『DUNE デューン 砂の惑星』 時流を超えたオシャレなオタク映画
コロナ禍で何度も公開延期になっていたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF超大作『DUNE』がやっと日本でも公開された。一時は劇場公開も危ぶまれ、いきなり配信へ突き進んでしまう気配もあった。ヴィルヌーヴ監督も抗議していたが、この手のスペクタル映画は、映画館で観てナンボ。タブレットやスマホでの鑑賞は、妥協の鑑賞手段。人生の機微を描くような作品ではないから、小さな画面でストーリーを追って楽しめる作品とはあきらかに違う。
フランク・ハーバートの原作小説『DUNE』の映像化は数度にわたる。自分は10代の頃に観たデヴィッド・リンチ版が印象的。当時の日テレ『金曜ロードショー』枠で観たような。ミュージシャンのスティングが、なぜかパンイチでマッチョな悪役を演じてた。デヴィッド・リンチの演出特有の訳のわからない展開は、原作云々よりもリンチ節として確信的にケムに巻いていた。
のちにアレハンドロ・ホドロフスキー監督のドキュメント映画で、ホドロフスキーもこの原作に目をつけて映像化を試み、挫折した経緯を知る。アート志向のホドロフスキーが『DUNE』を映像化していたら、果たしてどんな作品になっていたか。たらればを思うと切なくなる。目をキラキラさせながら自身の構想を語る、カリスマ性のあるホドロフスキーに魅力を感じて、多くの人は集まることだろう。でも彼のその「俺が俺が」の夢物語が、ハリウッドのビッグ・バジェットには向いていない。ワンマン社長と大企業の幹部との働き方のセンスの違いに近い。個人主義なホドロフスキーは、大勢の人が動くハリウッド・ビジネスとでは相性が悪い。映画は総合芸術でありながら、商業としても成り立たなければならない。矛盾を抱えている。純粋なだけではいられない。
でもこのホドロフスキー版『DUNE』の失敗があったからこそ、のちの『スターウォーズ』や『エイリアン』、『コンタクト』などの映画が誕生していたのも事実。ホドロフスキーの夢の種は、現在のハリウッドに確実に花開いている。
呪われた原作でもある『DUNE』。本作のメガホンをとるヴィルヌーヴの前作は『ブレードランナー2049』。リドリー・スコット監督による名作SF映画『ブレードランナー』の正統な続編。熱狂的ファンが多い伝説の作品の続編をつくる度胸がすごい。まさに禁断の扉を自ら開けにいっている。
『ブレードランナー2049』は、カルトムービーでは規格外のビッグ・バジェットで製作された。かつてから前作のファンだった自分としては、名作の続編『ブレードランナー2049』の出来栄えには大満足だった。とても贅沢な映画。ただ、製作費をかけ過ぎてしまったがために、作品自体こそはヒットしたけれど、興行収益で元を取れずに大赤字になってしまったという、微笑ましい事態に陥っている。商魂至上主義のハリウッドでは、このマーケティングの失敗は珍しい。
『DUNE』が日本公開される際、おかしな宣伝コピーがメディアに流布してきた。「控えめに言って最高」や「主人公の運命に泣いた」、「エモい」など、別の作品のキャッチコピーと間違えているのではないかと思うものばかり。『DUNE』のメインターゲットの客層は、硬派なオタクのおじさん。間違ったキャッチコピーのせいで、本来の客層の観る気を削ぐほどの言霊力を放っている。
欲を張った日本の配給会社が、メインターゲット以外の客層を巻き込もうと苦肉の策でコピーを考えたのかも知れない。でも『DUNE』自体が軽い作品ではないので、そんな軽薄なノリで観に行った観客は、詐欺にあったような悲しい気分にさせられてしまうだろう。作品の本質を見ないで、ただ稼げればいいいという宣伝手法にはもう騙されない。最近ではSNSの口コミがいちばん信用できる。このドゥニ・ヴィルヌーヴ版の『DUNE』は、海外での評価はかなり高い。日本のSNSでの評価は賛否両論。これはこれで、果たして自分の感性ではどちらに転ぶか確かめてみたい。日本の宣伝効果ですっかり鑑賞欲を削がれてしまった自分だが、やはりこの作品は映画館で観ておきたい。
今までの『DUNE』がそうであったように、今回のリメイク作もオタク映画になるだろう。家族で観るような映画ではないと予想がつくので、おじさんひとりで映画館へ赴く。映画は予想した通りドゥニ・ヴィルヌーヴの硬派なオタク向け映画の匂いをプンプン放っている。
音楽を担当しているのは名匠ハンス・ジマー。常連で作品をつくってきたクリストファー・ノーラン監督の最近作『TENET』のオファーも蹴って、この『DUNE』の曲作りに専念したとか。その執念もあってか、サントラが気合い入り過ぎているくらい。ハンス・ジマーも新境地を開こうとしているのだろうか。焦りのようなものすら感じてしまう。
デヴィッド・リンチ版とほとんど話も同じ。むしろ「DUNEってこんなストーリーだったのか!」と、リンチ版ではわからなかった展開が、丁寧に語られていく。メカや建造物などのプロダクションデザインも、ベースはリンチ版を踏襲した刷新版。とくに目新しいものはない。
今思うとホドロフスキー版のプロダクションデザインは、サイケデリックな模様の宇宙船とか斬新なものだった。今の映像技術でこれを映像化できたら、さらに新しいSF映画の流れをつくりそう。リンチ版の映像作りはギトギトの油っぽい感じ。それでもホドロフスキー版に比べればさっぱりしてる。そして今度のヴィルヌーヴ版は、モノトーンを基調にした重厚感あるデザイン。砂漠の色でさえセピア色単色にみえる。前者たちが濃い色合いのデザインだったのが、モノクロ映画を観るような印象に抑えている。それがとてもオシャレ。
「特殊能力を持つ選ばれし者」が主人公というのも、多様性を認め合おうとしている現代からすると時代遅れ。原作が古典で、センスが古いのは否めない。生きづらさを抱えた作者や観客が、実は自分はみにくいアヒルの子だったと思いたがる現実逃避の妄想。それをそのまま映画化してしまったら厨二病。ヴィルヌーヴの『DUNE』は、カルトな原作にエンターテイメント性とオシャレ感を加味して、客層をオタクだけにとどまらせまいと工夫している。
だからオタクっぽい映画のはずなのに、閉じていくものを感じない。主人公のポールを演じるティモシー・シャラメをはじめ、ジェイソン・モモアやオスカー・アイザックと綺麗な男たちがどんどん出てくる。原作は白人のホモソーシャルが前提で描いていただろうが、今回のキャスティングは多国籍出身者に広がっている。少ない女性出演者もみなカッコいい。世界観が中心の映画なので、正直登場人物はみな記号的。その情感的希薄さが、この素敵キャストで深みが生まれる。プロダクションデザインもそうだが、コスチュームデザインがとにかく豪華。コスプレのファッションショーみたい。
自分はSF映画やアクション映画は大好き。でもただドカンドカンと破壊行為が行われていれば気に入るわけではない。『マッド・マックス』や『ベイビー・ドライバー』、ダニエル・クレイグの『007』シリーズなど、近年のファッション性の高い映画がどうやら好みらしい。
ヴィルヌーヴ版『DUNE』は、とにかくオシャレ。いままで『DUNE』の世界観は、どこか別の銀河や次元の宇宙の話だと思っていた。ヴィルヌーヴ版『DUNE』のコスチュームデザインは無国籍だけれどトラディショナルな雰囲気。今の地球の人類が宇宙進出をして、かつての地球の多様な民族衣装の遺伝子を、そのまま宇宙生活に持ち込んで進化していったような感じがする。遠くて近い世界観。民族音楽をイメージさせる音楽も相乗効果。
映画の世界観作りは慎重になされるもの。とくにビッグ・バジェット作品になると、作風の絞り込みが難しい。そのまま映像化すればカルトムービーにしかならない原作を、どこまで一般大衆に持ち込むか。確実にお金を落としてくれるオタクなファン層からの収益では、スケールの大きな作品を作っても採算が取れない。『ブレードランナー2049』の赤字の二の舞を踏まないためには、客層を広げなければならない。
作品にわかりやすさや一般性を交える。でも原作の根幹は崩さない。カルトムービー性もありながら、大衆性も備え持つ。そのバランスの匙加減。ビッグ・バジェット・カルトムービーというイノベーション。SNSでの賛否両論はこのバランス感覚がどちらかかで好みに分かれたのだろう。
自分はこのヴィルヌーヴ版『DUNE』は、かなり気に入った。続編も製作予定とのことだから、楽しみになってきた。以前、トールキンの古典ファンタジー『指輪物語』を、ピーター・ジャクソン監督が『ロード・オブ・ザ・リング』として映画化したときのワクワク感に似てる。
『DUNE』の世界観は一見わかりづらく感じる。今回の映画は、世界観や設定の説明を時間をかけて丁寧にしている。今後シリーズが続くなら、これからは伏線回収やカタルシス展開のオンパレードになるだろう。第一作目はよくわからない映画だったのが、完結したら名作になってしまうタイプの映画かもしれない。この雰囲気でシリーズを続けてくれたら、ひじょうに楽しい。ちょっとインテリなエンターテイメント映画。敷居が高かったり低過ぎたりと、観客によって印象が大きく変わりそう。映画観賞後に語り合うことで、その人のサブカル的センスが露呈しそう。今後『DUNE』は、サブカルセンスのリトマス試験紙になりそうだ。とにかくオシャレなので、この映画は好き。
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