*

『ドライヴ』 主人公みたいになれない人生

公開日: : 映画:タ行, 音楽

ライアン・ゴズリング主演の『ドライヴ』は、カッコいいから観た方がいいとよく勧められていた。ポスタービジュアルは暗くて地味。車中にいる悲しい顔をしたライアン・ゴズリングに、明るいピンクの筆記体文字で『Drive』と書いてある。ジワジワとセンスの良さが漂っている。この映画を勧めた人たちが、「あのシーンが良かった」と楽しげに語っている。なるべく前情報を聞かずに、この映画を鑑賞してみる。かなりハイテクな演出技術の映画なのは想像がついた。

そもそもライアン・ゴズリング演じる主人公の名前がないところから、脚本が練り込まれている。主人公なのに匿名。主人公のバックボーンは作り込むだろうが、映画では彼の過去はいっさい語られることはない。寡黙な主人公は何を考えているのかさっぱりわからない。めちゃくちゃ強いし、本人も腕力に自身があるから好戦的な態度をとっている。観客は彼の気持ちを想像するしかない。

思考が読めない主人公なのに、観客は作品世界に飲み込まれていく。主人公に魅力がなければ成立しない。構想段階からの計算深さと、主人公演じるライアン・ゴズリングの立ち姿にすべて委ねられる。スタッフやキャストが一人でも別の人だったら、まったく違った映画になりかねないほど、作り手のセンスが問われる感覚的な映画。

過去に何か背負っていそうな、めちゃくちゃ強い男がやってきて、事件に関わって加勢してくれるけど、その動機もよくわからない。そんな男を、周りの登場人物たちの誰もが好きになってしまう。もちろん観客の我々も。そんなヒーロー像は、クリント・イーストウッドや高倉健さんの映画の主人公のイメージ。黙っているだけで男も女も勝手に惚れてしまう。尋常ではないカリスマ性。

感覚的な部分とハイテク技術を駆使した演出のギャップがこの映画の面白いところ。計算尽くされた画面構成がいい。登場人物たちの感情が揺らぐと同時に、照明がすこし暗くなったり、スローモーションがかかったりする。絶妙なタイミング。

音楽は規制のオムニバス曲を多用している。一貫して電子音楽を使用しているので、ともすると漢臭い浪花節映画になってしまいそうなところをクールダウンしている。激しい暴力シーンが炸裂する映画なのに、描かれ方はドライ。

映画『ドライヴ』は、リアリズムの追求は一切しない。いかに映画的寓話を成立させるために工夫されている。映画の職人芸。行間を残しているのに、タイトな印象の演出はニコラス・ウィンディング・フリン監督によるもの。自分と同年代の監督さん。そもそもこの映画の企画がよく通ったものだと感心してしまう。言葉ではなかなか伝わらないタイプの映画。のちの『ブレードランナー2049』や『ベイビー・ドライバー』に影響を与えているのが今になってわかる。みんなこの雰囲気が好きなのね。

主人公と恋仲になるアイリーン役のキャリー・マリガンの儚い感じがいい。アイリーンは人妻の一児の母。夫は服役中。一見彼女は、犯罪と背中合わせの世界に生きてる人に見えない。そこがキャスティングの妙。感情がなかなか表に出ない主人公の心が、彼女の前だと解けていくのも納得。

この映画には魅力的な登場人物がたくさん出てくる。中でもアイリーンの夫スタンダードが気になって仕方がない。オスカー・アイザックが演じてる。小物のチンピラ。悪人と言い切れない心優しい男。自分の妻が、服役中に他の男に心惹かれていることも感じとっている。でもそのことに触れない。主人公である恋敵の男のことも嫌いになれない。服役中にカモにされて、再び犯罪に手を伸ばしてしまう弱さも魅力。もっとも感情移入してしまうキャラクター。彼が犯罪者になったのも、そのお人好しを利用されたのではないかと推察できる。

観客の我々は、ライアン・ゴズリングの主人公に憧れる。でも結局はオスカー・アイザックのスタンダード=標準的な人でしかない。他人の目を気にしながらビクビク生きて、利用されながら生きている。油断すれば自己責任で自滅する。長いものに巻かれて生きることは大事。ときには搾取されるのも生きやすい人生。ただお人好しが過ぎると、真面目が祟って死亡フラグに変わってしまう。

描かれていない主人公の過去だって、もし事細かに知ってしまったら減滅してしまうかもしれない。そんな苦労をしたからこそ、そんなカッコよくなれたのねって。とかくヒーローは孤独で不幸なもの。映画は主人公のカッコいいところのみにフォーカスする。

映画の主人公みたいにカッコよく生きたいけど、そんなマネを現実にやってしまうと命に関わる。主人公とスタンダード。アイリーンという一人の女性をめぐる二人の男性。相反するキャラクターに見えるけど、本質は似ている。我々観客は主人公にはなれなそうもない。もしヒーローに向かって生きるとしたら、失うものも多そうだ。

破滅型な自己承認欲求がムクムクと膨らんできたら、この映画の登場人物たちにその感情を委ねてフラストレーションを沈下させるのもいい。映画鑑賞は心の安定剤。今日、穏やかに一日過ごせるのも、映画鑑賞で上手に現実逃避させてもらっているからかもしれない。

関連記事

『BLUE GIANT』 映画で人生棚卸し

毎年年末になると、映画ファンのSNSでは、その年に観た映画の自身のベスト10を挙げるのが流行

記事を読む

『ドライブ・マイ・カー』 綺麗な精神疾患

映画『ドライブ・マイ・カー』が、カンヌ国際映画祭やアカデミー賞で評価されているニュースは興味

記事を読む

『塔の上のラプンツェル』 深刻な問題を明るいエンタメに

大ヒット作『アナと雪の女王』もこの 『塔の上のラプンツェル』の成功なしでは 企画すら通ら

記事を読む

no image

『マイティ・ソー バトルロイヤル』儲け主義時代を楽しむには?

ポップコーン・ムービーの王道、今ノリにノってるディズニー・マーベルの人気キャラクター・ソーの最新作『

記事を読む

『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』 変遷するヒーロー像

コロナ禍の影響で、劇場公開の延期を何度も重ね、当初の公開日から1年半遅れて公開された007シ

記事を読む

『アナと雪の女王2』百聞は一見にしかずの旅

コロナ禍で映画館は閉鎖され、映画ファンはストレスを抱えていることだろう。 自分はどうか

記事を読む

『コンクリート・ユートピア』 慈愛は世界を救えるか?

IUの曲『Love wins all』のミュージック・ビデオを観た。映画仕立てのこのMV。デ

記事を読む

『リリイ・シュシュのすべて』 きれいな地獄

川崎の中学生殺害事件で、 真っ先に連想したのがこの映画、 岩井俊二監督の2001年作品

記事を読む

『トーチソング・トリロジー』 ただ幸せになりたいだけなのにね

最近日本でもようやく意識が高まりつつあるジェンダー問題。オリンピック関係者の女性蔑視発言で、

記事を読む

『ジョーズ』 刷り込みでないと言ってくれ!

平日の昼間に放送しているテレビ東京の『午後のロードショー』は、いつも気になっていた。80年代

記事を読む

『コンクリート・ユートピア』 慈愛は世界を救えるか?

IUの曲『Love wins all』のミュージック・ビデオを

『ダンジョン飯』 健康第一で虚構の彼方へ

『ダンジョン飯』というタイトルはインパクトがありすぎた。『ダン

『マッドマックス フュリオサ』 深入りしない関係

自分は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が大好きだ。『マッ

『ゴジラ-1.0』 人生はモヤりと共に

ゴジラシリーズの最新作『ゴジラ-1.0』が公開されるとともに、

『かがみの孤城』 自分の世界から離れたら見えるもの

自分は原恵一監督の『河童のクゥと夏休み』が好きだ。児童文学を原

→もっと見る

PAGE TOP ↑