*

『メッセージ』 ひとりが幸せを感じることが宇宙を変える

公開日: : 最終更新日:2021/05/01 映画:マ行,

ずっと気になっていた映画『メッセージ』をやっと観た。人類が宇宙人とファースト・コンタクトを取るストーリーだが、おそろしく地味なSFだ。昨年『ブレードランナー2049』を発表したドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の作品。

『メッセージ』のプロモーションでのヴィルヌーヴ監督の言葉に、「現代の消費社会に対する疑問を映画のテーマに据えた」とあった。社会風刺や警鐘を鳴らすのは、本来SF作品の役目だ。SFは現実逃避というより、ガス抜きのエンターテイメント。ヴィルヌーヴ監督はそれを分かっている。その姿勢に好感を抱いた。

自分は事前にテッド・チャンの原作短編小説『あなたの人生の物語』を読んでいた。中国系のテッド・チャンの作風は、アーサー・C・クラークに影響を受けた、哲学的宗教的な内容。彼の作品は短編ばかりで長編作はないのだが、その短編のどれもが濃密な構想と情報量で、それらをあえて省略しているような印象。描かれていないところは読者が各自想像してくださいと委ねてる。とても知的で興味深い作家さんだ。

映画『メッセージ』。原題は『Arrival』。邦題の意味改変に関してはもう論じるまでもない。このドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画版は、原作にある「行間を読んで欲しい」という雰囲気をそのまま残して、ストーリーを膨らませている。だから観客の想像力も刺激してくれる。

ただ短編小説を長編映画にする、ハリウッド映画にするという枷で、どうしてもストーリーをスケールアップしなければならないのは仕方がない。宇宙人がやって来たことによって、国家間の争いや、はたまた宇宙戦争の危機までに肥大してしまうのは、なんだかやりすぎな気がした。これも原作のテーマがすげ替えてしまうくらいリスキーな脚色だ。

どの国も政治家や軍隊が躍起になって宇宙人対策を練っている。どの男たちも好戦的だ。でもこの作品の主人公は女性言語学者。主人公が女性ということが、作品に大きな意味を持たせる。

映画は宇宙戦争の危機がクライマックスに用意されているが、実はそれは本筋ではない。原作では宇宙人たちは、各国のお偉いさん方が望むようなものは何一つせずに、さっさと帰ってしまう。軍や国家の計画は水泡に帰した結果となる。緊張感いっぱいのアーミーたちが滑稽に見えてくる。宇宙人たちが伝えたものは大きなものでなく、小さな個人の人生のこと。

よく大義のために個人は我慢しろという考え方がある。目標や結果がみえていて、あとひと頑張りでそれが達成できるときは忍耐も必要。でもやみくもに耐えることを要求する社会や組織はやがて衰退する。我慢はよくない。

大きなものを守るために、小さな一個人は犠牲になれ。だけど大きなものというのは、小さなものの集合体。我慢に我慢を重ねた不幸の集まりが、幸せに向かうとは到底思えない。我慢を強制するのは、統率者の詭弁に過ぎない。人ひとりが幸せを感じることの大切さ。

ハッピーな自分になるためには受け身では無理。幸せに生きる工夫と努力は必要だ。ときに物事を取捨選択しなければならない。

未来を知って、それが不幸なものだとしても、自分の気持ちがそちらへ行きたいのなら、やはり迷わずその道を突き進むだろう。宇宙人たちが劇中で女性言語学者に伝えたメッセージは、「宣告」ではなく「呼び水」だと信じたい。そうでなければ、わざわざよその星からやってくる意味がないから。

占いの卦も、その人が動き出すと変わると聞く。そのヒントを「彼ら」は伝えに来たのかもしれない。政治やら国家やら、そんなものより大切なのは、自分自身が価値ある人生を送ること。私の幸せは、この宇宙とつながっているというロマン!

ちょっと気になったのは、深い知識のある宇宙人たちは一部の米軍の蜂起にどうして事前に気づかなかったのかってこと。でももしかしたら、自分たちの身の危険もすべて知った上で、命がけでひとりの人間になにかを伝えに来たのだとすると、またこの映画のロマンは膨らむ。

自分が幸せになることで、周りも幸せになっていく。この殺伐とした世の中だからこそ、大事なメッセージが映画に含まれている。

しかしドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の、間をじっくりとった演出はかなり好み。最近の映画の流行りは、いかにテンポよい早いカット割りで、音楽ガンガンにがなりたてるもの。もちろんそれでうまくいっている作品はたくさんある。ただみんなそればかりでは辟易してしまう。ハリウッド映画にとどまらず、どの国の映画も似たようなスタイルになってしまった。その流れに逆らうヴィルヌーヴ演出。大画面で観るのにふさわしい。

原作小説を読んだとき、頭の中でイメージした映像をまったく違和感なく映画になっていた。

近年これといって好きな監督がいなくなったな〜と思っていた矢先、ドゥニ・ヴィルヌーヴとの出会いに、自分はワクワクしている。

関連記事

『この世界の片隅に』 逆境でも笑って生きていく勇気

小学生の頃、社会の日本近代史の授業で学校の先生が教えてくれた。「第二次大戦中は、今と教育が違

記事を読む

no image

『湯殿山麓呪い村』即身仏、ホントになりたいの?

  先日テレビを観ていたら、湯殿山の即身仏の特集をしていた。即身仏というのは僧侶が死

記事を読む

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 たどりつけばフェミニズム

先日、日本の政治家が、国際的な会見で女性蔑視的な発言をした。その政治家は以前からも同じような

記事を読む

『嫌われ松子の一生』 道から逸れると人生終わり?

中島哲也監督の名作である。映画公開当時、とかく中島監督と主演の中谷美紀さんとが喧嘩しながら作

記事を読む

『かもめ食堂』 クオリティ・オブ・ライフがファンタジーにならないために

2006年の日本映画で荻上直子監督作品『かもめ食堂』は、一時閉館する前の恵比寿ガーデンシネマ

記事を読む

『ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 』  若手女流監督で人生の機微が!

言わずもがな子ども達に人気の『ドラえもん』映画作品。 『ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団

記事を読む

『サトラレ』現実と虚構が繋がるとき

昨年、俳優の八千草薫さんが亡くなられた。八千草さんの代表作には、たくさんの名作があるけれど、

記事を読む

no image

『モモ』知恵の力はディストピアも越えていく

ドイツの児童作家ミヒャエル・エンデの代表作『モモ』。今の日本にとてもあてはまる童話だ。時間泥棒たちに

記事を読む

『アン・シャーリー』 相手の話を聴けるようになると

『赤毛のアン』がアニメ化リブートが始まった。今度は『アン・シャーリー』というタイトルになって

記事を読む

『MINAMATA ミナマタ』 柔らかな正義

アメリカとイギリスの合作映画『MINAMATA』が日本で公開された。日本の政治が絡む社会問題

記事を読む

『Ryuichi Sakamoto: Diaries』 こうしてすべてが変わっていく

『Ryuichi Sakamoto: Diaries』という映

『M3GAN ミーガン 2.0』 ゆるぎないロボ愛よ永遠に

自分はSFが好き。友だちロボットのAIがバグって、人間を襲い出すS

『ナミビアの砂漠』 生きづらさ観察記

日曜日の朝にフジテレビで放送している番組『ボクらの時代』に俳優

『サタンタンゴ』 観客もそそのかす商業芸術の実験

今年2025年のノーベル文化賞をクラスナホルカイ・ラースローが

『教皇選挙』 わけがわからなくなってわかるもの

映画『教皇選挙』が日本でもヒットしていると、この映画が公開時に

→もっと見る

PAGE TOP ↑