*

『サトラレ』現実と虚構が繋がるとき

公開日: : 最終更新日:2020/03/01 映画:サ行,

昨年、俳優の八千草薫さんが亡くなられた。八千草さんの代表作には、たくさんの名作があるけれど、なぜか私の印象に強く残っているのが『サトラレ』という映画。製作年が2001年だから、もう19年も前の映画。そりゃあ自分もまだ20代。確かに若い時に観た。歳をとるのは早いものだ。

映画『サトラレ』は、本広克行監督の作品。当時『踊る大捜査線』の大ヒットで、次回作が注目されていた若手監督だった。『踊る大捜査線』の演出の雰囲気をそのまま継承している。

安藤政信さん演じる主人公の青年・健一は医学生。健一本人は知らないが、彼は天才的能力を持っている。国益に影響を与えるくらいの稀代の才能。ただこの天才にはとんでもない副作用がある。彼が頭で考えたことが、そのまま周囲の人に伝わってしまうのだ。周りの人たちは、健一の頭の中の声に気づきながらも知らん振りを演じ続ける。国の経済に関わる天才なので、まさに国家ぐるみで彼を守ろうとする。でもそんなことは健一本人ひとりだけ知らない。頭の中の声が周囲に聞こえてしまう人物を『サトラレ』と呼ぶ。アイデアが面白い。

サトラレ自身が、自分がサトラレであることを知ってしまったら、社会で生きていけなくなる。将来国の経済に貢献する発明をするであろう天才が、その才能を発揮する場を奪ってしまったなら、その人は犯罪者になってしまう。映画はサトラレの青年の頭の中の声に気づきながらも、気づかない振りを徹底して演じ続けなければならない人々との、国を挙げた大嘘つき大会になっていく。設定はSFだけど、楽しいコメディ映画。

この悲しき天才の主人公健一の祖母を八千草薫さんが演じていた。健一には両親がいない。幼少期に飛行機事故に遭い、そこで両親を亡くしている。頭の中の声が聞こえるサトラレだったおかげで、健一だけが助かった。だからおばあちゃんが親代わり。

普段は大人しい健一青年が、おばあちゃんだけには甘えて、乱暴な口をきくところがリアル。おばあちゃんが大好きな気持ちを、素直に伝えられない幼稚性のもどかしさ。

実際に天才と言われる人々と会うと、その才能ゆえの弊害というのをよく聞かされる。人ひとりの持てる能力なんて限界がある。何かに特別秀でた能力を持つ人は、凡人が普通にできる当たり前のことが出来なくて苦労している。これでは才能なのか弊害なのかわからなくなる。

「あの人は能力があるけど変わってるね」と言われる人たちは、むしろ普通の人に憧れる。誰も好きでエキセントリックになったわけではない。だからこそ普通の人が、天才のマネすることの愚かしさも同時に感じる。

考えてることが周りに伝播してしまう障害はこの映画のフィクションだけど、これはまさに天才と呼ばれる人へのメタファーだ。

八千草薫さんの話へ戻る。実は私の祖母は、八千草薫さんにどことなく似ていた。この映画を観た頃は、すでに他界していたのだけれど、生前の祖母は、父親のいなかった私にお小遣いをくれる唯一の存在だった。母親とは違う距離感があって、幼少期に甘えられる数少ない大人だった。

この映画での八千草薫さんの登場場面で電撃が走った。八千草さんのおばあちゃんが、日本舞踊の先生だったからだ。死んだ私の祖母が、まさに日本舞踊の師匠さん。スクリーンの向こうにおばあちゃんがいる。そんな衝撃だった。

子どもの頃、親に連れられて、祖母の日本舞踊の発表会に何度か行ったことがある。その頃の私にはよくわからないパフォーマンスだった。そしてそのステージに立つことの価値がどれほどなのかも理解していなかった。

祖母の葬式は盛大だった。一般の家での葬儀なのに、数百人が参拝していた。おばあちゃんのことを「先生、先生」と呼んで泣いているおばさま達が大勢いた。そのとき初めて、おばあちゃんは偉い人だったのだと知った。もっとちゃんとおばあちゃんのパフォーマンスを見ておけば良かったと後悔した。

映画のネタバレになるが、作品の重要な場面で、おばあちゃんが健一青年に言う。「あなたがいい子なのは、みんな知ってるからね」

健一青年の悶々とした頭の中の声を、毎日ずっと聞いてきたおばあちゃん。不本意ながら嘘がつけない彼のことをずっと見守ってきたおばあちゃんの最期の言葉。映画を観ていて、私自身が死んだおばあちゃんから直接言ってもらったような気になってしまった。

それまで私は、映画を観て泣くなんてことはほとんどなかった。映画や物語は所詮つくりもの。割り切って観ていた。だからカメラワークがどうとか、ストーリーにテンポがあるとか、そんなことばかりに着眼していた。映画が自分の人生に影響を与えるなどとは夢ゆめ思いもしなかった。それ以降、映画を観て泣くことが増えていった。

歳をとると涙もろくなるとはよく聞く話だ。これは涙腺の劣化で、ただ涙もろくなったわけではなさそうだ。

人間生きていると、いろいろ経験を積んでいく。ある意味人生の引き出しが増えていくようなもの。映画やら小説など、誰かの創作での物語であっても、自分の人生とシンクロする瞬間が増えてくる。それは、人生が豊かになってきたことなのかも知れない。

マンガ原作ばかりになってしまった昨今の日本映画。『サトラレ』公開当時はまだ、マンガ原作モノは主流にはなっていなかった。だから原作がどうのとか気にして観ていなかったような気がする。純粋に流行映画として楽しんでいた。『サトラレ』のマンガ原作も、最近まで続いたいたらしい。

自分の人生とフィクションを重ねて作品を観ていく。本来なら誰もが当たり前のような映画鑑賞の姿勢だが、私はそれが出来ていなかった。もうこれからは映画でどんどん泣いてやろう。そんな気持ちにさられる映画だった。泣き虫で何が悪いってね。

関連記事

no image

イヤなヤツなのに魅力的『苦役列車』

  西村堅太氏の芥川賞受賞作『苦役列車』の映画化。 原作は私小説。 日本の人

記事を読む

no image

『ドラゴンボール』元気玉の行方

  実は自分は最近まで『ドラゴンボール』をちゃんと観たことがなかった。 鳥山明

記事を読む

no image

『日の名残り』自分で考えないことの悲しみとおかしみ

  『日の名残り』の著者カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。最近、この映画版

記事を読む

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』これからのハリウッド映画は?

マーベル・ユニバース映画の現時点での最新作『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』をやっと

記事を読む

『時効警察はじめました』むかし切れ者という生き方

『時効警察』が12年ぶりの新シリーズが始まった。今期の日本の連続ドラマは、10年以上前の続編

記事を読む

no image

『坂本龍一×東京新聞』目先の利益を優先しない工夫

  「二つの意見があったら、 人は信じたい方を選ぶ」 これは本書の中で坂本龍

記事を読む

no image

『スター・トレック BEYOND』すっかりポップになったリブートシリーズ

オリジナルの『スター・トレック』映画版をやっていた頃、自分はまだ小学生。「なんだか単純そうな話なのに

記事を読む

no image

『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』特別な存在にならないという生き方 in 立川シネマシティ

立川シネマシティ[/caption] 世界中の映画ファンの多くが楽しみにしていた『スター・ウ

記事を読む

no image

『東京物語』実は激しい小津作品

  今年は松竹映画創業120周年とか。松竹映画というと、寅さん(『男はつらいよ』シリ

記事を読む

no image

『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』賢者が道を踏み外すとき

  日本では劇場未公開の『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』。DVDのジャケ

記事を読む

『鬼滅の刃 無限列車編』映画が日本を変えた。世界はどうみてる?

『鬼滅の刃』の存在を初めて知ったのは仕事先。同年代のお子さんが

『パラサイト 半地下の家族』国境を越えた多様性韓流エンタメ

ここのところの韓流エンターテイメントのパワーがすごい。音楽では

『ターミネーター/ニュー・フェイト』老人も闘わなければならない時代

『ターミネーター』シリーズ最新作の『ニュー・フェイト』。なんで

『家族を想うとき』頑張り屋につけ込む罠

  引退宣言をすっかり撤回して、新作をつくり続

『もののけ姫』女性が創る社会、マッドマックスとアシタカの選択

先日、『マッドマックス/怒りのデスロード』が、地上波テレビ放送

→もっと見る

PAGE TOP ↑