アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の

新作がコメディと聞いて、まず疑った。

生真面目な完璧主義者のイメージが強い
イニャリトゥ監督がコメディだって?
ふたを開けてみると、
コメディはコメディだけど
ブラックコメディだった!!
やっぱりね。

全編ワンカット長回しだとか、
サントラがドラムの即興だとか、
どうしても技術的なところに
ひっぱられてしまうのだが、
映画が始まってしまえば、
それは作品の魅力の一要素にすぎない。

この笑えないヒリヒリと突き刺さるコメディ。
完全に今のアメリカカルチャーの
コミックやCGにおされ、
ブロックバスター化された
エンターテイメントに対する皮肉。

キャスティングもみんな、
スーパーヒーローもので
痛い目にあった役者ばかり。
もう現実か虚構かサッパリわからなくなる。

主人公はかつてヒーローもので
一世風靡したにもかかわらず、
後の役者人生はパッとしない俳優。
起死回生でアート作品の
戯曲の主演演出を試みるが、
ストレスで幻覚を見続けている。

笑える要素は、
追いつめられた登場人物達が、
現実逃避の幻覚を
見続けるところなのだが、
これは映画的で
驚きのイマジネーション。
予告編でそこばかりが
フィーチャーされているのが難点。
予告編が作りづらい映画なのだろう。

で、この幻覚のシーン。
人物達の心の開放でもあり、
それは死とも隣り合わせ。
美しい音楽と空を飛ぶ場面がでてくると、
自分はヒヤヒヤしっぱなし。
イニャリトゥ監督なので、
いきなりグシャリと
グロテスクな死の描写に
いくんじゃないかと……。

役に殺されるとうのは
ダーレン・アロノフスキー監督の
『ブラック・スワン』と同じテーマ。

この映画は、
今のアメリカの軟弱なカルチャーを
おもむろに批判している。

そんな映画が作れてしまうのも凄いし、
そんな映画が評価されるのも凄い。
そしてなにより、
役者達が自虐的にもなりかねない
自分とあまりに似すぎた状況の
登場人物を演じるという、
器量がデカいのだか、
トチ狂っているのか分からない
危うさがこの映画の最大の魅力。

この限界ギリギリの精神状態を、
手放しで笑えるのは、
なかなか知的センスを試される。

見終わったあと、笑ったというよりは
緊張して肩が凝ってしまった自分は、
まだまだ修行が足りないようです。