『デッド・ドント・ダイ』 思えば遠くへ来たもんだ

エンターテイメント作品でネタに困った時、とりあえずゾンビものを作れば、それなりにヒットする。そんなジンクスがある。日本で大流行の『鬼滅の刃』だって、まず最初には、和装のゾンビものがやりたくて企画があがったはず。ゾンビ映画はジャンルとしてほぼ鉄板といえる。「とりあえずカレーにしとけばハズレない」に近い考え。映画を知らないプロデューサーにも企画が通りやすい。自分が映画の製作者で、いいアイデアを急ぎ要求されたら、雑にゾンビもののプロットを提案するだろう。
ジム・ジャームッシュ監督の最新作がゾンビものだと聞いて、ちょっとひいた。ジャームッシュも遂にやることがなくなったのか? ジャームッシュとホラー、あまりに相性が悪い印象。本人も逆手をとっての企画なのだろう。
自分は実はホラーが苦手。とつぜん脅かされるのもイヤだし、血とか内臓とかグロテスクなものも観たくない。むしろなんでお金を払ってまで、そんな怖い思いをさせられたり、気持ち悪いものを観せられなければならないのだろうかと、本気で悩んでしまう。それにあんまりビックリさせられてると、血液固まるし。
ジャームッシュのゾンビもの。地雷臭しかしてこない。文字通り怖いもの見たさで『デッド・ドント・ダイ』を観てみることにした。
そもそもこの映画のジャンルは、コメディになるのかホラーになるのか? 『デッド・ドント・ダイ』というタイトルもインパクトがなさすぎて覚えられない。これほど検索に困難な作品もない。
一抹の不安を感じながらも、映画が始まってみると、いつものジャームッシュの映画と同じテイスト。『デッド・ドント・ダイ』は、ホラー映画というよりコメディ映画。怖くないゾンビ映画。でも残虐描写はあるからR指定。なんとも説明しづらい不思議な空気を醸し出している。一応ホラー映画にカテゴライズされるだろうけど、きっとホラー映画ファンはこの映画に納得しない。
意外だったのは、ジャームッシュからのゾンビ映画の巨匠・ロメロに対してオマージュ描写が多かったこと。ジャームッシュさん、ゾンビ映画好きだったのね。独立系映画の旗手ジム・ジャームッシュ監督作品といえば、低予算でおかしみある作風。ゾンビ映画やホラー映画も低予算のB級映画の代名詞。案外このイノベーション、相性が良かったのかも。
作中でゾンビたちは、生前の趣味の記憶をたどって行動する。スポーツ好きはグラウンドに集まり、コーヒー好きはダイナーに集まる。物質主義への警鐘と本編で語っている。こういったキッチュな哲学も、B級映画的というか、80年代のエンタメ作品にありがちなこじつけっぽい理屈。まあ理屈をこねくりまわして遊ぶのは、男子の専売特許。もちろんそんなことばかりしてると、女子にはモテない。
そういえば最近、Eテレの『100分de名著』で扱っていたブルデューの『ディスタンクシオン』を思い出した。人々の趣味は、その生活水準から自ずと決まっているというもの。金持ちは金持ちなりの趣味があり、貧乏人にはお金のかからない趣味がある。そもそもお金がない人がクルーザーに乗って遊んだりはしない。お金のかからない遊びを無意識のうちに選ぶ。
本人は自分の意思で趣味を選んでいるつもりでも、実は趣味の方が人を選んでいるようにもとれる。遊びですら格差の不自由なカテゴライズにはめられてしまっている。誰もが無意識にカーストを受け入れている。残酷な現実。
ゾンビたちは、死んでしまって既にそんなしがらみから自由になったはずなのに、やはり格差社会の道を求めてしまう。自ら望んで貧しさのレッテルを貼られたがる。もちろん時には、ステレオタイプの偏見が、己を守ってくれることもある。「あの人はああいうタイプの人だよね」と他人に思われたなら、そのタイプを演じ続けておけば、自分の居場所は作りやすい。皮肉だけど。
ジャームッシュが果たして物質主義の問題提起を題材に扱いたくてゾンビ映画を利用したかどうかは定かでない。もちろん過去のエンタメ作品で、説教くさく哲学を語る場面も、それが真意で映画を作っていたとは到底思えない。80年代のサブカル映画では、とつぜん人生問答の場面が入ってくるのが、なんだか流行りだった。くだらないだけの消費作品になりたくない、作り手たちのあがきだったのかもしれない。
自分がジム・ジャームッシュ監督作品と初めて出会ったのは『ストレンジャー・ザン・パラダイス』。10代のときだった。この作品が発表されたのは1984年。80年代当時は、ハリウッドのブロックバスター映画が王道だった。いまの消費主義的な、映画の量産スタイルの基盤がこの時期にできた。当時の自分は、スピルバーグの映画みたいな、ビッグバジェットで万人受けする映画だけが映画なんだと思い込まされていた。そんななかで出会った『ストレンジャー・ザン・パラダイス』。お金がかかってなくても面白い映画は作れる。自分が映画製作に目覚めるきっかけになる作品だった。
そんなインディペンデントなジャームッシュが、メジャー映画の王道スタイルをパロってみるのも、ひとまわりしてて興味深い。
そんなジャームッシュの作風もあってか、ずっととんがった若い監督と錯覚してしまっていた。彼ももう68歳。『デッド・ドン・ダイ』に出演してる役者さんたちは、ジャームッシュ映画の常連さんばかり。ビル・マーレイやトム・ウェイツ、スティーブ・ブシェミ……。ジョー・ストラマーはもう亡くなっちゃった。常連キャストも監督とともに歳を重ねている。
そうか、80年代『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を観て胸を躍らせた10代の自分も、すっかり歳をとったのか。よく考えたら、自分の子どもたちがあの頃の自分の年齢になってきてる。自分やジャームッシュが歳をとるなんて、あの頃想像すらしていなかった。思っているより人生は短い。
すっかり自分もおじさんの年齢に達してるのに、気持ちだけは若いまま。でも周りは自分を若者とは思っていない。気持ちと見た目の乖離。ちょっとそれは意識して埋めていかなければまずい。
70歳近くになっても、まだまだ若々しいジャームッシュ映画を観て、流れた月日に浦島太郎を想わせる。『デッド・ドント・ダイ』の自分の化学反応。確かに長く生きてきたかもしれないと、しみじみ思う。思えば遠くへ来たもんだ。
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