『ハイドリヒを撃て!』実録モノもスタイリッシュに
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最終更新日:2019/06/11
映画:ハ行
チェコとイギリス、フランス合作の映画『Anthropoid』というブルーレイを人から借りた。それは輸入盤で日本語字幕がないものだった。果たして自分の英語力で、最後まで観通すことができるか? いささか不安。政治劇みたいだし、会話も難しそう。でも観てみればなんとかなるものだ。
主演がクリストファー・ノーラン監督作品にチョイチョイでてるキリアン・マーフィということで興味が湧いた。この役者さん、神経質そうで好き。相棒役のジェイミー・ドーナンって人も見たことあるぞ。ああそうだ、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のグレイだ。同人小説から生まれた官能映画。最近続編も出たらしいけど、へんな映画だったな。
この『Anthropoid』って日本公開されているのかと調べてみると、昨年夏に劇場公開されており、この2月にはブルーレイ化されるらしい。邦題は『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』。痛々しいくらい内容のすべてを説明してる。なんとも長いタイトル。
第二次大戦中に実際にあったエンスラポイド作戦を描いた実録モノ。ナチスのナンバー3で、ユダヤ人虐殺の実権を握っていたラインハルト・ハイドリヒの暗殺遂行とその顛末。近年ナチスの悪行を扱うエンターテイメント作品がブームなのか、すっかりひとつのジャンルになって続々と製作されている。
この映画の演出技術がとにかくカッコいい。サスペンスとしても、アクション映画としても、ハイテク&ハイセンスでまとめあげられている。銃撃場面の編集や音響効果の使い方がめちゃくちゃクール。
実録モノで戦争を扱うと、どうしても泥臭くなってしまうもの。多くの人が殺される歴史を、おもしろおかしく描くのは、人として後ろ髪が引かれるものだ。扱うには覚悟がいる。
映画は史実に忠実にも関わらず、とてもスタイリッシュ。粒子の荒いフィルムで撮影された本編。近年のデジタルカメラのピカピカ、ツルツルの映像にすっかり慣れてしまったのでとても新鮮。プラハの街並がキレイだ。
監督のショーン・エリスは自分と同年代。戦争を知らない世代。なるほどね。当事者でないドライな距離感がある。ショーン・エリス監督はカメラマン出身で、本作の撮影も自らやっている。荒削りのようでいて計算され尽くされたカメラワーク。
ナチスを批判した映画が最近増えている。ドイツ自体が国として、先の戦争に対して世界中に謝罪し続け、二度と同じ過ちを起こさないよう努力している。その結果、敗戦国でありながら、独立国家として立派に復帰することもできた。
反面、戦後から時間が経つにつれ、ドイツ国内でもまた右傾化の流れも活発になりはじめてもいるらしい。ナチスを批判的に描く映画が多く生まれる土壌には、風化を恐れる思いもあるのだろう。
映画『Anthropoid』は、シリアスながらもクールな映画だ。『ハイドリヒを撃て!』という邦題や、派手なハリウッド的な音楽を載せた日本の予告編では、無名なB級にしかみえてこない。この独特の雰囲気を宣伝するのは至難の技なのか。せいぜい主演の二人のネームバリューにあやかるくらいしかないのだろうか? 映画の宣伝が信用できない。いち映画ファンとして、作品選びが困難な時代でもある。
戦争を扱う映画は、そのほとんどがプロパガンダとつながっている。反ナチ映画で名作が続々生まれるのは、ドイツの戦争への反省あってはじめてできたこと。その国の状況によっては、少しでも自国の都合の悪い映画ならば、公開されなくなってしまう。
一時期中国で抗日映画ブームがあった。親日派で有名なチャン・イーモウ監督の『The Flowers of War』は、南京事件を扱った映画ということで日本未公開。チャン・イーモウ監督は、高倉健さん主演の映画『単騎、千里を走る』も撮っているくらいだから、一方的な視点で描かれるとは思い難い。
いま、日本では影響力がある人が、しばしば危険思想的な発言を平気でしてしまっている。その偏狭から世界中の文化的孤立は避けられない。戦争は被害者にもなるが、加害者にもなる。自分に都合の悪い情報はすべてねじ伏せてしまうのはとてもカッコ悪い。もしかしたら、観るべき名作も、みのがしてるかもしれない。
たかが映画されど映画。エンターテイメントのあり方で、その国の状況が如実に見えてしまうもの。コワイコワイ。
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