*

『シング・ストリート』 海の向こう、おなじ年代おなじ時代

公開日: : 最終更新日:2021/05/02 映画:サ行, 音楽

映画『シング・ストリート』は、事前にかなりの評判を耳にしていた。「はやくも今年ナンバーワンの映画」とか、とにかく音楽好きな人たちの評価が高い。自分も大好きな映画『はじまりのうた』や『ONCE ダブリンの街角で』のジョン・カーニーの新作となったら、まあ間違いないと想像できた。

ジョン・カーニーといえば前作はハリウッド作品で、主演女優を公の場でdisって、すぐさま謝罪取り消ししたなんて珍事がある。なんだかメンヘラ臭プンプン。それもあってかなくてか、新作『シング・ストリート』は再び彼の故郷アイルランドのダブリンに舞台を戻して、彼の10代の頃の半自伝的映画となっている。

主人公の家庭では両親がうまくいってない。経済的理由で転校させられた学校は落ちこぼれ校。主人公曰く、バカかイジメられっ子しかいない。校風も超保守的。もうここではない何処かへ逃げるしかなさそうだ。そんな10代をおくれば、そりゃあメンヘラにもなる。

キャメロン・クロウ監督作品の『あの頃ペニー・レインと』も、監督が10代の頃の自伝的映画だけど、ちょっと年代が自分より上だった。この『シング・ストリート』の監督ジョン・カーニーは自分と同世代。ジャストビンゴな音楽体験をしている。アイルランドと日本で共通する記憶があるのが楽しい。

気になる女の子に近づく理由で、「僕のバンドのMVにでない?」って声かけちゃう。まだ自分のバンドすらないのに! 人生なんて、ハッタリと背伸びで切り拓いていくもの。

当時MTVが登場して、多感な世代だった自分たちは夢中になっていた。日本でも洋楽ロックを聴くのが、なんとなくカッコイイ時代。ロックと映像が融合するMTVなんて、夢みたいな媒体だった。日本でも毎週金曜日の夜には、テレビ埼玉でMTVを夜中じゅうやっていた。それをリアルタイムで観て、しかも録画もして、なんどもみかえしていた。土曜日の夜は、小林克也さんの『ベストヒットUSA』が欠かせなかった。

デュラン・デュラン、a-ha、ホール&オーツ……。まさかのザ・キュアーまで、しかもかなり重要な使われ方されている‼︎ 本編で使用されている既存の曲も魅力的だが、劇中のオリジナルバンド『シング・ストリート』の曲も、当時の匂いがして嬉しくなってしまう。あのチープなシンセ音がたまらない!

ジョン・カーニーの演出は、「あの頃は良かった」みたいな懐古的なものではない。10代なんて、人生の中ではもっとも灰色の時期。大人と子どもの間で、己の非力にイラつくことしかない。

そんななか、なにか夢中になれるものがみつかればなにより。それはもしかしたらただの現実逃避なのかも知れない。でも継続は力なり。直接結果につながるラッキーな人もいるけど、自分を含めておおかたの人は、夢が叶うことはない。それでも今の自分を形成する「なにか」にはつながっている。あの頃の自分には戻りたくないが、あの頃の自分があればこそ今がある。

人生は続いている。80年代を知る人も知らない人も楽しめる映画に仕上がっているのは、時代モノでも、登場人物たちは現在進行形で生きているから。過去が舞台でも、彼らの未来はわからない。実在したニューロマンティックを、ファンタジックなフィルターにしているだけのこと。

海を越え、時代を超え、世代を超えて共感できるのはとても楽しい。

現代はサブカルチャーも細分化して、各々偏った嗜好に向かってしまいがち。音楽なんて、スピーカーを通して聴く習慣もだいぶ減った。ヘッドホンから外部化する機会も少なくなった。宣伝された音楽以外は、自分で探さない限り、人を通して新しいものに出会える機会も少なくなった。それでも通ずるものはあると信じたい。まずは知らないものを否定しない態度ではありたいものです。

関連記事

『BLUE GIANT』 映画で人生棚卸し

毎年年末になると、映画ファンのSNSでは、その年に観た映画の自身のベスト10を挙げるのが流行

記事を読む

『ロボット・ドリームズ』 幸せは執着を越えて

『ロボット・ドリームズ』というアニメがSNSで評判だった。フランスとスペインの合作でアメリカ

記事を読む

『ツイスター』 エンタメが愛した数式

2024年の夏、前作から18年経ってシリーズ最新作『ツイスターズ』が発表された。そういえば前作の

記事を読む

no image

『ズートピア』理不尽な社会をすり抜ける術

ずっと観たかったディズニー映画『ズートピア』をやっと観ることができた。公開当時から本当にあちこちから

記事を読む

『パラサイト 半地下の家族』 国境を越えた多様性韓流エンタメ

ここのところの韓流エンターテイメントのパワーがすごい。音楽ではBTSが、アメリカのビルボード

記事を読む

no image

『スター・トレック BEYOND』すっかりポップになったリブートシリーズ

オリジナルの『スター・トレック』映画版をやっていた頃、自分はまだ小学生。「なんだか単純そうな話なのに

記事を読む

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』映画監督がアイドルになるとき

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズの監督ジェームズ・ガンが、内定していたシリーズ

記事を読む

『ローガン』どーんと落ち込むスーパーヒーロー映画

映画製作時、どんな方向性でその作品を作るのか、事前に綿密に打ち合わせがされる。制作費が高けれ

記事を読む

『SLAM DUNK』クリエイターもケンカに強くないと

うちの子どもたちがバスケットボールを始めた。自分はバスケ未経験なので、すっかり親のスキルを超

記事を読む

『下妻物語』 若者向け日本映画の分岐点

台風18号は茨城を始め多くの地に甚大なる被害を与えました。被害に遭われた方々には心よりお見舞

記事を読む

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

『cocoon』 くだらなくてかわいくてきれいなもの

自分は電子音楽が好き。最近では牛尾憲輔さんの音楽をよく聴いてい

→もっと見る

PAGE TOP ↑