『アメリカン・ビューティー』幸福か不幸か?
公開日:
:
最終更新日:2019/06/13
映画:ア行
アカデミー賞をとった本作。最近ではすっかり『007』監督となった映像派のサム・メンデス監督のデビュー作。家族が崩壊して行く姿を描く悲喜劇。登場人物全員が、なにがしかの鬱屈を抱え、満たされない日常を送っている。すばらしい脚本。この脚本はそもそも戯曲だったそうです。脚本家のアラン・ポールが、寒い日に風に舞うコンビニ袋にみとれていたらこの物語の構想が一気に浮かんだそうです。とてもアーティスティックなエピソードです。その風に舞うコンビニ袋は、映画の中でも象徴的に再現されています。
昨今の映像作品では、人物がきちんと描かれていないものが多く、ここまで登場人物一人ひとりが切実に描かれている作品は稀。仮に人物が描かれていている良質な作品はあったとしても、映像が弱かったりするのだが、この『アメリカン・ビューティー』は映像も見事。故コンラッド・ホールの撮影はどこをとってもポストカードのような美しさ。
アメリカン・ビューティーとはバラの名前。深紅のバラが象徴的に画面に配される。そして崩壊していく主人公の家の玄関のドアも同じ深紅。静けさの中に激しさを孕んだ、心理的な映像表現。映画というのはこういうものなのだとみせつけられる。なにか映画の神様のような大いなるものが力を貸して、映像化を祝福しているのではないかと思えてしまうほど、すべての映像哲学がしっくりハマっている。
そういえば公開当時通っていた英会話教室で、この作品の主人公は幸せか不幸かって話題をオーストラリア人の講師が振って来た。共感した内容で会話した方が、会話力が数段アップするのは分かっていたけど、日本人で映画について人生観を語ろうという人にあまり出くわしたことがない。日本人はそれほどに自分の人生にすら興味がないのかもしれない。自分は何もかもうまくいかないダメダメな主人公は不幸だと言ったが、オーストラリア人講師は「彼は幸せだよ」と言っていた。最後の最期に人生でもっとも大切なものに気づけたからって。ポジティブシンキング。これは見習わなくては!
この『アメリカン・ビューティー』という映画は、ハイテクなのにハートがある。奇跡の映画ではないだろうか。
関連記事
-
-
『アントマン』ちっちゃくなってどう闘うの?
マーベルのスーパーヒーロー集団『アベンジャーズ』が集結する『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』が
-
-
『イノセンス』 女子が怒りだす草食系男子映画
押井守監督のアニメーション映画。 今も尚シリーズが続く『攻殻機動隊』の 続編にも関わらず
-
-
『Ryuichi Sakamoto | Opus』 グリーフケア終章と芸術表現新章
坂本龍一さんが亡くなって、1年が過ぎた。自分は小学生の頃、YMOの散会ライブを、NHKの中継
-
-
『犬ヶ島』オシャレという煙に巻かれて
ウェス・アンダーソン監督の作品は、必ず興味を惹くのだけれど、鑑賞後は必ず疲労と倦怠感がのしか
-
-
『アメリカン・フィクション』 高尚に生きたいだけなのに
日本では劇場公開されず、いきなりアマプラ配信となった『アメリカン・フィクション』。 最
-
-
『おさるのジョージ』嗚呼、黄色い帽子のおじさん……。
もうすぐ3歳になろうとするウチの息子は イヤイヤ期真っ最中。 なにをするにも
-
-
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』 僕だけが知らない
『エヴァンゲリオン』の新劇場版シリーズが完結してしばらく経つ。すっかりブームもおさまって、『
-
-
『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』 黒歴史を乗り越えて
カナダ映画の『アイ・ライク・ムービーズ』がSNSで話題になっていた。自分のSNSはほとんどが
-
-
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』 お祭り映画の行方
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』やっと観た! 連綿と続くMCU(マーベル・シ
-
-
『アニー(1982年版)』 子どもから見た大人たちの世界
かつてタレントのタモリさんが、テレビでさんざっぱら自身のミュージカル嫌いを語っていた。まだ小
- PREV
- 『嫌われ松子の一生』 道から逸れると人生終わり?
- NEXT
- 『火花』又吉直樹の飄々とした才能