『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』天才と呼ばれた普通の父親たち
なんともうまいタイトルの本。本屋さんをブラブラしていたら、水木しげるさんの追悼コーナーにあった。インパクトのあるタイトルだったので、かつてから気になっていた。そういえばまだ読んでなかったなと触手を伸ばす。
天才と呼ばれた巨匠漫画家の娘たちが語る父の姿。説明するのも野暮だけれど、「ゲゲゲの娘」は水木しげるさんの第2子・悦子さん、「レレレの娘」は赤塚不二夫さんの第1子・りえ子さん、「らららの娘」は手塚治虫さんの第2子・るみ子さん。この本が発売された頃、すでに手塚治虫さんと赤塚不二夫さんは他界されていたので、これでもかというくらい赤裸々に天才の日常が語られている。死人に口無しとはまさにこのこと。本人が聞いたら「やめてくれ!」と叫んだことだろう。娘って恐ろしい。幼少の頃の父の姿をちゃんと憶えていて、大人になった今の視点できちんと補完して、冷静な視点で「人としての姿」として語っている。そこには天才とか神化した姿はない。等身大の人間として愛情豊かに、ときに辛辣で意地悪に見つめている。自分も娘がいるが、まだ小さいからと侮っているととんでもない批判をいきなりされてしまいそう。いまのうちから気をつけないと。
この本の語り部が娘というのがとてもいい。これが息子だったら「天才の子息」というプライドが邪魔して美談の連発になりかねない。そのたぐいの本ならばいくらでもある。どこまで盛られているのかわからない伝説よりも、平生普段、日常の姿の方が興味がわく。天才といえども所詮は人間。とかく天才といわれる人は、人と違う自分に結構悩まされているものだ。自分が思うに、人の脳の能力には限界があって、飛び抜けた才能や、瞬時にものの道理がわかってしまう能力を持っている人は、普通の人が何気なくできる、たわいのないことが出来なかったりする。天才はエキセントリックな言動が伝説として語られるが、当事者にしてみればそれは障害にすぎず、苦しんでいるようにしか思えてならない。端からみる天才は憧れの的だけれど、本人にしてみればちっとも嬉しくない評価なのかもしれない。
冒頭の文を手塚治虫さんの娘・るみ子さんが書いている。生前の父は多忙で、きちんと話をしたことはほとんどなかったとのこと。一日中朝から夜中まで、起きているときはずっと書斎で原稿を書いている父親の姿をみてきたという。それでも寂しくなかったらしい。父がいつもそこに居て、何をしているのかわかっていることの安心感。「家族サービス」なんてイヤな言葉があるが、とかく父親は休みの日に、子どもをどこかへ連れて行かなければとか、なにかしてやらねばという重荷で行動しがち。しかし子どもからしてみれば、どこへ行ったとか、なにをしたかとかはあまり関係ない。そこに居る、それだけで父親なのかもしれない。
しかし娘さんのみなさん、父上の仕事のことをよくもまあ詳しく知っている。と、思ったらみなさんお父さんの仕事を継いで、お父さんの事務所で、生前書かれた作品を管理しているのね。そして彼女たちは父親の存在を愛しつつ、父親の作品も愛している。そこから派生した企画は当然愛に満ちているので、作者が没後も感動は今のものとなる。
作者が死んでしまっていれば、当然新作は発表されない。残念なことに新作が出なければ関連作もすべて古典のようになる。不思議なことで、作者が活躍していて新作がコンスタントに発表されていると、例え古くに発表された過去作ですら、ホットな印象がしてしまう。手塚や赤塚、水木の名は知っていても、果たしてみんながみんな、今現在リアルタイムで書店で買って読むかといったら、やっぱりあやしい。そうなると収入源が限られてくるので、現在進行形での活動はますます難しくなってくる。過去作をそのまま売っても、フレッシュではないのであまり注目されない。
今、このお三方の作品が、本人たちの手を離れて新しいカタチで動き出している。『鉄腕アトム』の権利を海外に売ったり、『ゲゲゲの女房』のNHK朝ドラや、最近では新解釈で『おそ松さん』なんかも人気がある。そうして現役全盛期を知らない若い子たちにも、フィードバックしてオリジナルに興味を持ってもらえれば、それはそれでいいのかもしれない。
作品を読んでいるときは、読者と作者は一対一。たとえ作者が故人であれども対話が出来る。なにかの著者と知り合いで、なにかの機会にその人の作品に触れたとしたら、しばらく会ってないのにもかかわらず、なんだか最近会ったのでは?と錯覚におちいることはよくあるものだ。作品は生きている。でも人の目に触れなければ、そのまま忘れ去られてしまう。
娘さんたちは口々に語っている。「父の作品で、有名でないものでも面白いものはたくさんある」と。無名だからつまらない、ブランドがあれば面白いというのはまったくの誤解。作品を見る目が、建前ではなく、愛情からこなくては、本当の審美眼は得られない。なにかの肩書きでものごとを評価してしまっては、いざというとき本物を見過ごしてしまうのかもしれない。家族への愛情がいっぱい隠れされていて、なぜか涙腺を刺激させられる本だった。
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