『星の王子さま』競争社会から逃げたくなったら
テレビでサン=テグジュペリの『星の王子さま』の特集をしていた。子どもたちと一緒にその番組を観た。子どもたちは「悲しい話でイヤな気分になっちゃった」とのこと。
『星の王子さま』は児童文学とされているが、やはりこれは疲れ果てた大人に向けた作品だ。なんとなくオシャレな作品みたいになって、最近ではすっかり鼻に着く感じまでついてしまった。本来は不器用な素朴な作品だったと思う。
『星の王子さま』はさまざまな比喩を用いて、人間関係の難しさを解いている。だから読み手の心理状態や年齢によって感じ方や解釈も変わってくる。自分もこの本を読むのは数十年ぶり。最初に読んだのは10代の頃。この本を紹介していた番組では、映画『グランブルー』のサントラが使われていた。10代の自分がリアルタイムでどハマりした映画だ。『星の王子さま』と『グランブルー』、なにか通ずるものがある。
王子さまは旅をしながら、いろんな人と出会っていく。恋人や妻のメタファーである、わがままな赤い薔薇と喧嘩して、王子さまは自分の小さな星を捨てて旅立つ。旅の途中、消費社会に溺れる大人たちには、「昔は子どもだったこと、みんな忘れちゃったんだ」と、そのまますれ違っていく。やがて地球に降りてキツネと出会う。友だちになれそうになっても、親しくなると別れるのが辛くなるから出会わない方がいいと、また王子さまはそこから去っていく。「大切なものは目には見えないから」と捨てゼリフを残して。
なんだかあらすじを書いている自分の文章が、王子さまに批判的になってきたぞ。これはヘンだ。10代の頃は、『星の王子さま』に共感していたし、サン=テグジュペリは自分と同じタイプの人だと思っていた。
星の王子さまの旅の独白を、聞き手役の遭難した飛行機の操縦士の目を通して物語は語られる。二重話法の語り口で煙に巻こうとしているが、王子さまも操縦士も同一人物。作者のサン=テグジュペリ本人だ。そうなると、自分自身を「王子さま」と呼んでいるのはちょっと痛々しい。
年齢を重ねてくると、サン=テグジュペリがこの『星の王子さま』をどんな気持ちで書いていたか、いままでとは違う視点で洞察できてきる。
自分が10代の頃はこの本の甘ったるいおセンチな雰囲気が好きで、ずっと浸っていたかった。ただ現実逃避ばかりしているとスキがでて、詐欺師に狙われるだけだ。詐欺師は日常の中に、善人の顔をして潜んでいる。弱みを見せたらネギカモだ。
きっとサン=テグジュペリという人は、とても柔和で、優しく親切な人だったのだろう。どこへ行っても人に好かれる。人が集まってくるのはいいが、必ずしも自分の得意なタイプの人ばかり来るとは限らない。心優しいサン=テグジュペリにつけ込んでマウンティングしたくる奴もいるだろう。親切そうな彼の情に訴えて、金銭や自由を狙ってくる輩もいるだろう。相手は自分を好いてくれても、こちらは必ずしもその人を好きどころか、むしろ苦手な人ばかりが集まってきたなら、人間不振になってしまう。
とかく放浪癖、蒸発癖のある人は、優しそうな外観の人が多い。たいてい「ああ、この人と友だちになりたいな〜」と思わせてしまう。でも相手からすると、その好意がとても煩わしかったりするものだ。
人に好かれたいと悩む人もいれば、ほっといて欲しいと常に願っている人もいる。人間はいつもないものねだり。その中間をテキトーにやっていければ、かなり生きやすくなる。
星の王子さまが最後に、自分の場所へ帰ろうとする。それは肉体的には死を意味する。誰も知らないところへ一人きりで行って、そのまま消えてしまいたい。サン=テグジュペリはそう願っていたのだろう。実際パイロットだった彼は、一人で飛行機に乗ったまま、帰って来なかった。機体も死体も見つからなかったらしい。サン=テグジュペリは、夢を叶えたのだ。
そこまで正義を貫くのはしんどい。人は白黒ハッキリしない生き物だ。グレーゾーンの中で、どこまで白に近いグレーでいられるか、ほとんど黒なのに「自分はグレーだ」と割り切ってしまうかは、その人それぞれの判断。自分で選んだ人生ならば、責任持って進んで行けばいい。
ビジネス書や偏った思想本ばかり読んで、自分を勉強家と勘違いしてしまうのも危険だが、現実逃避系の作品ばかり触れているのも盲目的だ。
経済と想像。どちらも背中合わせで、反目し合う。でも考えが偏ってしまうと、苦しむのは自分自身。形のないものを否定しない。形がないことにひるまない。どちらの造詣が浅くとも、いままでならやってこれた。でもこれからの時代は、双方の知識や智慧を磨いていく努力が必要みたいだ。いざというとき、慌てることにならないように。
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