『パターソン』 言いたいことは伝わらない?
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最終更新日:2021/03/28
映画:ハ行
ジム・ジャームッシュ監督の最新作『パターソン』。ニュージャージー州のパターソンに住むパターソンさんの一週間を淡々と綴る。大きな事件は起こらない。バス運転手の日常を延々と描いてる。
パターソンは毎朝6時半くらいに目覚めて、まだベッドで寝てる奥さんを起こさないように、静かに朝食を済ませて出社する。会社では同僚から家族の愚痴を聞かされる。日中は黙々と運転手のして、夕方には帰宅。自由業か専業主婦か、奥さんは一日中家にいたので快活だ。芸術的な人らしく、果たして良いんだか悪いんだかわからないような前衛的なデザインに我が家をリフォームしてる。夜も更ければ犬の散歩を兼ねて、近所のバーでちょっと一杯。そこに集まる常連客やマスターと、他愛ない会話を交わして、パターソンの一日は終わる。それが平日五日間繰り返される。
そんなの映画になるの?と思ってしまうが、この淡々とした空気感が、なんとも言えない可笑しみを誘うのだ。
これはひとえにパターソンを演じてるアダム・ドライバーのコメディセンスの賜物だ。もしパターソン役を別の役者が演じていたら、この映画はまったく別モノになるだろう。
毎日同僚の愚痴を聞かされたり、奥さんが作るエキセントリックな料理(不味そう!)を黙って食べたり、バーでは他人の痴話喧嘩に巻き込まれたりと、パターソンが日頃感じることは山ほどある。でも彼は何も言わない。出てきそうな言葉を飲み込んで、何も不平不満がない自分を演じてる。
アダム・ドライバーは、日常を「演じて生きている人」を「演じてる」という、ものすごくディープなことをやってる。もう、ムダなくらいハイレベルな演技力を注ぎ込んでいるので、終始クスクスと、くすぐったい笑いがこみ上げてくる。こういう知的な笑いは大好物だ。
パターソンは寡黙な男。喋らないからといって何も考えていないわけではない。周りの人たちに言いたいこともあるだろう。脳内には言葉が沸々と溢れ出す。それが彼の趣味である詩作という形で現れる。パターソンが穏やかでいられるのは、この溢れ出す言葉を、ノートに書き出しているから。それが精神を安定させている。
誰に見せるためにまとめているものではないので、奥さんに「この詩を発表したらいいのに」と提案されても乗り気になれない。でもあわよくばとも思っているので、無くしてしまうと困ってしまう大事なもの。
パターソンの書く詩は美しい。言葉を文字に書き記すことは、自分の考えがまとまるし、脳内の整理整頓にいい。こうして今、この文章を書いている自分自身ですら実感しているくらいだもの。文作は精神安定にかなり効果的だ。だからできる限りキレイな言葉を探した方がいい。間違ってもネットに氾濫するような罵詈雑言は書かない方がいいだろう。向き合う方向を間違えれば、自己治癒どころか自殺になりかねない。
パターソンは携帯もスマホも持たない。これはかなり正しい選択。本来なら自分もスマホを手放したい。パターソンみたいに滝をぼんやりみつめるのも共感できる。自分も川や海など、自然の水の流れなら何時間でも眺めていたい。
ジム・ジャームッシュ監督といえば、自分は『ストレンジャー・ザン・パラダイス』をすぐ思い出す。初めて見たのは10代の頃。当時映画といえば、スピルバーグ作品のようなスペクタクルやアクションがなければいけないと思っていた。でもジャームッシュの映画には何も事件が起こらない。何も起こらないのに面白い。これは衝撃だった。ゴダールの言葉にもあるが、「人がいる。それだけで映画になる」のだ。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のメイキング話で、当時貧乏だったジャームッシュは撮影フィルムが買えずに、友人の監督ヴィム・ヴェンダースから『パリ・テキサス』撮影時の余ったフィルムを貰って、映画を作ったとか。あちこちから集めたフィルムで撮影したから、場面によって映像の質感が違ってくる。でもそれもヘタウマの味になってしまった。
そんな映画を観た10代の自分は、俄然映画を作ってみたいと、夢にリアリティを感じたものだ。
さてこの映画の主人公・パターソンさんは、かなり老成してしまっている。すでにほとんどおじいちゃんになっている自分とも共通するものがある。演じてるアダム・ドライバーは1983年生まれの34歳。まだまだ若い! しかも『ストレンジャー・ザン・パラダイス』は1984年の映画だから、アダム・ドライバーはあの頃まだ赤ちゃんじゃないか! そりゃあ自分も歳をとる。なによりアダム・ドライバーの表現の器のデカさに驚きだ。
自分も年齢を重ねていくうちに、どんどん口数が少なくなってきた。話し上手は聞き上手。年長者になると、相手の言うことはわかっても、なかなか自分の話は理解してもらえない。「1の話」をしたかったら、「10〜20の相手の話題」に付き合わなければならない。やっと自分の話ができても、相手は聞く気は無いみたい。それでなんとなく煩わしくて寡黙になっていく。それでも内心は穏やかで居たいから、誰に見せるわけでもない文章をまた書き綴る。おじさんたちの詩作は、さらに続くのである。
パターソンの職業であるバスドライバー。これって日本ではかなりハードな仕事にあてはまる。早朝暗いうちに出社して、シフト制で夜遅くまで働いてる。夜にバーでちょっと一杯なんていかないよ。パターソンのように平日働きづめでも、どこかどうにか人間的な余裕がある。
日本で日常を綴るなんて、悲惨な奴隷生活みたいで楽しい映画にはなりそうもない。こりゃあいろいろ見直さなければならない重大案件だ。とりあえず、偉業を成すとか財を築く、有名にならずとも、人生には意味のないようでいて大事なことはあるものだと、映画『パターソン』は語っている。Uh-huh!
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