、泣きがメインじゃなかったりするから、もう宣伝が信用できない。

我が家では、家族全員で観た初めての映画がこの『アーロと少年』。ピクサー作品と言えば、映像や演出、ストーリーの素晴らしさはゆるぎない。ウィットに富んだ笑いのセンスも抜群。ピクサーの新作ならば、親子共々楽しめると選んだ。でも上映後、あまりの悲しく暗い物語に、家族全員で肩を落として劇場を後にするハメとなってしまった。

きっとピクサーのスタッフは、今までの作風と違ったものが作りたかったのでしょう。笑える皮肉たっぷりのセンスを封印して、どうやら単純に泣ける映画にしたかったらしい。これ日本のアニメ?と思うくらい。まるで手塚治虫さんや藤子不二雄さんの昔の大作の焼き直しみたい。ここまで日本に擦り寄られると、もしかしたら『アーロと少年』日本公開版だけ、オリジナルと違うストーリーでローカライズされているのかもと、想像してしまう。

最近のディズニー映画では、日本語吹き替え版は日本の曲が使用される。今回はKiroroの『Best Friend』。過去にNHK朝ドラ『ちゅらさん』の主題歌にもなった曲。ドラマの方が思いだされるのではと心配したが、本編のサントラに合わせて、ケルト調にアレンジされていたので違和感はなかった。さすがにそこまでセンスの悪いことはディズニーはやらないか。しかし経済効果もあるのだろうけど、そこまで日本版だけ特別な変更はしないで欲しいのも本音。

日本人の自分としては、日本アニメは観すぎて飽きてしまったからこそ、海外作品に期待しているところがある。ホラホラ、このツボ押すと涙がドバーッと出ちゃうでしょ?って、制作者たちの声なき声がどうしても聞こえてきちゃう。もちろん泣かせるのもエンタメのジャンルとしてあるけれど、自分は泣くと、ものすごく疲れるので、わざわざ映画で泣かされたくはない。普通に生きているだけて泣きたいほど辛いことは起こるのに、なんで娯楽で泣かされなきゃいけないのって。

ピクサーのスタッフは、最近のファンタジー作品が子どもを考慮しすぎて、どんどんマイルドな表現になり、ヌルくなっていることに危惧しているのかもしれない。それは同感。だからこそファンタジーの原点に立ち返って、弱虫な主人公が望まぬ旅に出て、困難を乗り越えていくうちにたくましくなっていくというものにしたかったのだろう。行きて帰りし物語。でも主人公のアーロが家族のもとへ帰っても、過酷な自給自足の労働の生活が待っているだけなら、夢も希望もない。

フロンティアの現実とはそういうもの。期待に夢膨らませて新天地を求めてきたはいいものの、実際には過酷な生活を強いられてばかりで、結局心身を悪くして、夢半ばで果ててしまうこともある。

それに自立の話なのに、家族の元へ帰っていくだけってのもものたりない。ピクサー作品にしては珍しく、シナリオに整理がたりないような……。それとも、夢も希望もない過酷な人生を受け入れろと言いたいのかな。それも怖いな。

手塚治虫さんや藤子不二雄さん、はたまたトールキンが作品を発表したのは、戦争が終わり、復興し始めている時代だった。厳しい現実を風化させないためにも、主人公に過酷な試練が与えられるドラマが成立した。だが今という時代では、キナくさい世界情勢や、世界的な不況で、現実社会が夢も希望もなくなってしまっている。時代性からみて、この映画のテーマはキツすぎる。

劇場では、小さな子どもたちが恐怖のあまり、あちこちで泣き叫んでいた。ウチの子もいつ帰りたいと言い出すのではと、いらぬ心配をしてしまった。子どもたちには、悲しい物語は必要ない。夢と希望、笑いこそが重要。この映画は大人向け。

ただ、この映画の救いは映像の美しさにある。

CGアニメの最初の企画会議では、どこまでリアリティを追求して、どこまでデフォルメするかが要となる。CG表現は追求すれば、実写と見紛うほどのレベルにはもっていける。手間暇かければ無限に広がる可能性を、どこで線引きするかが重要。この『アーロと少年』では、風景はとことんリアルで美しい。そこにデフォルメされたキャラクターが乗っかることになる。このキャラクターは、どんなタイプの人の擬人化なのかと、イメージさせる可笑しさがある。ウチの子たちも、美しい自然描写に手を叩いて喜んでいた。

悪い映画では決してない。多くの観客から愛される映画だろう。でも、こんなご時世だからこそ、せめてファミリー向け映画では、純粋に笑わせてハッピーな気持ちにさせて欲しかったかな。

関連記事

no image

『精霊の守り人』メディアが混ざり合う未来

  『NHK放送90年 大河ファンタジー』と冠がついたドラマ『精霊の守り人』。原作は

記事を読む

『リアリティのダンス』ホドロフスキーとトラウマ

アレハンドロ・ホドロフスキーの23年ぶりの新作『リアリティのダンス』。ホドロフスキーと言えば

記事を読む

『ラストエンペラー』 中学生、映画で近代史に興味がわく

イタリアのベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』。西洋人が描く東洋の歴史。この映

記事を読む

no image

『うつヌケ』ゴーストの囁きに耳を傾けて

  春まっさかり。日々暖かくなってきて、気持ちがいい。でもこの春先の時季になると、ひ

記事を読む

no image

『硫黄島からの手紙』日本人もアメリカ人も、昔の人も今の人もみな同じ人間

  クリント・イーストウッド監督による 第二次世界大戦の日本の激戦地 硫黄島を舞

記事を読む

『RRR』 歴史的伝統芸能、爆誕!

ちょっと前に話題になったインド映画『RRR』をやっと観た。噂どおり凄かった。S・S・ラージャ

記事を読む

『アメリカン・ユートピア』 歩んできた道は間違いじゃなかった

トーキング・ヘッズのライブ映画『ストップ・メイキング・センス』を初めて観たのは、自分がまだ高

記事を読む

『スカーレット』慣例をくつがえす慣例

NHK朝の連続テレビ小説『スカーレット』がめちゃくちゃおもしろい! 我が家では、朝の支

記事を読む

『TENET テネット』 テクノのライブみたいな映画。所謂メタドラえもん!

ストーリーはさっぱり理解できないんだけど、カッコいいからいい! クリストファー・ノーランの新

記事を読む

『斉木楠雄のΨ難』生きづらさと早口と

ネット広告でやたらと『斉木楠雄のΨ難』というアニメを推してくる。Netflix独占で新シーズ

記事を読む

『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』 はたして「それ」はやってくるか⁈

今年の夏の大目玉大作映画『ミッション:インポッシブル』の最新作

『aftersun アフターサン』 世界の見え方、己の在り方

この夏、イギリス映画『アフターサン』がメディアで話題となってい

『ブレイブハート』 歴史は語り部によって変化する

Amazonプライムでメル・ギブソン監督主演の『ブレイブハート

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』 マルチバースとマルチタスクで家庭を救え!

ずっと気になっていた『エブエブ』こと『エブリシング・エブリウェ

『RRR』 歴史的伝統芸能、爆誕!

ちょっと前に話題になったインド映画『RRR』をやっと観た。噂ど

→もっと見る

PAGE TOP ↑