宿命も、運命も、優しく包み込む『夕凪の街 桜の国』
広島の原爆がテーマのマンガ。
こうの史代氏著『夕凪の街 桜の国』。
戦争や原爆をテーマにすると
どぎつい絵柄を想像しがちだが、
この作品のタッチは優しい。
終戦の傷跡の残る時代から現代まで、
三世代に渡る壮大な構想。
こうの史代さんは自分と同世代。
戦争を知らない世代が、
戦争に真摯に向き合います。
作品は原爆症に苦しむ人々を描き、
原爆スラムに住む差別も描いている。
被爆者に対する差別は
当時ものすごくあったと聞きます。
自分にも遠縁に被爆者の方がいたそうです。
会った事もない方です。
その方は自分が被爆者である事を秘密にし、
死ぬまで被爆者手帳も隠していたそうです。
原爆症で体がつらく、
寝たきりで働けなかったそうです。
近所から「怠け者」と
悪く言われていたそうです。
それでも被爆者の差別を受けるより
マシだったということです。
このマンガは、
こういった差別もきちんと触れています。
素晴らしいのは、声高に扇動したり、
過激な描写に走っていない事です。
この作品は映画化もされました。
映画版、同じ物語なのですが、
どうも好きになれません。
映画版は原爆症で死んで行く
登場人物たちを同情的に描き、
お涙頂戴のメロドラマに
成り下がってしまっています。
被爆者差別の要素も薄まっています。
映画版はどう死んで行ったかを
描くかわいそうな物語。
原作は逆境の中どう生きて行ったかを
描く希望の物語。
同じ物語なのにテーマがすり替わっている。
現代の主人公が、
もうこの世にいない母を想い、
「私は確実にこの人たちを
選んで生まれてきた」
自分のルーツを誇る場面は、優しく力強い。
人生、長生きすれば良いような
風潮があるけれど、
もっと大切な事があると
感じさせる作品です。
関連記事
-
-
『銀河鉄道の夜』デザインセンスは笑いのセンス
自分の子どもたちには、ある程度児童文学の常識的な知識は持っていて欲しい。マンガばかり読んでい
-
-
『火花』又吉直樹の飄々とした才能
お笑いコンビ・ピースの又吉直樹さんの処女小説『火花』が芥川賞を受賞しました。おめ
-
-
『ブリジット・ジョーンズの日記』 女性が生きづらい世の中で
日本の都会でマナーが悪いワーストワンは ついこの間まではおじさんがダントツでしたが、 最
-
-
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』 問題を乗り越えるテクニック
映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』は、日本公開当時に劇場で観た。アメリカの91
-
-
『ハリー・ポッター』貧困と差別社会を生き抜いて
映画版『ハリー・ポッター』シリーズが日テレの金曜の夜の枠で連続放送されるのがすっかり恒例にな
-
-
『SHOGUN 将軍』 アイデンティティを超えていけ
それとなしにチラッと観てしまったドラマ『将軍』。思いのほか面白くて困っている。ディズニープラ
-
-
『海街diary』男性向け女性映画?
日本映画で人気の若い女優さんを4人も主役に揃えた作品。全然似てないキャスティングの4人姉妹の話を是枝
-
-
『アンという名の少女』 戦慄の赤毛のアン
NetflixとカナダCBCで制作されたドラマシリーズ『アンという名の少女』が、NHKで放送
-
-
『コクリコ坂から』 横浜はファンタジーの入口
横浜、とても魅力的な場所。都心からも交通が便利で、横浜駅はともかく桜木町へでてしまえば、開放
-
-
『太陽がいっぱい』 付き合う相手に気をつけろ
アラン・ドロンが亡くなった。訃報の数日前、『太陽がいっぱい』を観たばかりだった。観るきっかけは、
