*

『ジョジョ・ラビット』 長いものに巻かれてばかりいると…

公開日: : 最終更新日:2021/04/29 映画:サ行, 音楽

「この映画好き!」と、開口一番発してしまう映画『ジョジョ・ラビット』。作品の舞台は第二次大戦中のドイツ。ナチスのヒトラーユーゲントのキャンプに参加した10歳の少年ジョジョの物語。

人殺しの訓練を受ける少年の話。それだけ聞いてしまうと、悲惨な映画なのかと思ってしまうが、この作品はコメディ。10歳の少年の非力さと、それゆえのかわいらしさで映画はいっぱいだ。

戦争映画といえば、モノトーンに近い色調で描かれがちだが、この映画はカラフル。ジョジョ少年の目線から見た世界の具現化。戦争映画は観賞後にどーんと落ち込んでしまう。どんなに素晴らしい作品でも、再見する気にはなかなかなれないもの。それはある意味戦争映画として成功している。戦争はイヤなもの。戦争を美化したり、カッコいいものとして描かれている作品はただのプロパガンダ。

監督は『マイティ・ソー/バトルロイヤル』のタイカ・ワイティティ。本編ではジョジョのイマジナリーフレンドのヒトラー役も怪演してる。もうこのヒトラーが最高に笑える。

タイカ・ワイティティの前作『マイティ・ソー』のときも、レッド・ツェペリンの使い方がめちゃくちゃカッコ良かったんだけど、今回の『ジョジョ・ラビット』も、監督の音楽センスが伺える。

冒頭のドイツ語版のビートルズに合わせて、ロックスターと独裁者への熱狂を被らせる風刺っぷりがいい。カリスマに煽動されて、踊らされていく大衆の姿。刷り込みって恐ろしい。

ナチスを「カッコいい」と思い込んでるジョジョ少年の危うさ。でもそれを知り得る我々観客は、歴史を知っているからにすぎない。当時のドイツ人は、ナチスこそ正義だと思っていた人もいるだろう。少年がヒーローへの憧れを、そちらに向けていくのは至極当然。その理想と現実のパラドックスに、ジョジョ少年が気づいていくのがこの映画の最大のテーマ。

そういえば最近の映画って、英語圏外の国が舞台でも、全員英語喋ってるのはOKなのね。そこで引っかかるのは、野暮ってものか。

タイカ・ワイティティは自分と同年代。彼の母親はユダヤ系とのことだけど、戦争を知らない世代には変わりない。戦争映画なのにコメディというので、日本の『この世界の片隅に』にも近いものを感じる。そちらの原作者・こうの史代さんも同年代。戦争を知ってる人たちの作品とはどこかアプローチが違う。戦争体験者からの作品は、戦争に対する怒りや悲しみが、作品を突き動かす原動力になっている。戦争を知らない世代にはそれがない。戦争という、とてつもなく理不尽な状況も、ユーモアで立ち向かおうとしている。

暴力や憎悪、偏見や差別なんてダサい。いまこそ笑いを武器にしていこうではないか。いかなる時でも、ユーモアを持てるかどうかで人生は変化していく。笑いこそ、もっとも知的で人間らしいセンスだ。

ナチスに傾倒していく少年の心理。我々はとかく長いものに巻かれていく習性がある。平時にはそれは良きものとされている。でも戦争やら時代の分かれ目にその姿勢だと、取り返しのつかないことにもなりかねない。

選挙などで投票者を誰にするか判断する基準に、「受かりそうな人、優勢な人だから投票する」という人がいる。勝ち組に投票することで、自分も勝ち組に所属しているような安心感を得たいのだろう。ひとときの優越感。でもそれってとても危険。優勢に乗った錯覚にすぎない。結局その候補者の過去の言動や、公約には耳を貸していない。調べず考えず、流れに身を任せるだけ。情報操作がうまいかどうかで勝敗が決まるのでは、知性とは程遠い。シビリアン・コントロールなんてチョロい。同調圧力様様だ。

ジョジョのママ役のスカーレット・ヨハンソンがまた良い。彼女は戦争反対の活動家らしいんだけど、そこのところも映画ではフワッとさせている。これは政治映画ではないから。息子と母親の思想が違っても、この家庭はうまくいっている。でもそれには映画は触れない。少年の目線から見た世界は、政治なんて関係ない。

いじめられっ子のジョジョは、下ばかり見ている。大好きなママの存在も、彼女の靴からイメージされる。それも伏線となる演出のうまさ。

過酷な世界ではひどい目にあわされっぱなしのジョジョ。でもそれらは不幸中の幸いにもなっていく。映画のポジティブな視線。シニカルなアプローチから始まっても、作品全体に愛がある。

戦争映画なのに、観賞後爽快感がある。明るい気持ちになる。登場人物たちのその後の人生も気になってしまう。またこの映画観たいなとすぐ思ってしまった。戦争映画としては珍しい印象だ。

関連記事

『坂の上の雲』 明治時代から昭和を読み解く

NHKドラマ『坂の上の雲』の再放送が始まった。海外のドラマだと、ひとつの作品をシーズンごとに

記事を読む

no image

『ジュブナイル』インスパイア・フロム・ドラえもん

  『ALWAYS』シリーズや『永遠の0』の 山崎貴監督の処女作『ジュブナイル』。

記事を読む

『ブレードランナー2049』 映画への接し方の分岐点

日本のテレビドラマで『結婚できない男』という名作コメディがある。仕事ができてハンサムな建築家

記事を読む

『恋する惑星』 キッチュでポップが現実を超えていく

ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』を久しぶりに観た。1995年日本公開のこの映画。すでに

記事を読む

『ボヘミアン・ラプソディ』 共感性と流行と

昨年はロックバンド・クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットが社会現象となった

記事を読む

no image

『スイス・アーミー・マン』笑うに笑えぬトンデモ・コメディ

インディペンデント作品は何が出てくるかわからないのが面白い。『スイス・アーミー・マン』は、無人島に一

記事を読む

no image

『ズートピア』理不尽な社会をすり抜ける術

ずっと観たかったディズニー映画『ズートピア』をやっと観ることができた。公開当時から本当にあちこちから

記事を読む

『グラディエーター』 Are You Not Entertained?

当たり外れの激しいリドリー・スコット監督の作品。この『グラディエーター』はファーストショット

記事を読む

『希望のかなた』すべては個々のモラルに

「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ借り」というものもある。どんな映画かまったく知らないが、ジャケッ

記事を読む

『龍の歯医者』 坂の上のエヴァ

コロナ禍緊急事態宣言中、ゴールデンウィーク中の昼間、NHK総合でアニメ『龍の歯医者』が放送さ

記事を読む

『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』 刷り込み世代との世代交代

今度の新作のガンダムは、『エヴァンゲリオン』のスタッフで制作さ

『ブラッシュアップライフ』 人生やり直すのめんどくさい

2025年1月から始まったバカリズムさん脚本のドラマ『ホットス

『枯れ葉』 無表情で生きていく

アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』。この映画は日本公開されてだ

『エイリアン ロムルス』 続編というお祭り

自分はSFが大好き。『エイリアン』シリーズは、小学生のころから

『憐れみの3章』 考察しない勇気

お正月休みでまとまった時間ができたので、長尺の映画でも観てみよ

→もっと見る

S