『イレイザーヘッド』 狂気は日常のすぐそばに
公開日:
:
最終更新日:2021/05/26
映画:ア行
渋谷のシネマライズが閉館した。自分が10代の頃からあしげく通っていた映画館。そういえば最近、行ってなかったな~と思っていた矢先の閉館だった。自分は子どもができてから映画をあまり観れなくなったこともあるけど、ミニシアター系の個性的な作品も、結構近所のシネコンでもやっていたりする。そんな上映環境の変化もあるだろう。だって、シネマライズの最近の公開作も自分はどこかで観ている。作品の選択の趣味はブレてないことがわかる。映画館のありかたのひとつの時代が終わったのでしょう。
『ツインピークス』の新作も準備中のデビッド・リンチの長編処女作『イレイザーヘッド』。この作品もシネマライズのラインナップに載っていたので、たぶん自分もシネマライズで観ている。このシネマライズ公開の『イレイザーヘッド』は『完全版』と冠がついている。いまブルーレイなどのソフト化されているのは、このバージョンだろう。『ツインピークス』のヒットで、すっかりメジャーになったデビッド・リンチ監督の原点を見直そうと、音響などブラッシュアップした公開だったと思う。オリジナル版と編集が微妙に違う。観てる方がツッコミ入れたくなるような、生理的にちょっとしっくりいかないタイミングのヘンな間が増えた。耳障りなノイズ音も強調されている。あえてみづらくなるようなヘタウマ度を高めて『完全版』とうたうデビッド・リンチの、いい意味でのヘンタイぶりがうかがえる。
暗い工場勤めの主人公が、ガールフレンドとの間に生まれた奇形児に悩まされ、ボーッとラジエーターを眺めていたら、そこには楽しい世界が広がってて、惹き込まれていって消しゴムアタマになっちゃうという話。
初見のとき10代だった自分は、この一見奇想天外に思える映画に「トンがっててカッコいい!」と感じたものです。演出や編集もあえてズレた手段を選んでいるので、クレイジーな映画だとばかり思っていました。当時もカルトムービーと呼ばれ、マニアックな作品として扱われていました。でも自分も子どもを持つと、この映画はちっともトンがっていないとわかるようになったのです。子どもは新生児の頃は、正直言って決してかわいいとは思えないのです。奇妙なだけの存在。赤ちゃんを無条件にかわいいと思えない自分は、鬼じゃないかと心配になったくらい。後にパパ友から同じような話を聞いて、自分だけじゃなかったんだと、ホッとしたものです。ミーミー夜中じゅう泣いている赤ん坊のせいで慢性的に不眠になる。責任ばかりがのしかかる。この主人公のようにつまらなそうな仕事をしていれば、もう自分の人生は終わったなと思えてしまう。夢も希望もなくなっちゃうのです。完全に鬱状態。いままで自分のことだけ考えていればよかったのに、自分のことは後回しにしなければならないというストレス。そりゃあラジエーターの中に幻覚も見ちゃう。子どもができるということはハッピーと裏腹に、辛いことがあまりに多過ぎるのです。そんなメタファーが『イレイザーヘッド』には満載。
幼児虐待のニュースをよく聞きます。コメンテーターやらネットの反応で、虐待をした親を責めているのを見るたびに思う。この人は育児をしていないのだな~と。実は育児はかなり命がけ。核家族化が進んだ現代日本では、育児に協力してくれる親や親戚が近くにいたら、かなりラッキー。ほとんどの新米夫婦が、手さぐりで得体の知れない『赤ちゃん』という生き物と対峙していかなければならない。父親は前よりも仕事に頑張らなければならなくなるし、母親は日中は赤ちゃんと二人きり。かなり孤独な闘いだ。追い詰められての虐待も、紙一重の理性でとどめているようなもの。自分も子どもが生まれたとき、嬉しさよりも不安定な感情ばかりの記憶しかない。この『イレイザーヘッド』の世界観は、子どもが生まれたばかりの頃の自分の心象風景のイメージとかなり合致する。
デビッド・リンチは狂気の作家と思っていたけど、そうなるとものすごく普遍的なテーマを扱う監督さんだということになる。むしろ狂気というのは、飛び越えた向こうの世界のことではなく、日常の片すみに潜んでいて、知らない間に取り込まれたりしているものなんだと。狂気とも仲良く共生して、上手にコントロールしなさいよと。デビッド・リンチはその『日常の中にある狂気』に警鐘していたのかもしれない。イマジネーション豊かに思えたリンチワールドは、案外道理にかなったことを語っていたりする。結局、「事実は小説よりも奇なり」ということなのでしょう。
突拍子もない世界観でないからこそ、リンチワールドが、後に一般的にも受け入れられていったのでしょう。人生経験を重ねると、映画の見え方も変わるもの。年をとるのも悪くない。
関連記事
-
モラトリアム中年の悲哀喜劇『俺はまだ本気出してないだけ』
『俺はまだ本気出してないだけ』とは 何とも悲しいタイトルの映画。 42歳
-
『1917 命をかけた伝令』 戦争映画は平和だからこそ観れる
コロナ禍の影響で『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開が当初の予定から約一年後の4月に一
-
『ALWAYS 三丁目の夕日』美化された過去の日本
映画『寄生獣』も公開された山崎貴監督の出世作。 CG畑出身の山崎監督が撮る
-
夢は必ず叶う!!『THE WINDS OF GOD』
俳優の今井雅之さんが5月28日に亡くなりました。 ご自身の作演出主演のライ
-
『アトミック・ブロンド』時代の転機をどう乗り越えるか
シャーリーズ・セロン主演のスパイ・アクション映画『アトミック・ブロンド』。映画の舞台は東西ベルリンの
-
『映像研には手を出すな!』好きなことだけしてたい夢
NHKの深夜アニメ『映像研には手を出すな!』をなぜか観始めてしまった。 実のところなん
-
『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』夢を現実にした最低で最高の男
芸能界は怖いところだよ。よく聞く言葉。 本書は『宇宙戦艦ヤマト』のプロデューサーで、実質的な生みの
-
『イニシェリン島の精霊』 人間関係の適切な距離感とは?
『イニシェリン島の精霊』という映画が、自分のSNSで話題になっていた。中年男性の友人同士、突
-
『アイ・イン・ザ・スカイ』 ザ・抑止力エンターテイメント
戦争映画はプロパガンダと紙一重。反戦を謳っている作品と、勇ましい好戦的な作品と一緒くた。そん
-
『おさるのジョージ』嗚呼、黄色い帽子のおじさん……。
もうすぐ3歳になろうとするウチの息子は イヤイヤ期真っ最中。 なにをするにも
- PREV
- 『あさが来た』 はるがきた⁉︎
- NEXT
- 『神風』ベッソン発SF映画は紛らわしいタイトル