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『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』 それは子どもの頃から決まってる

公開日: : ドラマ, 映画:ア行, 映画館

岩井俊二監督の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を久しぶりに観た。この映画のパロディCMがあったのがきっかけ。こんな地味な映画のパロディをやって、どれくらいの人が気がつくのだろう。内輪受けのアイデアにほんのり痛みを感じる。『打ち上げ花火』は何度も観ている作品。十数年ぶりに観る。前回観たときは、自分はまだ独身。親になってからこの映画を観直すと、驚くほど視点が変わっている。びっくりだ。

この映画は当初はテレビドラマの短編として制作されていたらしい。岩井俊二監督の長編映画第一作『Love Letter』の大ヒットで、過去作である『打ち上げ花火』を、映画用にアップグレードして公開したもの。ちょっとイベントっぽい、マニアックな上映のされ方だった。伊勢丹メンズ館の近くにあるミニシアター『テアトル新宿』での公開。岩井俊二監督のもう一本の中編で、豊川悦司さん山口智子さん出演の『Undo』との併映だった。劇場は自分のような、にわかに岩井俊二監督のファンになった当時の若者たちで満員御礼。あの頃岩井俊二作品に夢中になった人たちは、今どうしているのだろう。

岩井俊二監督の映画は、その後どんどんムーブメントとなっていく。今までの日本映画の泥臭い雰囲気を覆して、ヨーロッパ映画のような雰囲気の演出をしていたのが斬新だった。岩井俊二映画はオシャレな映画となり、ファッション的にもとりあげられるようになっていった。今ではこの岩井俊二監督の演出スタイルは、日本映画のスタンダードになっている。どれもこれも岩井俊二テイスト。日本の失われた30年は、映像表現にも表れている。オマージュを通り越して、模倣に次ぐ模倣。日本の青春映画のイメージといえばコレみたいな感じ。この30年間、新しい表現が認められなかったことにもなる。ものすごく良い言い方をすれば、セルジオ・レオーネのセピア色の画面作りが、アメリカ禁酒法時代のイメージみたいになったかのような感じ? ……もちろん皮肉にしかならない。

映画『打ち上げ花火』を観ていたら、子どもたちから、そのリメイク版のアニメの方なら知っていると言われた。そういえば一時期、昔の日本の青春映画をアニメ化するのが流行っていた。SFでもないファンタジーでもない作品世界観を、わざわざアニメで表現することの意味は、自分にはよくわからない。今の若い子たちからすれば、現実とファンタジーの垣根は低いのかもしれない。アニメ版の主題歌が米津玄師さんだよと、子どもに教えてもらう。そういえば予告編で聴いた主題歌は良かったっけ。

その後の多くの日本映画に影響を与えた岩井俊二作品。この『打ち上げ花火』だって、『ドラえもん』やスティーヴン・キング原作の『スタンド・バイ・ミー』、ペニー・ワイズが出てくる『IT』を大いにオマージュしている。登場人物の特徴がそれらの作品から引用されている。過去のサブカルチャー作品を紐解く時には、その時代背景も想像すると、さらに楽しめる。岩井俊二監督の演出スタイルは、当時は新しくとも、今観ると凡庸。それは後続する似たような作品が、あまりに多すぎるから。この映画が初めて出てきたときのインパクトに思いを馳せる。そしてその後の日本映画が、どうしてほとんど岩井俊二っぽくなってしまったのか考えてみる。しみじみする。

『打ち上げ花火』は小学生高学年の生徒たちが主人公。当時14歳だった奥菜恵さんが、小学生のなずなを演じる。小学生高学年のころは、男子よりも女子の方が、精神的にも身体的にも早く大人になる。男子からすれば、なずなはクラスいちばんの美人さん。みんなからの憧れの的。なずなは両親の離婚をきっかけに、この夏休みの間に転校することとなる。孤立しているなずなは、誰に相談する訳でもなく、周りの男子たちを振り回す。このなずなという人のいちばんの問題は、困ったときに相談できる同性の友だちがいないこと。見た目が綺麗だから、男子たちからの注目は浴びているけれど、所詮それはルッキズム。彼女の内面的性格は、誰も見ていない。彼女の見た目に寄り付くどうしようもない男子たちしか、話し相手がいないという問題点。闇は深い。

容姿が綺麗な人は、周りからちやほやされがちだが、本人にとっては不本意な人間関係ばかりが増えてくる。どこへ行っても、容姿の魅力で人が寄ってくる。誰が自分にとって本当に良い人なのかわからなくなってくる。そのうち相手とトラブルにならないように、距離を保つテクニックばかりが上達していってしまう。人間関係はなかなかめんどくさい。

またはこの映画を男子を持つ親の視点で観てしまうと、それはそれで印象が変わってくる。どうか美人なんかに振り回されないでと心配してしまう。なずなはフィクションだからこそ成立する存在。山で遭難した旅人が、狐や雪女に取り憑かれるという昔話はよくある。その女妖怪たちは、たいてい美人。命からがら縋った相手が美人なら、男は判断力をなくしてしまう。その美は、破滅への直行便。そもそもなずなみたいな女の子は、現実に存在するのだろうか。

マンガ『ドラえもん』に登場するキャラクターで、精神分析の特徴に当てはめることがある。精神疾患の特性と言ってもいい。のび太は自己肯定感の低い、万年鬱みたいなタイプ。スネ夫は保身のためなら、忖度や仲間を売ることもできてしまうサイコパスタイプ。ジャイアンは横暴な恐怖政治で周りを黙らせている、上司に絶対持ちたくないタイプ。そして問題ななそうなしずかちゃん。彼女は、成績優秀で美人だが、不思議なことに同性の友だちがいない。ダメンズなのび太たちといつもつるんでいる。少年マンガゆえの、男の子だけの願望の女の子像。しずかちゃんが、異常なまでの風呂好きという潔癖症も病を感じさせる。ただ少年マンガで女の子の入浴場面を描きたかっただけの作り手の動機に、新たな意味が生まれてくる。男子の憧れのステレオタイプの病理性。

「私は母親とおなじで、男を見る目がない」となずなは言う。なずなはすでに男たちを翻弄している。この映画の中にある切ない孤独感は、周りが生み出したものではなく、なずな自身でつくりだしているもの。なずなも魔性の女の道を着実に歩んでいる。

岩井俊二作品に登場する少女たちは、みなこれでもかと言うほど可憐で可愛らしい。当時可憐な少女を演じた俳優たちも、大人になり親になる年齢に達している。劇中で少女マンガみたいに可愛かった少女たちののちの人生を見ると、かなりたくましい女性だったのだとわかる。彼女たちは、役者として岩井俊二監督の世界観に合わせていただけにすぎない。男子の夢は崩れる。

そういえば岩井俊二監督と新海誠監督がオーディションをすると、若い俳優は大抵同じ人を選んでしまうらしい。その時代でもっとも乙女な若手俳優は限られている。乙女おじさん監督の審美眼はブレてない。幻想をいつまでも追い求めていたい。そこにも拗らせの病。適度な現実逃避なら、心の安定には必要でもある。

30年前のこの作品。さぞかし歴史を感じさせらるかと思いきや、そうでもなかったのが衝撃的。古さを感じるのは、作品の画面が昔のテレビサイズだったり、劇中の家電が古かったりするくらい。バッシュ、流行った流行った。劇中の子どもたちは『スラムダンク』の話をしている。でも今もそれ、新作作られているし。あまりにも何も変わらなすぎる。悲しいかな失われた30年はサブカルにも直結している。日本がもしあの30年前に、素直に不景気を認めて対策していれば、もっと明るい今があったのかもしれない。

30年という年月は、ひと世代まるまる交代させる時間。こうして振り返ると、鳶が鷹になるはずもないことがよくわかる。すごい人は子どもの頃からすごいし、その逆も当然然り。ただ、早いうちにウィークポイントに自身で気づいて、強制的に進路変更したような人は、以前では予想もしなかったような人生を送ったりもしている。タイムリープもので、過去をやり直して未来を変えるようなもの。未来はちゃんと計画をして生きれば変えられる。過ぎ去って取り返しのつかないことの後悔は山ほどある。人生100年時代に突入したとのこと。今後もし長生きしてしまうのなら、これからの生き方も考えていかなければならない。30年なんてあっという間。『打ち上げ花火』を観たのも昨日のように覚えている。恐ろしい時間体感。

あの頃は夏祭りが終われば、夏休みと夏が終わるイメージだった。今は地球温暖化が進んで、9月いっぱいは夏が終わらない。むしろ「早く終われ、夏」と言ったところ。過ぎ去る夏が寂しく感じられなくなってしまった現代では、この映画の趣きも半減してしまう。気候の変化で時の流れを感じるとは、これもまた味気ない話でもある。

 

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