『チェルノブイリ』 あれ、みんな英語しゃべってる?

先日、福島で震度6強の地震があった。311の東北震災から、もうすぐ10年が経とうとする矢先の出来事。誰もがあの時の混乱を思い出した。津波や二次災害がまず心配。原発は大丈夫だろうか。政府の真っ先の発表は、「まったく問題がない」というものだった。しかし後出しジャンケンのように、福島原発からのトラブルが発覚してきた。この問題はなかなか根深い。
偶然にもそんな中、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故を扱ったミニテレビシリーズ『チェルノブイリ』を自分は観ていた。
この作品はずっと気になっていた。テレビシリーズとは思えないほど、怖い描写があると聞いていた。それでも観ておいた方がいいよとも勧められていた。なかなか鑑賞に勇気のいる作品だ。しかしチェルノブイリ原発事故をエンターテイメント作品で扱うとは、ロシアもなかなかやるなと感心していた。
ん? 本編が始まると、まず引っかかった。登場人物の会話がすべて英語。出演している俳優たちも、ハリウッドやヨーロッパの英語圏の映画に出ている人が多い。このドラマの制作はHBO。ワーナーブラザーズの傘下のスタジオだ。この作品の制作国はロシアではなくアメリカのハリウッド。
最近のハリウッド映画では、英語圏外の国が舞台となっていても、登場人物全員が英語を喋っている作品が多くなった。作品を世界標準で配給するため、最初から英語で撮影していた方が流通しやすい。英語なら多くの人の目に留まりやすい。
かつてベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』は、中国が舞台だけれど、最初からすべて英語で制作されていた。主人公のラストエンペラー・溥儀の家庭教師がイギリス人だったというのを理由に、紫禁城では英語が公用語だった設定になっている。イタリア映画でありながら中国が舞台、しかもハリウッドの商戦もターゲットにしているから、英語の方が都合がいい。結果的に多くの観客を魅了して、アカデミー賞を獲得した。選択は正しかった。
ただその場合、舞台となった国の人たちからすると違和感しかない。自国の見慣れた風景や文化が紹介されながらも、自分たちが普段交わさない言語で作品が展開する。もうそこにはリアリティーがない。ファンタジーやSF作品を観る感覚。他人事としてその作品に触れていくことだろう。
エンターテイメント映画の黎明期、グリフィスの『イントレランス』のなかで人種差別的な描写があった。それがその後の映像での人種差別的な表現の定番になる原因になったらしい。映像作品のインパクトは強烈だ。作品に熱狂すればするほど、そこに内包する偏った思想に、無意識のうちに染まりかねない。そういったエンターテイメントからの刷り込みが、プロパガンダに利用されるととても危険。100年前に発したエンターテイメントの功罪が、現代のBlack Lives Matter運動にもつながってくると思うと、これもまた根深い。
アメリカにはソフトパワーを政治力として利用するテクニックがあるらしい。アメリカは世界でも番長みたいな存在を維持しようとしている。だから世界から嫌われ者にならないために、カルチャーに力を入れているという話を聞いたことがある。世界のカルチャーを牽引しているのは、国をあげた事業でもある。ソフトパワーで世界中に好感を持たれていれば、なんとなく許せてしまう。カルチャーを自己防衛の手段に使う。これも外交。
ドラマ『チェルノブイリ』は、事実とフィクションを交差させながら描いている。なにせ関わった実在の人たちは、ほとんどが事故の5年以内に亡くなっている。事実解明も藪の中。近代が舞台の作品だけど、なんだか遠い昔を描いた、歴史大河ものでも観るかのようだ。
ドラマの当初、原発事故が発生したとき、周囲の住民たちが、呑気に受け止めているのがとてもリアル。実際に歴史に残るような大惨事が起こった時でも、その当事者たちは「まさかそんなひどいことが自分に降りかかることはない」と、楽観的に受け止めていたことだろう。被曝の症状は、時間をおいて表出してくる。さっきまで元気に喋っていた人が、急に表皮がただれて重症患者になってしまう。このドラマの怖いところは、誰もが穏やかに暮らしていた中に、突如大事故が起こること。普通に今日が終わって、明日がくると思っていたのに、それが壊れてしまうこと。
ドラマは群像劇だが、メインになるのはチェルノブイリ原発事故を調査に派遣される政府の高官と科学者。この2人は実在の人物。現地に派遣されるとき、高官のボリス・シチェルビナは、科学者のヴァレリー・レガゾフに威圧的な態度をとる。いけすかない政治家という印象。現地に着任してヴァレリーと共に行動しているうちに、事故の重大性をジワジワ身に感じ始める。ヴァレリーから、「ここに来てしまったからには、私もあなたも5年は生きられない」と告げられる。そこからボリスの態度が一変する。ボリスを演じているのはステラン・スカルガルド。『アベンジャーズ』では科学者を演じてた役者さんだ。
被曝者の技師たちの証言を集めるエミリー・ワトソン演じる科学者ホミュックは、どうやら架空の人物らしい。でも彼女と同じようなことをした人物はいただろう。本編の後半は、旧ソ連の隠蔽を暴く法廷劇となっていく。そこでは陰謀説めいたものにスポットを浴びせている。これも諸説あるらしい。ドラマもこの辺になると、急に他の場面と様相が変わってくる。ことの真相は知る由もない。
やはりドラマのいちばんの見せ場は、前半の原発事故が起こったところ。一般市民にどのようなことが起こるのか。丁寧に順を追ってシミュレーションしている。このドラマを観てしまうと、原発なんて絶対イヤだな〜と思えてしまう。政治的な内容だけれど、いちばん被害を受けているのは、何も悪いことをしていない、真面目に静かに生きている一般市民。政治と生活は密着している。
もしかしたら何年かして、福島原発事故もハリウッドで映像化されるかもしれない。そこで我々日本人がいままで知らなかったことまで描かれたりするかも。やっぱりそれも事実なのかフィクションなのか、判別しにくい描き方で。配役は日系人やアジア系の役者さん。みんな英語を喋ってる。それこそまさにファンタジー。やっぱり現実は小説より奇なりと。
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