『サタンタンゴ』 観客もそそのかす商業芸術の実験

今年2025年のノーベル文化賞をクラスナホルカイ・ラースローが獲得した。クラスナホルカイ・ラースローとは、日本ではあまり馴染みのない作家さん。著作を調べてみると、邦訳されている作品はほとんどない。唯一の和訳作品は『北は山、南は湖、西は道、東は川』という、京都を舞台にした作品がある。この本も現在日本では絶版で、国内では入手困難とのこと。調べてみると、地元の図書館にも在庫はなかった。
クラスナホルカイ・ラースロー、なんともややこしい名前。クラスナホルカイ・ラースロー、はたしてどちらが姓でどちらが名なのか。クラスナホルカイ・ラースロー、その人はハンガリー人。クラスナホルカイという名前、ハンガリー人でも呼びづらそう。クラスナホルカイ、もしそれが名前だったら、親もかなりの偏屈な感じがしてくる。友人だったら彼のことをカイと呼ぶだろう。けれども意図的にクラスナホルカイと名付けた親ならば、あえて略さずクラスナホルカイと呼び続けることだろう。
ハンガリーは姓名の順番は日本と同じ。姓が先で名があと。残念なことにクラスナホルカイはファミリーネームで、ラースローが名前。ラースローさんと、なんとも呼びやすい名前だった。クラスナホルカイ・ラースローの両親が、我が子にクラスナホルカイと名付けたとき、慣例や習慣にとらわれない息子に育って欲しいと願いを込めたのではないかと、妄想も膨らんでいた。ラースロー、案外普通の名前だったので、ちょっとがっかりしてしまった。それくらいクラスナホルカイ・ラースローの印象が小難しい人というものに固まってきていた。
クラスナホルカイ・ラースローの作品『Herscht 07769』は、最初から最後までピリオドがない小説とのこと。最初から最後まで、止まることのない一文で書かれている。読者はどこで本を閉じたらいいのかわからなくなってしまう。読み始めたら、読者の意思ではやめさせまいと、呪いのような作者の意図が伺える。あらすじはドイツが舞台の極右思想が絡んだ市井の人の物語とのこと。シンプルな物語を複雑な表現で描いていく。『Herscht 07769』は英訳もされているらしいが、日本語は世界的にもかなり特殊な言語なので、邦訳版がつくられることはかなり難しそう。なんでもハンガリー語は、文章の句読点を省いても読めなくはないとのこと。それを英訳するのも大変だったらしい。ますます邦訳が難しい作家性なのだろう。
クラスナホルカイ・ラースローの作品は、タル・ベーラ監督によって数作映像化されている。タル・ベーラ作品では常にクラスナホルカイ・ラースローとの共同脚本がされている。タル・ベーラ監督の映画は日本でも公開されている。日本でクラスナホルカイ・ラースローの作品に触れるには、タル・ベーラ作品を観ることが最短の近道らしい。
タル・ベーラ監督の代表作『サタンタンゴ』。日本では1994年に東京国際映画祭で初上映されて、2019年には4Kレストア版がイメージフォーラムで上映されている。この度のクラスナホルカイ・ラースローのノーベル賞受賞を記念して、10月には渋谷のイメージフォーラムで受賞記念の特集上映がされていた。タル・ベーラ作品に触れるには、最も有名な『サタンタンゴ』から観ていくのが良さそうだ。けれどもこの作品が有名なのは、上映時間が7時間20分という異常な長尺さのせいもある。この長い映画を観るには覚悟がいる。
イメージフォーラムの上映では13時スタートで、上映終了時間は21時となっている。映画鑑賞のトライアスロンといったところ。遊びというより、人生をかけた大仕事と言ってもいい。人は座りっぱなしでいると寿命が縮む。近年の働き方改革では、デスクワークを1時間以上とる場合は、意識してこまめに休養をとることを義務付けられている。『サタンタンゴ』の劇場での鑑賞は、明らかに命懸けの挑戦となってくる。
幸い『サタンタンゴ』は、配信もされており、自宅で細切れに鑑賞することもできる。映画は映画館で観てなんぼではあるが、とりあえず命の危険とは背に腹はかえられない。映画『サタンタンゴ』は、上映途中休憩が2回ある。それでも続けて観るのは非常にハードルが高い。本編も数章に分かれているので、小説を読むかのようにちびちび観ていくことにした。
『サタンタンゴ』は上映時間が長いのも特徴だが、ワンカットの長回し演出も有名。単純に長回しショットの連続なら退屈になってしまうが、この映画のワンショットは、練りに練り込んだカットの連続。どこまでが段取りで、どこまでが偶然なのかわからない。もし演出に偶然が作用したのなら、ちょっと神がかっている。キャストもドキュメンタリーみたいにホンモノっぽい人を集めている。あまり名前を呼び合う場面がないので、最初のうちは誰が誰だかわからない。でも7時間も付き合っていれば登場人物の顔も憶えてしまう。物語はきっとシンプルなのだろう。でも映画はドラマチックな方向をあえて避けている。物語の隙間や隅っこへどんどん導いていく。映画が非日常を楽しませてくれるものだと思い込んでいる観客に向かって、アクションではなく作中の世界観の空気を感じとれとばかりに派手さを避ける。時計の音がしてる。雨が降ってる。風が吹いてる。ゴミがぶつかってくる。人が道を歩いていく。遠くなっていく姿をずっと見る。歴史に残る出来事だって、日常の積み重ねで起こる。物語があるはずなのに、物語が起こらない。いや、もう物語の中にいる。映画の世界を追体験させられている不思議体験。映画館でヘトヘトになってこの映画を観るのも、人生変えてしまうほどの異様な体験だろう。映画館の上映中の雰囲気も想像してみる。
『サタンタンゴ』の舞台になるのは、ある貧しい村。村人たちの一年の稼ぎを、誰が独り占めするかと悪巧みが個々の頭をよぎる。ある日、死んだはずのイリミアーシュが帰ってくる。そして新しい農場をつくるからと、儲け話を村人たちにけしかける。村人たちの弱みにつけ込んで説教をする。農場への参加権は村人たちの一年の稼ぎを担保を必要とする。どう考えても詐欺でしかない。それでも村人たちはその提案にまんまと乗ってしまう。人は貧しすぎると判断がおかしくなる。話を持ちかけるイリミアーシュが、超イケメンと言うのもリアル。カリスマ性がある人物が胡散臭い話を持ちかけても、なんだかありがたい話に聞こえてしまう。イリミアーシュを演じるのは、ビーグ・ミハーイという人。ハンガリーのミュージシャンでもあり、『サタンタンゴ』の劇伴も担当している。この作品には、彼の存在感があってはじめて成立するところもある。
『サタンタンゴ』の作中には猫をいじめる場面がある。とても怖かった。長回しで撮影されているのだから、本当に猫をいじめているのだろう。つらい。動物愛護団体が黙っちゃいない。猫が殺される場面は、なんだか麻酔を打たれて眠るようだった。そうであって欲しい。本当か嘘かはわからないが、その猫は撮影後、タル・ベーラ監督が飼ったとのこと。それが本当であって欲しい。
作者のクラスナホルカイ・ラースローにしても、監督のタル・ベーラにしても、現状の商業作品に疑問を抱いているのがよくわかる。クラスナホルカイという名前がややこしいのも、意図的に呼びづらい名前を名乗っているのかも知れない。作中で騙された村人たちは、村での生活よりもさらに過酷な旅を強要される。やっとの思いで辿り着いた目的地も廃墟。さらに旅を続けろと、トラックの荷台に雨ざらしで運ばれる。苦行の連続。発起人のイリミアーシュは、運転席に座って、雨に降られることはない。
ちょっと待って。この村人たちの姿は、今この映画を観ている我々観客と被ってくるぞ。『サタンタンゴ』というハンガリーの珍しい映画を観ているだけなのに、おかしな気分になってきた。日本での映画公開当時の1990年代は、ミニシアターブーム。難しい映画をわけもわからず多くの人が有り難がって観ていた。それもなんだかおかしい。高尚な作品を観ているようだが、7時間越えの映画など、苦行以外のなにものでもない。この映画を観ることによってはたして何か得るものはあるのだろうか。ずっと座っているから、確実に寿命も縮まってしまった。もう取り返しがつかない。どうしよう。
ふとグリム兄弟の『ハーメルンの笛吹き男』の童話を思い出す。我々観客は、タル・ベーラ監督という笛吹き男の笛の音に乗せられて、故郷からさらわれてしまった。それも商業芸術という罠に乗せられて。この超長尺映画は、実験的な作品なのは最初からわかっている。でもまさかこれを観に来る観客の存在までもが実験対象だとは思いもしなかった。ハーメルンの笛吹き男にさらわれた子どもたちが、あの童話の後どうなったかは語られていない。それは『サタンタンゴ』を観てしまった我々が、これから身をもって語っていくことなのかも知れない。こんな悪魔的な作風に意気投合して、何本も映画をつくっていったタル・ベーラ監督とクラスナホルカイ・ラースローの悪趣味ったらありゃしない。まんまと手の内で踊らされてしまった。でもなぜか騙されているのに楽しい。それが映画というものなのだろうか。まったくややこしい。
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