『赤ちゃん教育』涙もろくなったのは年齢のせいじゃない?
公開日:
:
最終更新日:2019/06/13
本
フランス文学の東大の先生・野崎歓氏が書いた育児エッセイ『赤ちゃん教育』。自分の子どもが赤ちゃんのときに読んでいた本をあらためて読み直しました。Amazonで検索したら、もう絶版になっているみたい。面白い本なのでとても残念だ。野崎先生にとって40歳を過ぎてからの初めての子どもとのことで、色々と大変だったみたい。息子の一挙手一投足に、いちいち大げさなくらい一喜一憂してしまうのは、東大の先生だってマイルドヤンキーだってみな親なら同じこと。その心の機微を、文才豊かな高尚な文章で綴っているから、読みづらくってジワジワ笑えちゃう。結局文学なんて、文章力があるだけで、そこで起こっている事象は、とてつもなく普遍的でなんでもない光景だったりするもの。
野崎先生は長くフランス文学を学び、その作者や時代背景の造詣も深いのは当然なのだが、この初めての育児で、知識を超えた初体験の連続だったらしい。「こんなこと、文学のどこにも書いてない!」って、本文中で嘆いてる。そう、どんなに文学を紐解いても、育児に関わる感情を伝えている書物のなんて少ないことか。小説を始め映画やドラマ、マンガのストーリーの殆どは、恋愛の始まりのときめきの時期。このときめきの期間を扱うことが、がもっとも共感が得やすいのだろう。人生の多くの時間を割かなければならなくなる育児については、あまり物語で語られることはない。きっとあまりに日常過ぎて、ニーズがないのかも知れない。
ただここのところの生涯未婚率のアップや少子化で、子育て家族というものもマイノリティ化し始めている。実際、子どもを育てていくには、それなりの経済力や、親親戚のバックアップを得られていなければ、やっていけない今の日本社会。育児もファンタジーの一部になってしまったのだろう。
野崎先生は「年をとっての子どもなので、いちいち涙もろくなった」と言っている。自分も中年になって、10代からの友人と同じようなことを語っていたところだった。先日テレビで放送していた番組で中井貴一さんとの対談番組で、糸井重里さんが言っていた。「涙もろくなったのは、年のせいではなく、経験値だ」と。これだ!! 昨今の日本では年をとることを悪いことのように言いがちだが、弱っているから涙もろくなったのではなく、いろいろ経験したからこそ、他者の痛みや悲しみ、優しさに共感力がついたということか!? そうだよな、10代の子が不遜な態度をとれたり、無鉄砲になれるのは、恐れを知らないからだと、自分も経験上わかる。
この頭のいい野崎先生だって日々驚きの連続の人生。人間生きて、行動すれば、次から次へと新しいことに出会っていく。知的な人が耐えず謙虚なのは、学べば学ぶほど、己の無知さを思い知らされているからだろう。逆に言うと、上から目線になった時点で、その人はもう学ぶことをやめてしまった人なのだと解釈もできるのです。
関連記事
-
-
『映画から見える世界 上野千鶴子著』ジェンダーを意識した未来を
図書館の映画コーナーをフラついていたら、社会学者の上野千鶴子さんが書いた映画評集を見つけた。
-
-
『コジコジ』カワイイだけじゃダメですよ
漫画家のさくらももこさんが亡くなった。まだ53歳という若さだ。さくらももこさんの代表作といえ
-
-
『東京物語』実は激しい小津作品
今年は松竹映画創業120周年とか。松竹映画というと、寅さん(『男はつらいよ』シリ
-
-
『チェンソーマン』 サブカル永劫回帰で見えたもの
マンガ『チェンソーマン』は、映画好きにはグッとくる内容だとは以前から聞いていた。絵柄からして
-
-
『惑星ソラリス』偏屈な幼児心理
2017年は、旧ソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーに呼ばれているような年だ
-
-
『愛の渦』ガマンしっぱなしの日本人に
乱交パーティの風俗店での一夜を描いた『愛の渦』。センセーショナルな内容が先走る。ガラは悪い。
-
-
『アデル、ブルーは熱い色』 心の声を聴いてみる
2013年のカンヌ国際映画祭で最優秀賞パルムドールを受賞したフランス映画『アデル、ブルーは熱
-
-
『スノーデン』オタクが偉人になるまで
スノーデン事件のずっと前、当時勤めていた会社の上司やら同僚がみな、パソコンに付属されているカメラを付
-
-
『東京卍リベンジャーズ』 天才の生い立ちと取り巻く社会
子どもたちの間で人気沸騰中の『東京卍リベンジャーズ』、通称『東リベ』。面白いと評判。でもヤン
-
-
『ハリー・ポッター』貧困と差別社会を生き抜いて
映画版『ハリー・ポッター』シリーズが日テレの金曜の夜の枠で連続放送されるのがすっかり恒例にな
- PREV
- 『フラガール』生きるための仕事
- NEXT
- 『葉加瀬太郎』と子どもの習い事