*

『インクレディブル・ファミリー』ウェルメイドのネクスト・ステージへ

公開日: : 最終更新日:2020/03/10 アニメ, 映画:ア行

ピクサー作品にハズレは少ない。新作が出てくるたび、「また面白いんだろうな〜」と期待のハードルをかなり高くしていてもほとんど影響はない。これはブランドとしての企業努力の賜物。マーケットリサーチや、社会時事ネタなど、さまざまな問題意識が高くないとこのクオリティは維持できない。

『インクレディブル・ファミリー』は、前作『Mr.インクレディブル』から14年経っての続編。子どもが大人になる充分すぎる年月の経過。Mr.インクレディブルの成長した子どもたちの姿が観れるのかと思いきや、映画は前作のラストシーンから始まる。家族持ちのスーパーヒーローでまだまだ描いていないネタが多すぎる。それに触れない手はない。

今でこそハリウッドの大作映画といえば、スーパーヒーローものばかりになってしまったが、『Mr.インクレディブル』はまさにその走り。前作と続編の間に、ポップカルチャーの流行りの変遷を実感する。まさに満を持しての続編だろう。

ちなみに『インクレディブル・ファミリー』の原題は『Incredibles 2』。パート2の冠をつけないのは、続編だと思われると客足が遠のくと、日本の配給会社が思い込んでいるかららしい。日本人が映画を観る習慣がないのは、仕事で忙しすぎたり、映画館のチケット代が異常に高いからに過ぎない。邦題の問題ではなく、社会状況や経済状況の問題。

前作から14年も経つと、さすがにCG技術も格段に向上している。かなりショッキング。技術というと堅苦しい職人技的な響きだが、今回いちばんグレードアップしたのは、キャラクターたちの表情の豊かさ。細かい芝居が楽しい。その職業の人がとる独特の仕草や、その年代だからこその動き。キャラクター・デザインの見た目だけにとどまることなく、「この人」だからこそ「この動き」をする個性の説得力が増した。

身近な誰かを想像させてくれる楽しさ。イジワルなセンス。作品のコメディ要素としてとても重要。だからこそピクサーは、子どもから大人までに受け入れられる作品が、次から次へと生まれてくるのだろう。

今回の『インクレディブル・ファミリー』は、テーマがてんこ盛り。女性の社会進出の弊害から、育児家事の大変さ。イクメン、専業主夫……。スーパー能力をひた隠して生きているさまは、LGBTや発達障害に悩んでいる人たちの姿と重なる。メディアやポップカルチャーに現実逃避することへの警鐘もある。もう現代人の問題をあれもこれも詰め込んでいる。その人の立場によって、この映画の印象は大きく変わりそう。

子どもの勉強をみてあげようとしたら、算数の計算法が、自分たちが教わっていた頃と違うものになっていてわからない! 勝手に計算法、変えんなよ!パパママあるあるネタ。

今回子どもたちと一緒だったので、吹替版で観た。前作から14年経っての新作なので、さすがに続投の声優さんの声も変わってる。コスチューム・デザイナーのエドナ役の声優さんの声も歳をとった。あれ、そういえばオリジナルのエドナの声は、監督のブラッド・バードが自らあててたっけ。おいしいところをよくご存知。

エドナって本国アメリカでは結構人気のキャラクター。日本人は見た目の可愛さばかりに気を引かれすぎで、エドナに興味がわかない。国内ではこのキャラクターの商品はほとんどみかけない。エドナのモデルは、コシノ・ジュンコ。同じ日本人からすれば、エドナみたいなキャラクターは身近すぎるし、ともするとバカにされてるみたいで、コンプレックスを刺激されちゃうのかも。

ブルーレイの特典映像に、メイキングがついていた。監督のブラッド・バード様様の礼賛動画に仕上がっていた。アメリカ人は、同僚やチームメイトを褒めちぎる性質がある。不平不満があったとしても、外面ではうまくいっているような美談を語る。映画のメイキングなんて最たるもの。「メイキング」という名のフィクション。

たとえ天才的な才能の持ち主が存在しても、必ずしもその人物が人格者とは限らない。ポップカルチャーによくありがちなのは、監督やら作者などの著名人を勝手に神格化して盛ってしまうこと。そう演出することでファンは喜ぶかも知れないが、やはり作り手も同じ人間。特出した才能の持ち主は、得てして凡人ができる普通のことができずに悩んでいたりする。彼も人なり我も人なりと想像力を運んでいった方が、人生に活かせそう。日頃ファンだったアーティストが、突然スキャンダルを起こしても、裏切られたと嘆く必要もなくなる。

自分も身内に著名人がいるのでよくわかるが、ネットやメイキングの情報なんていい加減なもの。本人がやっていない仕事や、言ってもいないことを「明言」として伝説化されてしまうこともある。それは書き手が間違えて書いてしまった場合もあるが、話題性やPVを稼ぐために、故意に捏造したりする悪質なものもある。そうなるとフェイクニュースだ。

世の中にはネットや書籍に書いてあることは鵜呑みににするのに、当事者が「それは誤報で、事実無根だ」と言っても信じない人が案外いる。とても不思議だ。本人が「違う」と言っているのに、最初に読んだ、どこの誰だかわからない人が書いた情報の方を信じて疑わない。たとえフェイクニュースでも、最初に入ってきた情報を「真実」としたがり、更新改定しようとしない。そういう習慣がある人は、自身の過ちを謝ることもないから、自然と信用をなくしていく。ちょっとした病気だ。

劇中での悪役・スクリーンスレイヴァーの画面に操られて腑抜けになっている人々。これが現実世界で、スマホ中毒になってその情報に流され、判断力を失っている人々の姿と重なる。情報過多な現代だからこそ、自分で考えて判断していくことが試される。

考えることは面倒だけど、そうすることがいちばんの幸せな人生への近道だと思われるてならない。

関連記事

『レディ・プレイヤー1』やり残しの多い賢者

御歳71歳になるスティーブン・スピルバーグ監督の最新作『レディ・プレイヤー1』は、日本公開時

記事を読む

『DUNE デューン 砂の惑星』 時流を超えたオシャレなオタク映画

コロナ禍で何度も公開延期になっていたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF超大作『DUNE』がやっと

記事を読む

『マッドマックス フュリオサ』 深入りしない関係

自分は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が大好きだ。『マッドマックス フュリオサ』は、そ

記事を読む

『ホットスポット』 特殊能力、だから何?

2025年1月、自分のSNSがテレビドラマ『ホットスポット』で沸いていた。自分は最近ではほと

記事を読む

『俺の家の話』 普通って何なの?

現在放送中の『俺の家の話』がおもしろい。脚本がクドカンこと宮藤官九郎さんで、主演は長瀬智也さ

記事を読む

『天気の子』 祝福されない子どもたち

実は自分は晴れ男。大事な用事がある日は、たいてい晴れる。天気予報が雨だとしても、自分が外出し

記事を読む

no image

『her』ネットに繋がっている時間、私の人生は停まっている

スパイク・ジョーンズ監督作品『her/世界でひとつの彼女』は、本格的なSF作品としてとても興味深い。

記事を読む

『LAZARUS ラザロ』 The 外資系国産アニメ

この数年自分は、SNSでエンタメ情報を得ることが多くなってきた。自分は基本的に洋画が好き。日

記事を読む

『プリキュアシリーズ』 女児たちが憧れる厨二

この『プリキュアシリーズ』 今年は10周年との事。 ウチの幼稚園の娘も大好きで、 何度

記事を読む

『千と千尋の神隠し』子どもが主役だけど、実は大人向け

言わずもがなスタジオジブリの代表作。 フランスのカンヌ映画祭や アメリカのアカデミー賞も

記事を読む

『僕らの世界が交わるまで』 自分の正しいは誰のもの

SNSで話題になっていた『僕らの世界が交わるまで』。ハートウォ

『アフリカン・カンフー・ナチス』 世界を股にかけた厨二病

2025年の今年は第二次世界大戦から終戦80周年で節目の年。そ

『トクサツガガガ』 みんなで普通の人のフリをする

ずっと気になっていたNHKドラマ『トクサツガガガ』を観た。今や

『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』 黒歴史を乗り越えて

カナダ映画の『アイ・ライク・ムービーズ』がSNSで話題になって

『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』 映画鑑賞という祭り

アニメ版の『鬼滅の刃』がやっと最終段階に入ってきた。コロナ禍の

→もっと見る

PAGE TOP ↑