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『シン・エヴァンゲリオン劇場版』 自分のことだけ考えてちゃダメですね

公開日: : アニメ, 映画:ア行, 映画:サ行, 映画館,

※このブログはネタバレを含みます。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの四作目で完結編の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。自分は、賛否両論に分かれた三作目『ヱヴァンゲリヲン:Q』も傑作だと思っている。だから新劇場版は回を重ねるほど面白くなっていることになる。果たして、広げまくった風呂敷を畳むことができるのだろうか。はたまた、また訳の分からない展開になって、ただただ観客を混乱させるのか。期待と不安がつのる。なんともエヴァらしい。

コロナ禍で何度も公開が延期になった『シン・エヴァンゲリオン』。前作から9年も過ぎている。もう未完のまま伝説の作品になってしまうのかもと思った。それも悪くない。自然消滅してしまっても、それはそれでエヴァらしい。

新劇場版の第一作目『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』が公開されたのは2007年。奇しくも完結まで14年かかっている。14年。中学2年生の年齢。エヴァの作中でキーになる年号。厨二病の語源。空想の中で生きる幼稚性を意味する。少年は大人に、青年はおじさんになるには充分な時間だ。

コロナ禍の緊急事態宣言の合間を縫って、この『シン・エヴァ』が公開された。自分はエヴァンゲリオン全作品を劇場で観ていたので、是非とも映画館で観たい。でもコロナは怖い。さらに怖いのは、オタク系映画にありがちな、個性的な観客に出くわして、嫌な思いをしてしまうこと。まあそのスリルもエヴァらしい。

自分はすぐ満席になりそうなIMAXや4DX上映はそもそも避けた。それらの特別興行は、高額すぎて、なかなか触手が伸びないのも正直なところ。通常上映を迷わずチョイス。場内でも人の少なそうな、端っこの真ん中くらいの席をコソコソと予約。当初危惧した個性的なお客さんは、どうやら見かけなかった。大学生やら中年カップルやら、客層は広い。エヴァンゲリオンの認知度の広さを感じる。

去年大ヒットした『鬼滅の刃』は、鑑賞に12歳未満は保護者の指導が必要な、PG12指定だった。『シン・エヴァンゲリオン』は、誰もが観られるG指定。でも自分は、『鬼滅の刃』より『シン・エヴァ』の方が、ショッキングな場面が多いように感じる。自分の子どもには手放しで観せられそうもない。

思い起こせば、テレビシリーズがブームだった25年前。オタクの男しか観ないようなロボット学園アニメを、サブカル系やファッション雑誌が多く取り上げた。そして大学の先生が書く解釈本が何冊も発行された。いつしかエヴァンゲリオンは、オシャレなサブカルの代名詞になってしまった。ハナにつく印象もついてきた。

さまざまな解釈ができて、研究心をくすぐるのは、庵野秀明監督の遊び心。オタクと学者は、似たようなタイプの人が多い。頭のいい人たちが、あーだこーだと作中に散りばめられた宗教用語を解説する。その場面でその用語を扱うことに、大きな意味があると。だから今後の展開予想も、キーワードから紐解くことができるらしい。ハマりやすい人はハマってしまう。カルトの盲信みたい。でもやっぱりそんな深読みは楽しい。こじらせて精神疾患になるのか、精神疾患だからこそハマるのか。エヴァンゲリオンが鬱発生装置なのは間違いない。

こんなことを言ってはなんだけど、自分は作中に盛り込まれている謎の宗教用語は、作品の本筋とは、あまり関係がないのではと思っている。エヴァンゲリオンの物語は、思春期のホルモンバランスが不安定な心理状態下での、心象風景の映像化したことに面白みがある。ちょっと幼稚な題材なので、照れ隠しで難解な用語を多用して言い訳しているのではないだろうか。ダジャレばかり言ってるおじさんのセンスに近い。頭のいいバカ話。心の闇にダイレクトに触れてしまったエンターテイメント。なんとも90年代サブカルらしい。

ミソジニーの免罪符とも思えるエヴァンゲリオン。女性蔑視の描写も多い。日本のアニメで描かれる世界は、基本的に男性目線のホモソーシャル。ジェンダーフリーがスタンダードになりつつある2021年。第一作目の2007年ならまだ許された描写でも、現在では通用しない。果たして時代遅れの新作になるのではないだろうかと訝ったが、そんな心配は無用だった。

完結編では、むしろ強い女性たちが活躍している場面が多い。とても気持ちがいい。男は女性のリーダーの指示に従って働いている。ジェンダーフリーの世の中になれば、将来こんな職場が増えてくるだろう。男というものは、誰が上で誰か下かをいつも気にしてばかりいて、身内の諍いが絶えない。女はそもそも協調の生き物。上下よりもフラットな関係を築こうとする。頭のいい女性がリーダーに立ち、腕力のある男が下から支える。ダンナが奥さんの尻に敷かれている家の方が円満なのに似ている。

そして戦う敵はおじさんというのも、しっくりくる。女性が、エゴの象徴のおじさんを撃つ姿はカタルシスがある。制作に9年かかっても、ちゃんと公開時にはタイムリーなテーマの作品になっている。庵野監督の時代を見る目は正確だ。

『シン・エヴァ』は、キャッチコピーの「さらば、すべてのエヴァンゲリオン」とあるように、オリジナルのテレビシリーズも包括している。過去作すべてを知る人へのサービスだが、知らなくても大丈夫な気遣いもされている。しかもご丁寧に、エヴァンゲリオンに影響を受けた監督やその作品のような、所謂「エヴァンゲリオンの子分」みたいな作品群までも取り込もうとしている。まるでこの『シン・エヴァ』で、日本のサブカルの歴史に一区切りをつけてしまおうとしているかのようだ。

主人公のシンジくんのルックスが、どれほど可愛かろうが、あれだけ暗い人が女の子にモテるはずがない。逆に、どんなに見た目がイマイチでも、清潔感があって気配りができれば、結構人には好かれる。日本アニメ独特の、男の願望妄想ワールドが納得できなかったが、それも今回整合性がとれている。そして、レイもアスカも、シンジに別れの言葉を告げて去っていく。14年、一作目から完結編までかかった時間。奇しくも本編と同じ時間経過となった。同じ時間を共に過ごした、我々観客にとっても切ない展開だ。でもそれは当然の結果。シンジはずっと自分のことばかりで、周りの人の気持ちなど考えてこなかった。そこでシンジが「好きになってくれてありがとう」と彼女たちに答える姿には、ちょっと泣けてくる。

自分は今までずっとエヴァンゲリオンを観てきたが、この作品の登場人物は、誰ひとり好きにはなれないでいた。きっと庵野監督は人が嫌いなんだろうなと感じていた。とくに女性が苦手なのだろうと。ホントかデマかは定かではないが、学生時代の庵野監督は、ガールフレンドが途絶えたことがなかったらしい。頭が良くて才能があるので、確かにモテたのかもしれない。でもいつも相手が違かったらしいので、ひとりとあまり長続きしなかったのかも。

エヴァンゲリオンは、作中から庵野監督のプライベートな姿が垣間見られる。一作二作目までは、アスリート選手のような特別な才能を持った人たちの、苦悩や日常をイメージさせた。それ以降は、DVを受けた子どもの、心の解放への擬似体験をエンターテイメントのカタチで描いている。まるでトラウマやPTSDの催眠療法みたいだ。広げた風呂敷を、一枚一枚丁寧に畳んでいく。

シンジくんの歪んだ性格は、両親からの影響が大きい。母親は早くに亡くして、父親からはネグレクトされている。DVの傷を抱えた少年の、治療そのものがエンターテイメントとなる。

子どもはみな幼いとき、親を絶対的な存在として見ている。親の事情で子どもに愛情を注げずにいても、子どもは「自分がきっと悪い子だったから、愛してもらえないのだろう」と己を責める。そこでパラドックスが生じて病となる。その傷を癒すには、一度その過去に戻って、一つ一つ記憶を刷新し直さなければならない。親は自分を産み育ててくれた。それは単純に感謝だけど、自分にした酷いことは許す必要はない。このふたつは別の感情と割り切っていく。とても厳しい治療だ。

シンジくんの父・ゲンドウは、庵野監督の実際の父親かもしれない。宮崎駿監督がモデルという説もある。『風の谷のナウシカ』の制作時、若き庵野監督は、宮崎監督のもとで駆け出しの仕事していた。ずっと巨神兵というバケモノの描いていたとか。巨神兵はエヴァンゲリオンによく似ている。

圧倒的に怖い存在のゲンドウ。でもその心を閉ざしたゲンドウにも、そうなる理由がある。ゲンドウも天才ゆえの孤独がある。心の病の原因は、生育時の経験に基づくことが多い。シンジの病の原因は、ゲンドウのDVからくるものだ。DVを受けた子どもは、成長して親になったらまた、自分の子どもに同じようなことをしてしまう。DVの連鎖を止めるには、どこかの代でこの病気を受け入れて、治療に向き合わなければならない。シンジくんは、父・ゲンドウを越えていく。

かつて怖かった存在の宮崎監督。いつしか年を経て、庵野監督も後進の人からおそれられる巨匠となった。ながいエヴァンゲリオンシリーズの中で、父親だったゲンドウが、庵野監督自身になっていた。

もし少年が黙って俯いていたら、誰がしからか「どうしたの?」と声をかけてもらえる可能性は高い。少年はまだ可愛い存在だから。でも、おじさんが黙っていたら、周囲は怖がるだけだ。自分の心は永遠に14歳でも、周りはそうは見てくれない。中身は幼稚なままでも、容姿につりあう大人を演じなければならない。

かつてのエヴァンゲリオンは、「アニメばかり観てないで、現実と向き合え!」と訴えていた。あの頃と今とでは状況が変わってきている。エンターテイメントがあるからこそ、頑張って生きていけるという人だって多い。無下に楽しみを奪うのは酷なこと。エンターテイメントが社会の潤滑油にもなっている。

ラストシーンで、ある者は現実世界へ走り出していく。でも、ある者はアニメの虚構世界に留まっている。もしかしたら精神世界の異空間を彷徨っているだけの者もいるかもしれない。どんな道を選ぼうと構わないと映画は語っている。

オタク趣味を捨てなくとも、現実世界で生きていける。ただ、自分のことだけで頭がいっぱいでなければ良いだけのこと。自分の周りの人たちにも、心を配っていく余裕。みんな誰しも、ベストを尽くして生きている。

今までどうしても好きになれなかったエヴァンゲリオンの登場人物たち。この完結編を観終わる頃には、不思議なくらい愛おしいキャラたちとなっていった。庵野監督の視点が優しくなったのかもしれない。本当にエヴァンゲリオンは終わったんだな。

観賞後、ロスが起こるかと思いきや、そうでもなかった。むしろ、ずっと悩まされていた長い便秘に、やっとお通じがきたみたいな気分。スッキリしたという感じだ。治療は終わった。これでいいんだ、きっと。

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