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『ボヘミアン・ラプソディ』 共感性と流行と

公開日: : 最終更新日:2021/06/04 映画:ハ行, 音楽

昨年はロックバンド・クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットが社会現象となった。母国イギリスを始め、世界中での大ヒット。鑑賞した人みな大絶賛。映画のヒットと共にクイーンの楽曲の再評価も高まった。

自分はその大ヒットの波に乗り遅れてしまった。レンタルを待つことにした。最近ではすっかり映画館に足を運ばなくなってしまった。この景気の悪いなか、映画館の通常料金1800円が、かなり高価な印象があるからだ。しかもまた値上げするらしいので、さらに映画館離れは本格的になりそうだ。映画は映画館で観るのがいちばんいいに決まってる。でもこの価格設定では、ちょっとしたレジャーと同じ出費。劇場での映画鑑賞はとても勇気が必要な、贅沢な趣味となってしまった。

大ヒットする映画の客層は、大抵普段映画を観ない人が動き出したときに起こる。万人に理解できる映画だからこそのヒット。斬新な切り口だと、かえって観客を選んでしまう。きっと『ボヘミアン・ラプソディ』は、わかりやすい映画なのだろうと、観る前から予想はつく。世界中でのヒットの1割が日本だと言うのも驚きだ。日本人は、先進国でもダントツで映画を観ない国民。その重い腰を動かせたのだから、この映画はかなり凄い。

すでに映画を観た人たちの感想は、「とにかく泣ける」というものばかり。自分にとってクイーンやフレディ・マーキュリーのイメージは、どちらかというとコメディタッチの笑えるバンド。なんだか自分の抱いているフレディのイメージとは違うようだ。

映画のクライマックスのライブエイドのコンサート場面が圧巻とも聞いていた。クイーンの楽曲がキャッチーで楽しいのは、ロック好きならみんな知ってる。ライブエイドの有名なアクトは、自分もビデオで知ってる。そりゃああれを今の映画の技術で再現したら、さぞかし迫力あるだろう。企画を聞いただけで楽しい映画になるだろうと思う。意地悪な言い方をしたら、かなりあざとい。

映画を観てみると、自分が想像した以上にざっくりした内容だったのでびっくりした。クイーンの楽しい音楽と、どんどん成功して上がっていくストーリー。人生の楽しい部分だけをピックアップして、映画はどんどん進んでいく。

フレディといえばエイズで亡くなったのは有名。本人もLGBTで、出生がインド系。それらのことを生涯隠し続けたコンプレックスを思うと暗くなってしまう。だから映画はそんな心の闇には深入りしない。

自分としては、クイーンの最後の曲となった『THE SHOW MUST GO ON』の録音場面も再現して欲しかった。フレディの病気の悪化で、とても歌いきれるとは思えない中、「俺はやるよ」とブライアン・メイに言って、歌いきった姿に感動したかった。エンディングでこの曲はかかるけど、翻訳字幕がでないのが、この映画のスタイルを表している。

字幕監修に元『MUSIC LIFE』誌の増田勇一さんが担当しているのが興味深い。かつて『RADIO GA GA』の大胆な意訳がそのまま使われていたのも懐かしかった。原語の意図を組みとった訳詞なのでカッコイイ。従来のファンに向けての細かい配慮。

映画用にリミックスされたクイーン・サウンド。歌声はフレディのものなので、ライブエイドの音声のオリジナルは当時のもの。ライブ中、フレディが音を外すのもハッキリ聴き取れる。彼ですらこの大舞台は緊張していたんだなと、ひしと感じる。

クイーンに理解を示さないプロデューサー役をマイク・マイヤーズが演じていたのには、鑑賞中気づかなかった。のちに知って笑った。マイク・マイヤーズは、昔にも『ボヘミアン・ラプソディ』をネタにしてたから、よっぽど好きなんだろうね。

この映画では途中で監督が交代した話も有名だ。あまりに大味な内容の映画になりそうなので、前任の監督は降りてしまったらしい。確かに映画を観慣れている人からすれば、『ボヘミアン・ラプソディ』はちと物足りない。ウィキペディアでフレディ・マーキュリーを検索した方が、彼のことを深く知れそうだ。でも多分そんなことはどうでもいいのだろう。

近年のミュージカル映画ブーム。たくさんの名作が生まれた。それらの特徴は、たとえ映画のストーリーが破綻していても、素晴らしい楽曲と演出技術で、観客は圧倒されて感動してしまうところ。もう感動は理屈ではない。プロットの甘さを突っ込んでも虚しいだけ。重要なのは勢いなんだと。

ふとフレディが生きていて、この映画を観たらどう思うのだろうかと想像してしまう。もっと言うならLGBTの人からのこの映画の感想を聞いてみたい。

クイーンで楽しくならないで、泣きたいというのが現代の解釈なのだろう。そして周りのみんなが観ているから、観に行かなければと思った人も多いのだろう。

誰でもわかりやすい映画はヒットする。誰かの人生に深入りしない方が楽しめる。降板した前任の監督は、きっとそれが嫌だったのだろう。『ボヘミアン・ラプソディ』は、楽しいエンターテイメントに仕上がっている。ヒットを選ぶか、作家性を選ぶか? シビアな問題だ。

テレビのワイドショーや週刊誌のように、うわべだけをなぞって、研究していかないのでは、せっかく映画を観た意味も薄れてしまう。それらを探求して、ひとつの解釈を与えていくのが作家性だろうが、世の中はそんなものは求めていない。

泣きたいから映画を観るというのは、なんとも寂しい。心の病気になった人が、最初の感情を思い出すのが「泣くこと」らしい。「笑うこと」はかなり高度な感情表現らしい。日本人が「泣くこと」ばかりを求めているのだったら、自分が想像しているよりもずっとキツイ心理状態の人が多いのだろう。

フレディは自分のキツイ人生を、なんとかして笑い飛ばそうとしていただろう。その悲哀は、この映画のテーマとはまた別の心理状態のような気がしてならない。

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