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『BLUE GIANT』 映画で人生棚卸し

公開日: : アニメ, 映画:ハ行, 配信, 音楽

毎年年末になると、映画ファンのSNSでは、その年に観た映画の自身のベスト10を挙げるのが流行り。みなさんたくさん映画を観ていらっしゃる。自分もまだ観ていない作品で、興味が湧くような作品をみつけて観てみようとなる。かなりの頻度でランクインしているアニメ映画の『BLUE GIANT』は、劇場公開時からもずっと話題になっていた。とにかく音楽がすごいと。

タイトルに「ブルー」とつくアニメ作品が異常に多くて、どれがどれだかわからなくなってしまう。『ブルーロック』はサッカー漫画、『ブルーピリオド』は美術大学の漫画、そしてこの『BLUE GIANT』はジャズ漫画が原作。なかなかややこしい。どの作品も人気があって、普段あまり漫画を読まない自分でさえもタイトルだけは知っている。きっとどの作品も「ブルー」に意味があるのだろう。『BLUE GIANT』も「燃え上がった炎のような演奏」の意味らしい。赤い炎よりさらに熱い青の炎。

ジャズはなんとなく敷居が高く、難しい音楽のイメージがある。映画でも語られているが、ジャズ愛好家人口数は極めて少ない。自分もジャズの名演を理解できるほどの耳はない。この映画を観て、ジャズはこんなに熱いものなのだと初めて知った。さらっとBGMにしてはいけないものなのかも。

このアニメのキャラクターデザインも、ひと昔前の感じで地味。絵面といいジャズといい、アニメにしては渋すぎな題材。代わりと言ってはなんだが、音声はDolby Atmosで制作されて派手な仕様。幸い配信版もAtmos対応していたので、そちらで楽しんだ。噂通りの音響。原作ものの映像化は、観た人が原作に興味を抱かなければ上手くいったとは言えない。このアニメ映画『BLUE GIANT』は、確実に新参者の観客に原作漫画に興味を抱かせる。それどころかジャズ自体にも興味が湧いてしまう。それは、今までのジャズ感を塗り替えてしまうほど。

この映画の主人公・宮本大(だい)は10代のサックスプレイヤー。夢を抱いて仙台から東京へ上京してくる。彼がどれくらいのサックスの腕前なのか、原作を知らない自分のような観客は知る由もない。もしかしたら、「自分は才能がある」と勝手に思い込んでる勘違い野郎かもしれない。

初めて彼が演奏を人前で演奏する場面。正直、自分にはそれが上手いのか滅茶苦茶なのかさっぱりわからない。ただ彼の演奏で変化する場の空気や、それを演出するアニメーション表現、それを聴いた周りの人のリアクション……、それらで主人公・大の能力を理解させてくれる。音楽作品でいちばん嫌なところは、誰かのセリフでその演奏を説明解説してしまうところ。音が聴こえない漫画や小説ならばその表現は必要だが、映画的な演出にはそれは無粋な蛇足。音楽は数学的でロジカルな要素は強いとはいえ、演奏によるエモーショナルな部分は、感覚的にうったえて欲しい。その演奏を好きになるか否かは、観客一人ひとりに委ねてもらいたい。この映画『BLUE GIANT』は、映画という映像と音との組み合わせの化学反応を利用している。理論的な表現は極力避けている。説明しすぎないというのは、観客を信頼していなければできない。我々観客の感受性が試される。

この映画の変わっているところは、若者が主人公なのに、すでに彼は素地が出来上がっているということ。もう大の心は決まっている。それもそのはず、漫画原作の4巻から映画は始まっている。大が人生の中でジャズに出会い目覚めるまでのエピソードは、あらかじめ割愛されている。映画制作陣の潔さを感じる。あながちすべてを映像にすればいいというものでもない。主人公の成長をじっくりみたければ、原作漫画に書いてある。すでに主人公の能力が開花しているなら、物語自体の簡略化を図る。演奏場面をメインに映像化する。作品の方向性は至ってシンプル。漫画ではできない表現を映画ではやってみせる。

近年流行する映画は、至ってシンプルなストーリーのものが多い。クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』や、『トップガン マーヴェリック』なんかも、シンプルすぎるくらいストレートなストーリーだった。現実世界が歪んで捩れきっているいるせいか、現代の観客は直球のストーリーを求めている。どこの国や文化でも通ずるエンターテイメント。映画『BLUE GIANT』は、あざといくらいそこを目指している。大の言葉を借りるなら、「観客に届くかどうかが肝心」。

主人公のサックスプレイヤー・大とピアニスト・雪祈(ゆきのり)は、天才的なプレイヤーなのはわかる。でもいちげんさんの観客としては、あらかじめ出来上がっている天才には感情移入しづらい。この物語で重要なのは、ドラマーの玉田くん。彼はジャズ未経験者。我々観客にいちばん近い存在。ジャズに心酔している大の姿をみて、導かれるように玉田はドラマーになっていく。この玉田の歩みは、映画では割愛された大の下積み時代を想像させる。そこから観客は、大の夢と孤独の練習風景を補完できる。演奏場面で、彼らの過去をフラッシュバックで垣間見ることができる。具体的なストーリーで描かなくとも、彼らが人生を賭けている姿が伝わってくる。彼らはまだ若く、これからまだまだ先がある。なんだか羨ましくなってくる。

ふと自分も自主劇団をやっていた頃を思い出す。自分もまだ20歳くらい。役者ではなく作家兼演出家。役者さんは自分よりも年上ばかり。映画学校を中退したばかりで、演劇のことなどまるでわからない。なんとかなるさと、ハッタリかまして演出する。練習風景をみた照明さんが、その人の師匠と言われる人をゲネプロに連れてきた。その師匠は有名な人とのことだけど、なにせ自分は演劇のことがわからない。ゲネプロは今までの中でいちばんいい芝居だった。誰もが自分が書いた戯曲のいちばん理想的な演技をしている。それこそ息遣いまで理想的。なんだかそこに集まっていた霊たちが、みんな成仏していくような感じまでしてきた。振り向くとスタッフたちがみんな泣いている。すべての霊的なものが昇華されてしまうということは、もうこれ以上の演技もないのだということも感じとった。あとは残された抜け殻。嬉しい反面、限界を感じた。初老の照明の師匠さんが、若い自分に声をかける。なんだか師匠さんの方が興奮している。「好きな劇作家はいるの?」と何人かの名前を挙げたが、自分はわからない。「すいません。今まで映画ばかり勉強していたので、演劇のことはわからないんです」と正直に言った。「君はいい子だね」と言われた。演劇はそれっきりだったが、今となってはいい経験をしたと思っている。大人になった玉田くんも、ジャズではない別の仕事に就いても、このときの経験が人生の誇りとなっていることは想像できる。

この映画の面白いところは、演奏場面が実際のプレイヤーの動きをCGキャプチャーしているところ。ピアノは劇伴も担当している上原ひろみさん。CGで実際の演奏の動きに忠実な絵があると思えば、従来の手描きアニメでタイミングを合わせた絵もある。CGもいいけれど、手描きでアニメーターさんが必死に演奏と動きを合わせている絵は、それだけで威力がある。ちょっと鳥肌もの。

演奏曲も劇伴音楽も上原ひろみさんのもので、劇中終始ジャズがかかっている。なんだかずっと夢の中にいるような感じ。気がつくと劇伴のフレーズが、クライマックスで主人公たちが演奏するオリジナル曲のものと重なったりする。彼らの日々の生活がこの曲に結実していくのだと、音楽で演出している。すべてはみんな繋がっている。

映画を観て、登場人物たちを羨むこともある。でも自分の人生を振り返ってみても、似たような日々を送っていた時期もあったことも思い出す。こういった自分の経験とシンクロするからこそ、映画鑑賞の面白さがある。眠っていた自分の記憶が呼び覚まされた。歳をとって、もう戻れない日々に想いを馳せる。身体は老いたかもしれないけれど、心だけは若かりし日に甦る。『BLUE GIANT』、元気のでる映画だった。

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