*

『ディファイアンス』他力本願ならカタルシス

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 映画:タ行,

 

事実は小説よりも奇なり。

第二次大戦中のナチスドイツのユダヤ人迫害を描いた作品は、ひとつのジャンルといっていいほど近年たくさん製作されている。この映画『ディファイアンス』も、そのテーマを扱っているのだが、一連の作品とは一味印象が違う。ユダヤ人たちが、ただただナチスに殺されているだけではなく、パルチザンとなって戦っているのだ。

監督は『ラストサムライ』などのエドワード・ズウィック。社会派の題材を娯楽性高く味付けするのが得意の監督さん。史実を基にしたこの映画も、要所要所にハリウッド的なひな形は感じられる。ここは脚色なんだろうなと、ハッキリわかってしまうのはご愛嬌。

ユダヤ人狩りをするナチスに対し、逃げるだけではなく、武器を集めながら抵抗していくユダヤ人コロニー。ユダヤ人といえば、ずっと迫害され続けている民族のイメージ。戦うユダヤ人もいたというのが新鮮。

ユダヤ人たちが森の中で逃亡生活を送る。その自然描写の美しさや、ナチスとの攻防戦と、映画的な要素がふんだんに織り込まれている。

主人公のユダヤ人のリーダーをダニエル・クレイグが演じてる。『007』シリーズでの悲しみを背負ったジェームズ・ボンドのイメージを引き継いでいる。悲壮感の中の強い目力が印象的。

ユダヤ人パルチザンが、ナチスドイツ軍やそれに手を貸した人間に報復する。観客としてはなんともしれないカタルシス。でもちょっと待て。人が殺される場面で、スッキリしてしまう感性って、かなり危険。ナチスの非人道的な大虐殺は、許されざることだけど、「目には目を」を続けていけば、みんな目がなくなっちゃう。誰だってやはり、むざむざただ殺されるくらいなら抵抗はするだろう。問題はこの絶対悪が生まれてしまう土壌。

ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』にまつわる何かで読んだ、侵略側の一兵卒として出征した人の記録で、上官から捕虜を殺せと命じられたというものがある。怯える相手国の捕虜を前に、その後ろでは上官が睨みをかけている。殺さなければ自分が殺される。その一兵卒が、捕虜を刺し殺した瞬間込み上げてきたのは、恐怖や後悔よりも、恍惚感だったとのこと。そうして暴力は正当化される。

大勢の人を殺したシリアル・キラーも、最初の一人目を殺めるのは大変だと聞く。

以前、自主劇団をやっている頃のこと。作品は幕末時代の志士たちの話。登場人物はみなたくさん人を殺してる。役者さんのひとりから聞いた役作りのイメージ・トレーニングで、具体的な誰かを実際に殺す想像を巡らせてみたらしい。ディテールを詳しくイメージすればするほど、身震いするほど恐ろしかったとのこと。最初の1人をイメージするのは、難儀だったけど、2人目3人目は慣れていって簡単になったとのこと。残虐性への麻痺。こうしてサイコパスは完成、製造されてくのだろうか。

ユダヤ人たちがナチス軍をやっつける。なんともカタルシスがある展開。主人公が親の仇を討ったあと、弟が「気分は良いか?」と尋ねる。良いわけがない。悪党が倒される姿をみるのは勧善懲悪の世界では気分が良い。自分とは関係ない第三者が、手を下して悪いヤツを成敗する。世界に平和がやってくる。みんなが英雄に感謝する。だがその英雄の手は血塗られて、その人生は滅茶滅茶だ。

現実は勧善懲悪のようにうまくはいかない。グレーゾーンのせめぎ合い。こういった戦争映画は、一応善悪ハッキリしていないと観客は混乱してしまう。社会派のシリアスな映画ではあるが、無防備にそのままを真実とは受け取らない想像力も必要だ。

映画は鑑賞後、それなりに爽快感を与えてくれる。これはあくまでエンターテイメントなんだと、おのれに釘を刺して、割り切ってみた方がいいみたいだ。

関連記事

『星の子』 愛情からの歪みについて

今、多くの日本中の人たちが気になるニュース、宗教と政治問題。その中でも宗教二世問題は、今まで

記事を読む

『帰ってきたヒトラー』 これが今のドイツの空気感?

公開時、自分の周りで好評だった『帰ってきたヒトラー』。毒のありそうな社会風刺コメディは大好物

記事を読む

『三体(Netflix)』 神様はいるの?

Netflix版の『三体』をやっと観た。このドラマが放送開始されたころ、かなり話題になっていたし

記事を読む

no image

ホントは怖い『墓場鬼太郎』

  2010年のNHK朝の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で 水木しげる氏の世界観も

記事を読む

no image

『坂本龍一×東京新聞』目先の利益を優先しない工夫

  「二つの意見があったら、 人は信じたい方を選ぶ」 これは本書の中で坂本龍

記事を読む

no image

『湯殿山麓呪い村』即身仏、ホントになりたいの?

  先日テレビを観ていたら、湯殿山の即身仏の特集をしていた。即身仏というのは僧侶が死

記事を読む

『リアリティのダンス』ホドロフスキーとトラウマ

アレハンドロ・ホドロフスキーの23年ぶりの新作『リアリティのダンス』。ホドロフスキーと言えば

記事を読む

『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』 映画鑑賞という祭り

アニメ版の『鬼滅の刃』がやっと最終段階に入ってきた。コロナ禍のステイホーム時期に、どうやって

記事を読む

no image

『デッドプール』映画に飽きた映画好きのためのスパイス的映画

映画『デッドプール』は、劇場公開時に見逃してからずっと観たかった映画。小さな子どもがいる我が家では、

記事を読む

no image

『ジャングル大帝』受け継がれる精神 〜冨田勲さんを偲んで

  作曲家の冨田勲さんが亡くなられた。今年は音楽関係の大御所が立て続けに亡くなってい

記事を読む

『教皇選挙』 わけがわからなくなってわかるもの

映画『教皇選挙』が日本でもヒットしていると、この映画が公開時に

『たかが世界の終わり』 さらに新しい恐るべき子ども

グザヴィエ・ドラン監督の名前は、よくクリエーターの中で名前が出

『動くな、死ね、甦れ!』 過去の自分と旅をする

ずっと知り合いから勧められていたロシア映画『動くな、死ね、甦れ

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

→もっと見る

PAGE TOP ↑