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『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』 野心を燃やすは破滅への道

公開日: : アニメ, 映画:カ行, 映画:タ行, 配信

今年2023年の春、自分は『機動戦士ガンダム』シリーズの『水星の魔女』にハマっていた。そんなことを日常で話していたら、「『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』も面白いですよ」と紹介された。このアニメの存在はもちろん知っていた。ガンダムシリーズには、第一作からの直接の世界観の続編か、主役ロボットがガンダムなだけで単独の作品かと、シリーズの種類が分かれている。『水星の魔女』も『鉄血のオルフェンズ』も、他のガンダムシリーズを知らなくとも気軽にそこから入っていける単独作品。『鉄血のオルフェンズ』は、どうやら近年のガンダムシリーズでも評判らしい。いままでだったらレンタルでしか見逃した作品を観ることができなかった。このサブスク時代。自分が契約している配信サービス先にその作品があって受信環境さえあれば、今すぐにでも鑑賞できる。夢のような状況。『鉄血のオルフェンズ』は全部で50話もある。長旅になる覚悟を決めた。

『鉄血のオルフェンズ』は、従来のガンダムのように、レーザーライフルで撃ち合う戦いではなく、鉄の武器と武器をぶつけ合って破壊しあう戦いの描き方となっている。その設定上、効果音もいままでのピシュピシュとレーザー音が飛び交っていたものが、ガシンガシンと激しい鉄がぶつかり合う音ばかりになってくる。この設定で、古いガンダムシリーズにあるアニメ的な効果音を、違和感なく一新することに成功している。

2000年代前半に、『機動戦士ガンダム』の最も古いシリーズの劇場版三部作を、5.1chサラウンドにリニューアルしたバージョンがDVDで発売された。セリフも効果音も新録で、かなり手間のかかった特別編。その特別編は劇伴のタイミングも変わっていたり、急いで録音されたのか、声優さんの演技も雑な感じがした。最も違うのは効果音で、昔のアニメの音響ではなく、鉄が破裂するような痛そうな音ばかりが戦闘場面に響き渡った。それは戦争ものとして、リアルな音響に刷新したものだった。いままでのガンダムとは別物となってしまった。古いアニメの映像に、当時最新の音響システムはミスマッチ。どうも最新技術であれば良いというものではなかったらしい。このバージョンがすこぶる不評だったのを覚えている。

『鉄血のオルフェンズ』を観てみると、いい意味で今までのガンダムとは違う。ミリタリー色も強くなっているけど、なんだか任侠映画を観ているかのよう。ミリタリーと任侠をロボットアニメでやる。流行りのヤンキーものも汲んでいる。ガンダムはおじさんだけのコンテンツという印象を払拭しようとしている。任侠映画をそのままSFロボットアニメでやると、登場人物たちが着物を着たり、漢字が出てきたりと、欧米人が喜びそうな要素が活かせてくる。とにかく欧米人は漢字が好きだ。盃を交わすとか、写経したりとか、異文化ゴリゴリなのも、やんわり作品の世界進出を狙っている。あざとくて良い。

アニメで描かれている世界は、格差が進んだ未来の人類の姿。貧しい子どもたちは、生まれついて人権もなく、消耗品のように危険な仕事をさせられている。もともと人として扱われてこなかった子どもたちの、情緒の欠如も上手に描かれている。現実世界も、このまま格差拡大を放置していると、このアニメのような世界になってしまう。シャレにならない。

人は貧しくなると利己的になってしまう。自分だけはなんとかなりたいと、極端な思想に走りがち。貧困層であればあるほど一攫千金に憧れる。世界全体の1%にも及ばない富裕層に憧れる無謀さ。それは幸せな人生のビジョンが見えていないから。大富豪にならなくとも、幸せな生き方というものはいくらでもある。むしろ大富豪だからといって、必ずしも幸せとは限らない。貧しさは心を荒ませ、判断力を鈍らせる。1か100か、白か黒か、極論ばかりが出てきたら、判断力や思考力が鈍っている現れ。夢に妄信的に向かう野心から離れてみると、重荷が取れて意外と生きやすくなったりする。人生にはささやかな幸せという選択肢もある。

群像劇のこのアニメ。のし上がっていく少年組織のリーダー・オルガと、感情に流されず操縦能力が高い三日月の二人が主人公。オルガはチーマーのリーダーのようなカリスマ性を持ち長身。いつも仲間のことを案じて憂いている。三日月は小柄で、オルガの指示があれば、汚れ仕事であれ自分の命であれ、まったく厭わない野犬のような人物。過酷な環境下でのサバイバーなので、情緒が壊れている。この凶暴な二人がとても魅力的。

アニメは第一期・第二期と分かれている。第一期はお姫様を護衛して、目的の地まで連れていく仕事の話。物語もわかりやすく、彼ら彼女らの旅と同じく、目標が見えている。旅の終わりが物語の終わり。彼らが成り上がっていく話なので、気分がいい。第二期は登り詰めた主人公たちが、ここではないどこかへ行こうともがく目的のない旅路になっている。オルガもこれからどうしようと悩み続けているが、作品のスタッフたちも「さて第二期はどうしよう」と迷走している姿にも伺えてしまう。

登り詰めて力をつけた者が、次に向かうところ。さらに上へと目指すところに、人生の選択肢の罠がある。組む相手が違えば、昨日は英雄と祭り上げられてあても、今日は逆賊にもなりかねない。栄光と没落。物語が後半になるにつれ、どんどん転げ落ちていく登場人物たち。自分は後半になるにつれ、登場人物たちがバタバタと死んでいく滅びの美学がおもろかった。でも放送当時は、その残酷なストーリー展開にショックを受けた視聴者が多かったよう。SNSでは視聴者たちが、制作者たちを責めている様子もみうけられる。

最近のアニメ業界では、若手アニメーターが監督になりたがらないと聞いたことがある。作品が悪評だったとき、SNSで監督の名前を吊し上げて罵詈雑言を浴びせたりすることもあるらしい。本来エンターテイメント作品なので、嫌なら途中で観るのを辞めればいいだけなのだけのこと。どうも自分の思い通りにならないと、怒りが収まらない人もいるらしい。言葉だけで人は殺せてしまうことを忘れている。SNSの言葉の暴力で、才能がありながらも監督にならず引っ込んでしまう人がいたり、内容変更で作品がつまらなくなってしまうのはとても残念。これは現代ならではのエンターテイメント弊害。

『鉄血のオルフェンズ』は、いままでのガンダムシリーズの雰囲気を汲みながら、新しい解釈にも挑戦している。主人公たちが必ずしも正しいわけではないのも魅力。マシーンの操縦がずば抜けてうまい三日月は、リーダーのオルガの指示があれば容赦なく敵を殺す。かえって彼らと戦う相手の方が気の毒になってしまう。三日月たちを迎え撃つ敵たちも魅力的。仁義を通す老兵だったり、名誉を重んじる貴族だったり。戦いの前の口上を述べている途中に、三日月にボコボコにされている敵は、さすがに気の毒だった。それもこれも三日月たちが、愛情を知らずに育ってきたからにすぎない。

ガンダムシリーズでは、好戦的なくせにいじけていたりする主人公が多かった。女の前ではマウントをとりたがるくせに、奥手で卑屈。オタク少年のイヤな部分がそのまま反映されていた。この『鉄血のオルフェンズ』の三日月は、モテても調子にも乗らず、きちんと相手と向き合っている。「子どもが欲しい」なんて言うガンダムの主人公は、かなり新鮮。自分が短命なのを自覚している悲しさ。

敵の中でもイオク・クジャンというキャラクターがかなり気に入った。この人は必ずろくなことをしない。「ここで騒いだら大変なことになる」と言われても、「お前は勲章を独り占めしたいだけだろ」と大騒ぎして、文字通り大変な事態に陥ったりする。敵が無抵抗だったり、降伏してもお構いなし。多勢に無勢で総攻撃かけたりする。自分が卑怯だとは思ってもいない。マシーンの操縦も上手くないので、部下から「前に出ないでください」と言われてる。「私が前に出れば、部下たちの士気が上がる!」と、どんどん最前線へ行ってしまう。部下は護衛しながら戦わなければならない。仕事が増える。それでも人望があって、部下たちが盾になって死んでいったりする。なんでもイオク・クジャンの先代が立派な人物だったらしい。部下たちはその影をイオクに照らし合わせている。嗚呼、世襲問題よ。イオク・クジャンは本当に困った人だ。物語に出てくる分には楽しいキャラクターではあるが、実際にいたら本当にイヤ。声をかけられたら「どうかあっちへ行ってくれ」と祈ってしまう。なんでも放送当時は「日曜日のたわけ」とあだ名がついていたらしい。だけど逆に自分がイオク・クジャンだったら楽しいのではないか。あれだけ能天気でバカだと生きやすそう。まさにお山の大将。

自分の知るガンダムシリーズは、登場人物よりもロボットの方が主役のイメージだった。この『鉄血のオルフェンズ』は、熱い登場人物たちが魅力的に描かれている。死亡フラグが立っていても何事もなかったり、そのくせ意外なキャラクターが突然死んだりする。ショッキングな展開もあってフェイントを喰らわせられる。ガンダムは最終回に登場人物全員死んだりする極端な展開の作品もあった。この『鉄血のオルフェンズ』は、登場人物たちにそれぞれの結末があるのがとても良かった。そういえばあの人どうなったっけという人は皆無。みんな最終回までには納得できるそれぞれの結末を迎えていく。たとえ好きなキャラクターが死んでしまっても、この最期なら納得して許せてしまう。暗い話なのに後味がいいという不思議なアニメだった。

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