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『東京暮色』生まれてきた命、生まれてこなかった命

公開日: : 最終更新日:2019/06/10 映画:タ行

第68回ベルリン国際映画祭で小津安二郎監督の『東京暮色』の4Kレストア版が上映された。小津作品へのオマージュ作も多いヴィム・ヴェンダース監督と坂本龍一さんが当日登壇していた。とても興味深い上映会だ。何よりこのベルリン映画祭版のポスターがカッコいい! 主演の有田稲子さんのアンニュイな表情のデザインは、現代のヨーロッパ映画のようだ。このポスター欲しいな。

小津作品は自分が20代前半にかなりハマったことがある。それも80年代後半に流行ったヴェンダースの映画やジム・ジャームッシュ監督がしきりに小津映画のことを語っていたので、逆輸入的な感覚だった。数多ある小津安二郎映画は、ほとんどが家族を題材としていて、配役も同じ。カメラアングルも小津スタイルを確立していたので、一見観ただけではどれがどの作品か判別できない。ワンカット観ただけで「この作品だ!」と言い当てられるような人は、かなりの小津マニアだ。そんななので自分もこの『東京暮色』を観ていたのかどうかよくわからなかったが、どうやら未見だった。

かつて映画のタイトルに「東京」とつくと、名作が多いというジンクスがあった。だから「東京」という冠を上げるにはそれなりの度胸も必要だったろうし、安易に使えない禁じ手のようなキーワードだった。いつしかタガが外れて、何でもかんでも「東京何某」とタイトルが氾濫し始めた。今「東京」と冠がつくだけで、胡散臭さがプンプンする。ちなみに「桜」と銘打つ楽曲もそんな感じだ。

小津安二郎監督の代表作『東京物語』にしても、この『東京暮色』にしても、「東京」という都会で、人々の心も荒んで傷ついて、それでも生きていこうとする姿が静かに描かれている。「東京」の持つ意味はとても物悲しいもの。繁栄の象徴ではなく、悲哀溢れるものだ。心のない街「東京」。それはあの頃も今も同じ。

小津安二郎監督作品が海外で評価されるのは、日本映画独特の泥臭さやジメジメした感じがなく、ドライでクールな演出をしているから。今観ても古さを感じさせない。原節子さんを始め、目鼻立ちのハッキリした顔立ちの役者さんを起用しているから、なんだかヨーロッパの映画を観ているような気分になる。むしろイマドキの日本映画の方が、かえって古臭い印象がするくらい。ウェルメイドとはまさにこのこと。

1957年制作のこの『東京暮色』。作品の舞台は五反田やら雑司が谷。山手線沿線の当時の都会。でもまだ道路が舗装されてなかったりする。これじゃ靴がすぐ汚れちゃいそうだ。笠智衆さんが演じるお父さんは、勤務中にパチンコに行ったり(しかも手打ち!)、ランチで飲酒したりしてる。そんな端はしに時代を感じさせる。

映画はその国の状況や、時代の空気感を伝える記録でもある。高度成長期のあの頃を美化した映画が近年たくさん制作されたが、経済ばかりを追い続けている当時そのままを伝える小津映画では、都会の生活はそんな華やかなものとは描かれていない。

家族を描き続けた小津映画。例え悲しい出来事ことがあっても、基本的にはコメディで乗り越えていく。でもこの『東京暮色』は、とても暗くて救いのないメロドラマだ。状況説明である都会の建物の外観を映す映像も暗く、何度もインサートされる踏切のショットは、のちの悲劇へと繋がる伏線だったりする。

主人公の有馬稲子さん演じる明子は中絶手術を受ける。その姉で原節子さん演じる貴子は、夫と上手くいかないながらも育児に奔走している。その二つの人生を対照的に、しかも適切な距離感を保ちながら描いている。御涙頂戴なんかには絶対ならない。この踏み込み過ぎない描写に、当時の日本の観客はどこまでついてこられたのだろうか? 小津安二郎の大人な視点だ。

貴子の娘は2歳の設定だ。実際に2018年の今に換算すると63歳になっているはず。そうやって考えてみると、時代はいくら変われども、いつの時代も人間というものは同じようなことを繰り返して生きているものだとつくづく感じてしまう。

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